明るさの変化による魚の群れの形の変化【論文紹介】#13

魚類は50%以上が群れ行動をとり、捕食者からの保護、採餌性の向上、移動コストの削減などの利益を集団にもたらす。
魚類は、群れを形成するために、視覚、側線による触覚(周囲の水の流れ)、嗅覚(仲間から発せられるにおい)を手掛かりにしていることがわかっており、中でも視覚と触覚の比率が大きいとされている。魚の目を覆う器具を付けたり、側線の機能を制限するなどして視覚や触覚の影響を調べた研究はすでにあるが、その取り付けた器具が泳ぎ方に影響している可能性を排除しきれない。そこで本研究は非侵襲的に、水槽に当てる光の強さをほぼ真っ暗から明瞭に見えるまで変えてみて、魚の群れの形の変化の視覚の影響を定量的に測定してみたものである。

今週紹介する論文はこちら
Illuminance-tuned collective motion in fish
魚類における光で調整される集団運動
Illuminance-tuned collective motion in fish | Communications Biology (nature.com)

群れを形成しやすい魚であるラミーノーズテトラ(Hemigrammus rhodostomus)を、図1のように、浅い水槽に50匹泳がせ、真上からカメラで毎秒5フレームで記録する(猫アイコンの奴が魚を観察するってなんか不穏な感じがしなくもないが)。

図1 実験のセッティング

映像はオープンソースの追跡ソフトウェアであるFastTrackを使って二次元の軌跡が抽出される。
ラミーノーズテトラの群れには、並進(Polarization)と同心回転(Milling)の2つの状態がある。i番目の魚の速度$${v_i}$$と、群れの重心からの位置ベクトル$${r_i}$$を用いて、並進Pと回転Mの度合いを次のように定量的に定義する。
$${P=|<\frac{v_i}{||v_i||}>_{i\in1..N}|}$$
$${M=|<\frac{r_i×v_i}{||r_i|| ||v_i||}>_{i\in1..N}|}$$
Pの右辺は、平均を取る<>の中から考えると、速度ベクトルをそれぞれの大きさで割るとベクトルの向きが抽出され、その向きの全部の総和の絶対値を取ることによって、泳ぐ速さに依らず向きが揃っているほど大きな値になるという、並進度合いを表す良い指標となる。
Mの右辺の<>の中は、vとrの外積が、vとrの向きが直行するほど左回りならプラス、右回りならマイナスに大きな値を取るので、それをvとrの大きさで割れば直行度合いが抽出され、それの全部の総和の絶対値を取ることによって、泳ぐ速さや半径に依らずきれいな同心回転をするほど大きな値になるという、回転度合いを表す良い指標である。
また、画像データから、個体間最近接距離(NN-D: Nearest-Neighbor Distance)と個体間平均距離(II-D: Inter-Indivisual Distance)も取り、それぞれ平均体長(BL: Body Length)(≒3.9cm)の何倍かで表す。

図2 速度と位置

光の強度を15分周期でゆっくりと0~900ルクスまで変動させ、MとPの値をプロットした結果が図3。照度は黒の点線で、M, Pは1秒ごとに1点打ち、実線は1分間の移動平均である。

図3 (a)照度と並進/同心回転の度合いの時間変化 (b)各状態での軌跡のスナップショット

図3(a)に、A,B,Cと3つの異なる状態が見られる。まず最初の真っ暗な状態では、並進度合いも同心回転度合いも小さく、特に群れを成していない状態Aとなっている。
1周期目、2周期目ともに、暗い状態のときは並進Pの傾向が強い状態B、明るい状態のときは同心回転Mの傾向が強い状態Cとなっている。
図3(b)に示される軌跡からも、ぱっと見でわかるほどである。(B1, B2にはやや回転成分も見られるが)

図4 (a)照度と度合い並進/同心回転の関係 (b)照度と個体間最近接距離(NN-D)、個体間平均距離(II-D)の関係

図4は15分周期の照度の明滅サイクルを24回繰り返し、照度とMとPの度合いの平均をプロットしたものである。照度の変化はゆっくりであったため、照度が上がる時と下がるときの差は照度が同じならほぼなかった(ある程度、照度変化を速くしてヒステリシスを観察するのも面白そうだが)。
まず図4(a)は図3で見られた通り、暗めのときは並進優位で、明るいときは同心回転になることを示している。(真っ暗ではなく暗めのときだけ現れる、照度に対して単調増加/減少でない性質があるというのが興味深いと思う。)
図4(b)は個体間の距離で、まずほぼ真っ暗の場合は、特に群れを成さないので個体間距離は遠い。図(a)で並進P優位になる暗めの照度になると、群れを成すようになって距離は近くなり、同心回転M優位になる照度になると、平均距離はあまり変わらないが、最近接距離は遠めになる。これは、明るくなってよく見えるようになることで、とりあえず集まっただけのような感じではなく、より規則的なパターンを見つけ、最近接個体との間隔が広がることを示している。

どのような神経反応によってこのような性質が立ち現れるかは不明だが、個々の反応の仕方は単純なものである。
図4(b)のNN-Dのグラフは、原子間のポテンシャルにも似ている(図4(b)は、横軸が距離ではなく照度なので、あまり単純な類推はできないが)。原子1個1個はごく単純な物理法則なのに、マクロスケールで見ると豊かな物質世界が作り出されるように、魚の群れも個々の反応の仕方は単純なのに集団としての利益は様々なものがもたらされ生存に有利になっているのだろう。
そして、そういったマクロスケールの目的を意識してではなくこのような神経反応が個々に備わっていて、環境による淘汰によって、このような性質を持つものが生き残ったのだろう。進化という概念は誤解されがちだが、(基本的な考え方としては)変異と淘汰があるだけで、目的や意識は関係ない
そのようなマクロスケールでは複雑で様々な解釈がありうるが、個々の単純なメカニズムの一端を明るみにしているという点でこの研究は興味深いと思う。

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