喜多見奈美

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最近の記事

群衆力学(Pedestrian dynamics)から見るヒトの形(ヒトは球とみなしてよいか?)【論文紹介】#19

人混みの振る舞いを大規模に調査するため、オランダで5番目に大きい駅であるアイントホーフェン(Eindhoven)中央駅の3,4番乗り場の階段とエスカレータの部分に次のような観測装置を置いた。 一日の利用者は約46,000人である(パンデミック前は約77,000人だったそうだが)。この装置によって2021年4月から2022年5月まで約1年間のデータを取り、従来の研究より3桁も多くの群衆の動きのデータが得られた。 今回紹介する論文はこちら。 階段上の群衆力学の大規模統計とその

    • 「これはスモウ」「スモウってこれか」言語集団におけるラベル付けの発生【論文紹介】#18

      話し手(Speaker)側の画面に3つの図形が表示され、そのうち一つがランダムに選ばれて黒枠を付けられる(下図a)。顔の見えないところにいる聞き手(Hearer)にも同じ3つの図形が見えていて、どれか1つを選択できるようになっている(下図b)。その聞き手に同じ図形を選んでくれるように、話し手は黒枠で選ばれている図形の特徴をアルファベット6文字以内で伝える。並び順はランダムに変えられているため、左、中、右という伝え方はできない。話し手と聞き手を交代しつつ、正解した数だけ両者とも

      • あつまれブリッスルボットの平原(協調運動の発生起源)【論文紹介】#17

        日本語資料がないのが不思議なほどだが、ブリッスルボット(bristlebot)というものすごくシンプルな仕組みで自走するロボットがある。 歯ブラシのブラシ部分だけを切り取って、スマホのバイブパーツと電池を付けただけのもので、ブラシの毛を足として振動によって前進する。あと、全く必要ないが目を付けてかわいくしてある(←重要!)。 今週紹介する論文はこちら。 A Mechanical Origin of Cooperative Transport 協同輸送の機械的起源 2402.

        • "月を読む"先に見えるもの【時候コラム】#2

          新年快乐! 2月10日午前7:59(日本時間)は新月で、旧暦では新年を迎えます。 太陽の周期のみに合わせたグレゴリオ暦とは違って、旧暦は月の周期とも合っていてちょっと憧れる部分もあります。 月着陸機SLIMが太陽光を浴びて活動する期間を終え、次に太陽光が当たる期間になればまた活動し出すかもしれないと言うとき、「月面上で次に太陽光が当たる期間」を言うのに「来月」という言葉が既にあるのは、なんだか月面文明を築くポテンシャルもあるようで素敵だと思います。 来世紀くらい、月面開発が

        群衆力学(Pedestrian dynamics)から見るヒトの形(ヒトは球とみなしてよいか?)【論文紹介】#19

          SNSを伝搬する衝撃波とそれによるエントロピーの上昇【論文紹介】#16

          SNSを使う人がN人いて、通し番号が振られているとする。その中から任意に選んだ2人、i番目の人とj番目の人(i≠j)が互いを見てある確率で相互フォローになるとする。 今週紹介する論文はこちら。 Shockwavelike Behavior across Social Media ソーシャルメディアを伝搬する衝撃波のような現象 Shockwavelike Behavior across Social Media (aps.org) (本論文内のanti-Xとは、Twitter

          SNSを伝搬する衝撃波とそれによるエントロピーの上昇【論文紹介】#16

          球の衝突と密度変化だけから起こる相転移(牛を球とみなして何が嬉しいのか)【論文紹介】#15

          例えば、ペットボトルに小石を入れて振る。 この中で起こる現象をよく見ると実は未解明の現象がある。 パラメータとして、小石の数・大きさ、振る振幅・振動数を変えると、小石のほとんどがペットボトルの振動と同期して振動する状態と、同期せずばらばらの振動数でぶつかり合う状態があり、パラメータ空間中での状態の遷移が非常に普遍的な相転移を示すのである。 今週紹介する論文はこちら。 Interplay between an absorbing phase transition and sy

          球の衝突と密度変化だけから起こる相転移(牛を球とみなして何が嬉しいのか)【論文紹介】#15

          カオスの縁を彷徨う霊魂【論文紹介】#14

          去年の初め頃、大規模言語モデルは学習量が200億語程度を超えると(仕組みは従来と同じでも)相転移のように急激に性能が上がることが示された。そのおかげでChat GPTなどは大幅に性能が向上した。 それより2年ほど前に、天然のニューラルネットワークである人間の脳において、意識を失っている状態と意識がある状態の脳の活動の調査から相転移的な振る舞いを分析したのが本論文である。 今週は、arXivのこちらの記事 2401.10009.pdf (arxiv.org) が引用しているこ

          カオスの縁を彷徨う霊魂【論文紹介】#14

          67光年の孤独【時候コラム】#1

          20日深夜、JAXAの小型月着陸実証機SLIMが、月面の狙った位置への着陸に成功しました。ただし、太陽光パネルによる給電ができておらず、バッテリーのみの駆動で、数日以内に通信が取れなくなるようです。 また、現在最も地球から離れた人工物である、惑星探査機ボイジャー1号は、去年の11月頃からシステムの不調を起こし、電波は届いているのですがまともな通信が取れなくなっています。 ちょうど11年前の2003年の1月21日には、当時最も地球から離れた人工物であったパイオニア10号との通

