見出し画像

猫万馬券術に自由を感じた話。〜柳瀬尚紀「猫と馬の居る書斎」を読んだ。

競馬好きの英文学者、柳瀬尚紀さん。

競馬場で無料で配布されている、当日の出走馬情報が掲載されているレーシングプログラム(略して「レープロ」)。

そのレープロに、私の好きな『馬名プロファイル』というコンテンツがかつてありました。そして、それを書いていたのが柳瀬尚紀さん。

将棋・競馬の趣味で知られる半猫人。


日本語は天才である。

柳瀬さんが日本語について語った本で、「日本語は天才である」という本があるのですが、その裏表紙には以下のように書かれています。

縦書きも横書きもOK。漢字とかなとカナ、アルファベットまで組み込んで文章が綴れる。難しい言葉に振り仮名をつけられるし、様々な敬語表現や味わい深い方言もある。言葉遊びは自由自在ーー日本語に全てがある、何でもできる。

日本語に全幅の信頼を寄せる柳瀬さん。

その柳瀬さんが自由自在な解釈を加えた『馬名プロファイル』。

私はかつて、競馬場でこれを読むことをルーチンのひとつにしていました。


常々疑問がありました。


ただ、昔は柳瀬さんが無類の競馬好きということを知らなかったので、常々、「この柳瀬さんという人は競馬好きなのだろうか?馬券を買っているのだろうか?」という疑問を持っていました。

というのも、どの馬名の解釈を読んでも、全頭に勝つチャンスがあるように解説されているように読めたのです。当然、全頭にチャンスありと思ってしまったら、馬券なんて買いようがありません。

今手元にあるレープロから少し馬名解説を引用すると・・

■日本ダービー(2007年)
[ウオッカ]ウオッカVodkaは特にロシア産、ポーランド産が有名。語源はロシア語のワダvoda(水)。ポーランドは波蘭と表記された。レースは水物であるからにして、波瀾のカクテルを味わうには・・・。(結果は3番人気で優勝。)

[ドリームジャーニー]ドリームDreamは夢。ジャーニーJourneyは旅。古代英語でDréamは歓喜、ざわめきの意味だった。戦の旅を終えた後、歓喜のざわめきの中、夢を叶えたファンは旨(=馬)酒を。(結果は8番人気5着。)

[フサイチホウオー]フサイチは冠名。ホウオーは鳳凰。鳳凰は中国の伝説上の霊鳥かつ瑞鳥。霊鳥は霊長(万物の頭)に通じ、馬単の頭はこれ。瑞鳥は瑞兆に通じ、当然、瑞兆馬券はこの馬がからむ。(結果は1番人気7着。)

どうでしょう。

このレース、結果的に勝ったのはウオッカでしたが、ドリームジャーニーも、フサイチホウオーも、この解説を読むと買いたくなります。

もうひとつ、例を挙げると・・。

■安田記念(2015年)
[モーリス]モーリスMauriceは「人名より」とあるが特定されていない。同綴りの著名人物には怪盗ルパンの生みの親M.ルブラン、バレエ振付師M.ベジャールなどなど。好きなMauriceを思い浮かべつつ狙う。(結果は1番人気で優勝。)

[フィエロ]イタリア語フィエロFieroは誇り高い、自尊心のある。たんに慢心しているのではない。un fiero tirannoなら暴君、amore fieroなら熱愛。残酷な、荒々しい、激しいの意もあり要注意。(結果は2番人気で4着。)

[ミッキーアイル]ミッキーは冠名。アイルIsle(通常、固有名詞に用いる「島」)は母スターアイルから。Mikki Isle=Like I Skim(私がすいすい飛ぶように)。この距離5連勝の経歴どおり、すいすい飛ばして勝つ。(結果は4番人気で15着。)

勝ったのはモーリスでしたが、フィエロも要注意だし、ミッキーアイルに至っては「勝つ」と言い切っています。


競馬エッセイを見つけて疑問が氷解。


しかし後年、柳瀬さんが「猫と馬の居る書斎」という競馬エッセイを出していたことを知り、筋金入りの競馬オヤジだったことを知りました。

2003年発行


『馬名プロファイル』はG1開催日限定のコンテンツだったのですが、この本を読むと、柳瀬さんはG1だけではなく、しっかり平場から手を出しているほどの馬券好き、ケイバズキであることがわかりました。

