南野薫

はじめまして、小説を書きたくて参加しました。

南野薫

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【第57話】キッシュが冷たくなるまえに

 喉の渇きで目が覚めた。ベッド横のサイドテーブルに手を伸ばしてスマホを手に取ると、暗い室内の中でディスプレイの明かりが枕元を照らす。眩しさに目をしかめながら画面を覗くとデジタルの文字は3時15分を示していた。まだちょっと酒が残っていて頭がぼおっとしている。もう一度眠りにつこうと目を閉じるが、昨夜の事が頭に浮かんでしまって眠れない。明日の朝も早いので無理にでも寝ようと自分に言い聞かせて、何度か寝返りをうったが、だんだん頭が冴えてきた。とりあえず水を飲もうと布団を跳ね上げてベッ

    • 【第56話】キッシュが冷たくなるまえに

       「おっ、帰ってたんだ。試作はうまくいったの?」  引き戸を開けて姉さんがキッチンに入ってきた。テーブルの上の芋焼酎を見て、「私もいただこうかしら」と言ってグラスを戸棚から出すと、冷蔵庫から氷を出してグラスに入れてテーブルの上に置いた。父さんが芋焼酎を注いで、ペットボトルに残った炭酸水を残らずグラスに注ぎ込むと、ちょうどグラスにすりきれいっぱいまで満たされて、表面では炭酸の泡がシュワシュワ音を立てて弾けている。姉さんは口をグラスまで近づけて、ちょっとだけ飲んでマドラーでグラス

      • 【第55話】キッシュが冷たくなるまえに

         「実は・・・」 「いや、言わなくていいよ、想像できるから」  ためらいがちに言葉を探しているはるかさんが痛々しく思えてきて、思わずはるかさんの言葉を遮ってしまった。はるかさんは驚きを隠せずに両目を大きく見開くと、急に恥ずかしがった表情を見せ、どんどん顔色がピンク色に染まってうつむいてしまった。その表情を見ていたらどんなことが起こったか想像がついてきた。多分はるかさんは凪人と関係を持ったんだろう。もちろん肉体を伴う関係だ。昨日はこの店と凪人の店も休みだったから、充分に可能

        • 【第54話】キッシュが冷たくなるまえに

           インスタの画像には凪人のレストランの入り口で、凪人が女性二人に挟まれてキメ顔をしている。食事の後に女性達にせがまれて玄関前で撮られた写真なのだろう。女性達は露出の多い身体の線がくっきり見える服を身にまとい、ワインをしこたま飲んだらしく、ほんのりピンク色の笑顔でピースサインをしている。画像が数枚貼り付けられていて、最初のシャンパンから前菜、ワインボトル、メイン、デザートとフルコースの料理がずらり。ところどころにブランド物のバッグが映りこむように計算されて写真が撮られていて、思

        【第57話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第53話】キッシュが冷たくなるまえに

           「前から聞こうと思っていたんですが、どうしてこのビアズリーの絵を飾ってるんですか?こういう店だったら、わかりやすくミュシャとかロートレックとか、女性が喜びそうな絵ってあるじゃないですか。どうしてそういう絵を選ばずに、こういう怪奇というか幻想というか、はたまた耽美というか・・・」  間接照明でぼんやりと照らされた額には、惨殺されたヨカナーンの首を持ったサロメが口づけをするようにしている絵が描かれている。白黒なので生々しさはないが、タトゥーの絵柄になってもおかしくはない妖しさが

          【第53話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第52話】キッシュが冷たくなるまえに

           「試作はうまくいってる?どのくらい進んだの?」  ミカさんが厨房に入ってきて、作業台をキョロキョロと見渡した。  「もう終わっちゃいました。ココットに入れて冷蔵庫の中です。冷えて固まるまで待って明日試食をしようって翔太さんと話をしていたところです」  フードプロセッサーのガラス製の容器を洗いながらはるかさんは答えた。  「もうできたの?あっという間じゃないの。こんなに早く出来るなんて意外だわ。もっと時間がかかる物じゃないの?」  「普通ならオーブンで湯煎にするんですが、もう

          【第52話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第51話】キッシュが冷たくなるまえに

          「それじゃ、フライパンの中身をフードプロセッサーに入れて、固形から液状にしよう。バターも入れて、最後に塩が足りないなら足して味見しようか」  作業台の上でフードプロセッサーのプラグをコンセントにつなぎフタを取ると、はるかさんはフライパンの中身をシリコンベラで丁寧にそぎ落とすようにプロセッサーに入れていく。セラミック製のカッターがみるみるうちに鶏レバーと玉ねぎで見えなくなり、はるかさんは真剣な目でシリコンベラを動かして、プライパンの中のぎらついた残っているオリーブオイルと塩コシ

          【第51話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第50話】キッシュが冷たくなるまえに

           「失礼します」  と言って厨房内に入り、設備を見渡した。意外と言っては失礼だが、厨房機器はしっかりとした業務用のものが入っていて、狭いながらもガスオーブンが鎮座している厨房は、カフェというよりもイタリアンやフレンチに近い。ステンレスの銀色で統一された厨房は、プロの世界の雰囲気が漂っていて身が引き締まる。  「いやぁ、緊張するね。十年ぶりかな・・・」  僕はそういって調理台の前に立ち、僕は大きく深呼吸をしてそこにあった包丁を握った。まな板の上で野菜をカットするまねをしてみる。

