オール電化

「えー前線。スリートップは左から小島、山田、野島でいく。小島と野島はどんどん裏に抜けろ。山田はくさびになって、左右に散らしてゴール前で待て」
 スタメンを発表する監督は真面目な顔を崩さない。マネージャーである高崎さんの顔も笑っていない。ベンチメンバーたちの顔も強張っている。それどころではないのだ。全国が掛かっている。
「よし、絶対勝つぞ。勝って、歴史を塗り替える。全国へ行こう!」
 声高らかにキャプテンが円陣を組み始める。チームが文字通り一丸となるはずのその熱気と緊張に、ベンチメンバーである淀川だけが取り残されている。どうしても、笑ってしまうのだ。緊張の糸が張れば張るほど、切ってしまいたくなる。淀川は人生のターニングポイントを真正面から受け止めるのが苦手だった。
 怒号にも似た大声が、控室に響き渡る。監督が手を叩いて、選手をコートへ送り出す。胸を叩いて、自らを鼓舞する者。スパイクやレガースをチェックする者。メンバーの背中を叩いて冷静を促す者。この試合に勝てば、初の全国なのだ。並々ならぬ思いが、ある。たしかにある。でも、と淀川は歩いていくコートの先を見つめながら思う。今日は中継がある。地方の地元テレビ局が入っている。実況も解説もいる。
 バズってしまう。Twitterかなんかでスタメンを晒されてしまう。スリートップが全員、家電量販店だし。

「あんな大事なときにそんなこと思ってたんだ」
と山田が笑う。覚えたばかりの酒を豪快に飲む姿は、あのときよく飲んでいたブラックコーヒーを思い出させる。
「悪いけど、試合終わりの帰りのバスですぐ検索したもん。でバズってはなかったけどいくつかつぶやきはあった。雰囲気的に誰にも言えなかったけど」
「うわサイテー。お前も泣いてたじゃん」
「コート出て思い出したんだよ。試合には集中してた」
「いや、もっとお前が集中してれば勝ってた」
「それはないって。3点差つけられてボロ負けだったじゃん」
「いやお前があのとき野島にパス出さずにシュート打ってたらわかんなかった」
「野島と小島、今も裏に抜け出してるかな」
「どういうことだよ。あそこにいるよ」
「アンジャッシュ児嶋のせいで、めちゃくちゃいじられてたな」
「それは今も」
「なーに話してんの? そんなところで」
 視界の外から、マネージャーだった高崎がシャンパンを持ってやってくる。立食パーティーでは座る場所がないからか、みんな寄り掛かれる壁側に固まってしまう。高崎はヒールを履いていて、高校時代の浅黒さは抜けていた。
「なあ聞いてよ。こいつが最強スリートップのこと馬鹿にしてたの今になって発覚してさ」
「え、どういうこと? てか最強スリートップって?」
 笑いながら、高崎はシャンパンに口につける。淀川は少し寂しい気持ちになった。
「いや、山田と野島と小島で、FW全員家電量販店だったじゃん」
「3年になってからずっとそうだったじゃん」
「そうなんだけど、あの日はテレビ中継もあったじゃん? それで試合前になんか気になっちゃってさ。実況に、全員家電量販店ですねとか。Twitterとかでバレてないかなとか」
「あーなるほどね」
「ひどくないこいつ? 奇跡の決勝だったんだぞ?」
「まあ、家電量販店はね。正直私もずっと気になってた」
「だよな! スリートップ全員合わせたら、売上高で日本一ですねー!とか時価総額〇〇兆円トリオですね!とか言われそうじゃん。俺の名字も淀川で、なんか惜しいし、家電量販店カルテットとかされそうじゃん!」
「わかる。私もね、ヒヤヒヤしてた」
「だよなー。ん? ヒヤヒヤ?」
 山田の表情が曇る。たしかに、言われてみればヒヤヒヤの意味はわからないような気もする。
「何にヒヤヒヤ?」
 淀川はどこを見つめているかわからない高崎の顔を見る。高崎は、やっとこれが言えると弛緩した顔で、やさしく淀川と山田を一瞥した。
「高崎ってさ、ヤマダ電機の本社があるんだよ」
 山田は頭を抱えた。淀川は、高校サッカー部の運命の因果に両手を合わせた。高崎は、柔らかい顔を保ったままだ。
「3年になって、レギュラーがある程度固まったときにさ。気づいたんだよFWが家電量販店だなって。それで他のメンバーにもそういうつながりないかなと思って調べたことあったんだよ。そしたらわかった。でも、私なんかいじられキャラじゃないし、言うのやめてた」
「こんなにいるんなら、スポンサーにしてグッズでも売ればよかったな」
「そうなってくると、俺も淀橋がよかった。なんか中途半端で一番はずい」
「チームオール電化でフットサルチームでもやる? 大学暇でしょ?」
「あ、いいかもな」
「オール電化はなんかまた別な気がするけど。やるなら私も出場するよ。ちょうど五人だし」
「え? 高崎サッカーできんの?」
「あれだけみんなのこと見てたら嫌でもちょっとはわかるようになるよ」
「ええー、なんかいいじゃん」
「いいよね」
「いいな」
「いいね」
「……でも野島と小島のこと嫌いだったから、マジでやるのはいいわ」
「山田、ちょっとその話聞かせてくれ!」

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