          67光年の孤独【時候コラム】#1

          明るさの変化による魚の群れの形の変化【論文紹介】#13

          魚類は50%以上が群れ行動をとり、捕食者からの保護、採餌性の向上、移動コストの削減などの利益を集団にもたらす。 魚類は、群れを形成するために、視覚、側線による触覚(周囲の水の流れ)、嗅覚(仲間から発せられるにおい)を手掛かりにしていることがわかっており、中でも視覚と触覚の比率が大きいとされている。魚の目を覆う器具を付けたり、側線の機能を制限するなどして視覚や触覚の影響を調べた研究はすでにあるが、その取り付けた器具が泳ぎ方に影響している可能性を排除しきれない。そこで本研究は非侵

          明るさの変化による魚の群れの形の変化【論文紹介】#13

          カオス発見の第一報を読む【論文紹介】#12

          前略(あけおめ) 新年っぽいネタということで、初モノで初心に還るという意味も込めて古典的名論文の紹介をしてみたい。 Edward N Lorenz著 Deterministic nonperiodic flow 決定論的で非周期な流れ Lorenz63.pdf (bu.edu) ”カオス(chaos)”とは論文には書いてないが、現在カオスと呼ばれる概念を最初に科学的に記述し、その美しく深遠な数学的構造を調べ、研究発展の可能性も明晰に記した名論文である。その内容の講演会を行

          カオス発見の第一報を読む【論文紹介】#12

          温度変化に晒される磁石の磁化の臨界的振る舞い【論文紹介】#11

          イジングモデルと、その2次元での厳密解が求まっていることは知っているものとする。 と言いたいが、私の論文紹介シリーズでイジングモデルが出てくるのは初めてなので概説する。(イジングモデルは、量子力学と同じくらい、大学で物理を学んだ者なら誰でも知っている前提知識のようなものだが。) 鉄が磁石になったものは分割しても両極を持つ磁石なのはよく知られているが、原子一個でも磁石の性質を持っている。 実は原子一個で磁石の性質を持つ元素は金、銀、銅、リチウム、ナトリウム、カリウム…など他に

          温度変化に晒される磁石の磁化の臨界的振る舞い【論文紹介】#11

          クヌーセン気体に見られる自発的なエントロピー減少【論文紹介】#10

          先週紹介したこととは矛盾するようだが、クヌーセン(Knudsen)気体というちょっと特殊な状況で熱力学第2法則を破るように見える事例の紹介。なんだそれ、そんなのありかよと思われるかもしれないが、矛盾するようなことがどちらも理論的にしっかりと立脚している、これもまた理論物理の面白いところではないかと思う。(”理論的にありうる”ことのうち”物理的にありうる”ことがどれほどあるかは、理論物理をやってみるとほとんどわからないものではないかと感じる) 今週紹介する論文はこちら Spo

          クヌーセン気体に見られる自発的なエントロピー減少【論文紹介】#10

          エネルギーとエントロピーを司る神々のゲーム【論文紹介】#9

          今回紹介する論文は、全く新しい大きな理論を提唱している。その内容をまずかいつまんで言うと、「熱力学の第1,第2法則は、第1種,第2種永久機関を作ることはできないといった制限を示すだけのものであるが、それに加え、ゲーム理論から考えられる公理をいくつか課すことによって一意に物理状態を決定することができる理論となる」ということである。 今週紹介する論文はこちら Phys. Rev. Research 2, 043055 (2020) - Energy and entropy: P

          エネルギーとエントロピーを司る神々のゲーム【論文紹介】#9

          環境の変動と生物種ごとの適応能力による生物多様性【論文紹介】#8

          地球温暖化により、極端な熱波や洪水の発生確率が今までないほどに高まっている(極力正確な表現)。それによって生態系はどのように変化するだろうか。生態系は、複数の生物種が捕食-被捕食、資源の取り合い、移住、繁殖競争などによって複雑に絡み合ったネットワークであり、環境との応答は往々にして非線形で予測が難しい。本論文では、2種間の競合だけだが、いくつかのパラメータを変えることによって興味深い振る舞いが見られた。 今週紹介する論文はこちら Ecosystem transformati

          環境の変動と生物種ごとの適応能力による生物多様性【論文紹介】#8

          葉脈の超一様性(Hyperuniformity)とその物質輸送効率【論文紹介】#7

          まずはこの本論文の図1を見ていただきたい。 美しい葉脈の模様だ。 (a)に見られる中心の主脈とそこからまっすぐ左右に伸びる1次葉脈に対し、(b)に拡大されている2次葉脈はループを形成して比較的均等なサイズのセル構造を作り、末端は各セルの内部に伸びている。できるだけ少ない素材で、光の当たる面積を最大化しつつ、重さを支え、かつ養分が素早く行きわたるようにするという複数の目的を、非常にバランスよく美しく実現していると、ぱっと見でも感じる。 この素晴らしくよくできた構造が”なぜ”で

          葉脈の超一様性(Hyperuniformity)とその物質輸送効率【論文紹介】#7

          都市の渋滞の構造と区画配置【論文紹介】#6

          アメリカ中の471の都市で毎年、渋滞によって114億リットルの燃料が無駄に燃やされ、一人当たり42時間も余計に車に閉じ込められている。 車社会における渋滞問題というのは、持続可能性を目指す社会にとって非常に悩ましい問題である(SDGsという言葉は昨今あまりにも軽々しく使われているので、私はできるだけ「持続可能性」と言いたいと思っている)。 この渋滞問題に対して、道路整備や公共交通ではなく区画配置によって渋滞を緩和できるのではないかという興味深い視点をこの論文は提供してくれる。

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          都市の渋滞の構造と区画配置【論文紹介】#6