そしてその買い方は独特でした。

書斎で愛猫と語り合いながら、猫万馬ねこまんまなるものを狙う、というスタイルです。

猫万馬ねこまんまは柳瀬さんの造語で、定義はこちら。

ねこまんま【猫万馬】愛猫家が競馬で万馬券を当てること。また、競馬で万馬券を当てた愛猫家の贅沢三昧。<語源>「まんま」は飯。「猫まんま」は猫飯。猫まんまは季節によって異なる。秋なら、秋刀魚を主体とした猫の食事を猫まんまといい、競馬で万馬券を当てた愛猫家が高価な松茸料理をふんだんに食べる贅沢三昧を猫万馬という。

110pより引用。

猫にあやかって馬券をとり、贅沢三昧料理を食べる。(秋なら松茸)。

そして、たびたび、猫にあやかった買い方の実践例が出てきます。例えば、

東京8レースにミュウミュウというのがいる。Mew Mewだろうか。それならば猫のニャーニャーだから買わねばなるまい。人気はなさそうだ。ひょっとして猫万馬券か。(結果は惨敗だったようで、「なんニャー、13着とは。」)

163pより引用。

なんニャー (笑)


新潟10レース疾風特別。
いい名称だ。まさに直線1000メートルにふさわしい。
⑦は1番人気エイシンコジーン。
⑬はニシノシンデレラ。専門紙には◯△▲などの印が付いている。鞍上は江田騎手だし、どちらもマル外馬。狙って当然、いや、来て当然。
⑦-⑬1点買い。いや、待て待て。レディキャッツアイもいる。猫の縁で、これも買わねばなるまい。ロッシーニの歌劇『シンデレラ』の、あの軽快に馬車の突っ走る旋律も耳の奥で鳴り出す。来たら、それこそ猫万馬。
(結果はエイシンコジーンは見事に1着も、ニシノシンデレラとレディキャッツアイは着外。)

185pより引用。

猫予想、すごく楽しそう(笑)


アナグラムを駆使した買い方も。


もちろん、如何に猫好きの柳瀬さんでも、さすがに全てのレースで猫に掛けた買い方はできないようです。

おお、さすが英文学者というアナグラム(言葉の入れ替え)を駆使した買い方も。

■2000年エリザベス女王杯
◯エイダイクイン エイダイは冠名。クインQueenは女王。Eidai Queenを綴り替えるとEquine(馬の)Idea(着想)。クイーンS2着の実績から、この女王杯でも馬なりの構想=好走を見せるはず。(結果は10番人気3着に好走!)

125pより引用。

このレースでエイダイクインは人気薄で3着とまさに好走を見せるも、柳瀬さんは馬連流しでワイドを抑えておらず。愛猫とメザシを分かち合ったそう。

旨いエピソード(笑)。

他には、、

■2001年NHKマイルカップ
◯クロフネ Kurofuneは黒船。芦毛だが南蛮渡来の脅威の名を持つマル外馬。Kurofuneの綴りの馬体をよく見るとFourとNuke(核兵器)から成る。四肢に天性の核エネルギーを保有するのもむべなるかな。
◯エアヴァルジャン エアは冠名。Valjeanは『レ・ミゼラブル』の主人公名。Valjeanは「Voila Jean(ほら、あれがジャンだ)の縮まったもの」と作者は記す。先頭を切るのは・・・Voila Jean!

164pより引用。

やはり狙いはアナグラムを発見したクロフネからか、と柳瀬さんは記す。そして相手に選んだ1頭、エアヴァルジャン。

この馬名プロファイルを書いたら、「そら来たジャン!」という具合に、エアヴァルジャンが連に絡みそうな気がしてきた、と。

ここまでくるとこじつけでは・・(笑)。

知性とゆるさが同居した楽しいエッセイ。


知性を端々に感じるエッセイながら、絶妙なゆるさも楽しいエッセイです。

昔レープロを読みながら、「結局どれ買えばいいのよ!?」と思っていた文章は、こういう人が書いていたんだな〜と思いました。

柳瀬さんはもう亡くなられていますが、もしご健在だったら、現役屈指の珍名馬であり猫を連想させる、オニャンコポン(今年のダービー8着の実力馬)にどのような解説を書かれたのか、気になるところです。



★実は、こちらの記事は過去記事をリメイクしたものです。

やや長過ぎたので少し短くし、出だしと締めの部分を少し変えてみました。
過去記事はこちら(↓)となります。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?