          【第50話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第49話】キッシュが冷たくなるまえに

           コーヒーをひとくち口に入れると、香ばしい香りが鼻腔を抜けてゆく。  「はぁ~」と小さな声を出して息を深く吐くと、あたりのコーヒーの香りがさらに深くなったような気がした。満腹のお腹をさすってもう一度大きく深呼吸して背伸びをすると、大きなあくびがでてしまい、完全にリラックスモードに入ってしまった。この香りに包まれると、目が覚めるどころか、今日一日働いて凝り固まった身体と心がとろけてしまいそうになり、ちょっと頭をシャキっとしたいのにぼぉっとしている。  「はるかさん、もしも時間

          【第49話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第48話?】キッシュが冷たくなるまえに

           ニース風サラダを食べ終えて、グラスの冷たい水を飲み干した。店内はその後二組ほどの来店があり、ミカさんもはるかさんもぼちぼち忙しいので、会話をすることもなく食事に集中しながら、新しいメニューのことを考えていた。自宅で考えていても煮詰まるだけで、実際お客さんがいるところで考えてみるのも、気分転換になっていい考えが浮かぶ気がする。僕の後に入ってきた若い男女の二人組は、僕と同じニース風サラダとキッシュを頼んでいた。カウンターの右端の厨房では、はるかさんは付け合わせのキャロットラペと

          【第48話?】キッシュが冷たくなるまえに

          【第47話】キッシュが冷たくなるまえに

          「お待たせいたしました、ニース風サラダです。ちょっとおまけでゆで卵とベーコン多めにしておきました」  とはるかさんは笑って皿をカウンターに置いた。透明でクラシカルなレースの紋様の皿にレタス、トマト、黒と緑の二種類オリーブ、茹で卵がどう考えても二つ分、茹でたじゃがいも、インゲンにアボカド、厚切りのベーコンと鶏レバーのソテーがゴロっと入っていて、アンチョビとキャロットラペもちらしてある。これだけで十分にメインの料理になる量だ。  「最近、鶏レバーの下処理のやり方を変えたんですよ

          【第47話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第46話】キッシュが冷たくなるまえに

           「とりあえず、ニース風サラダとノンアルビールをもう一本ください」  ミカさんがオーダーをレシートに書き込んで、「かしこまりました」と言って厨房に入っていった。  恵ちゃんがランチで持ってきたニース風サラダがやたら美味しそうだったので、今晩はミカエルで食べてやろうと密かに思っていた。恵ちゃんのサラダはツナ缶が入っていたが、こちらはもうちょっと本格的で、鶏レバーのソテーと厚切りのベーコン、クルトンが入っている。卵がポーチドエッグじゃなくゆで卵のはご愛敬で、厨房に人数がかけられ

          【第46話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第45話】キッシュが冷たくなるまえに

           秋晴れの夕方、仕事を定時で終わらせて、愛車のハンドルを駆りカフェ・ミカエルに向かった。汗ばんだシャツの袖をまくり、窓を開けてると、前髪を揺らし、頬を撫でていく晩秋の風が心地よい。今晩はミカエルでご飯を食べて帰るつもりなので、晩御飯の準備や洗い物の煩わしい事は一切ない。会社から車で数分の距離だが、窓を全開にしていつも以上の解放感を味わいたい。西の地平線と空の境目には黄色い太陽が半分ほど沈み込んでいて、街全体を茜色に染めている。サイドミラーの中では黄金色と朱に染まった鱗雲が車の

          【第45話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第44話】キッシュが冷たくなるまえに

           「絲山先輩、今日も美味しそうな弁当ですねぇ」  隣の席の、後輩の恵ちゃんが僕の弁当箱を覗いて呟いた。  今日の弁当は時間がなくて、昨夜の炊き込みご飯の残りと、アルトバイエルンを四本炒めて、麺つゆを使って時短で作っただし巻卵。それに大根ときゅうりの糠漬けを急いで詰め込んだだけで、茶色の物がほぼ弁当箱を埋め尽くいて、彩に欠けているのが残念だ。冷蔵庫の中にタッパーに入った蒸したブロッコリーと茹でた人参があったのだが、気づいたときはすべて詰め終えてしまった後だった。  「その弁当箱

          【第44話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第43話?】キッシュが冷たくなるまえに

           うたた寝から目が覚めた。薄暗い部屋の中でクーラーの音が静かに響いている。はるかは気だるそうに上半身を起こし、ベッドの横に置いたトートバッグの中からペットボトルを手探りで掴んで、半分ほど残ったぬるいミネラルウォーターを一気に飲み干した。身体の表面はクーラーで冷やされてはいても、体内の奥底に残った熱は簡単には放出されないもので、水分を取った直後にこめかみから汗が滲んできて、それが大きな汗の粒になり、はるかの額から火照った頬を流れ落ちて、乱れたシーツの上にまた一つ沁みをつくった。

          【第43話?】キッシュが冷たくなるまえに

          【第42話】キッシュが冷たくなるまえに

           はるかは膝まずいて仁王立ちの凪人の股間に顔をうずめている。ゆっくりと後頭部が動き始めると、甘い吐息を漏らしながら動きが徐々に速くなり、艶やかな黒髪が淡い間接照明の灯で妖しく揺れている。  フェラの最中に吐息を漏らす女はエロいというのは本当なのだろうか? 凪人ははるかのショートカットの髪を鷲づかみにして腰を前に突き出す。はるかはむせて咳き込みそうになるが、凪人は髪をつかんだ手の力をゆるめようとしない。黒のブラジャーが下にずらされて白い乳房が剥き出しになっていて、時折凪人は空い

          【第42話】キッシュが冷たくなるまえに