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Landscape/Fragment  mixtape

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とりあえず現時点での詩集みたいなものです。
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幸運の消失

毎朝拳銃自殺しろ そして吹き出す血液と脳漿で顔を洗い、 身支度を済ませて屋上に避難しろ カメラを向けてくる野次馬は無視して 沈みゆく太陽の黒点を失明するまで漏れなく数えろ 世界は終わりのない退屈なインタビュー、もしくは意味のない記者会見 ありとあらゆる距離を測り、神経症的なまでに詳細な地図をつくるための徒労でごった返している 自由意思の有無を手首の傷跡やスマホの液晶保護ガラスに走るヒビの数で必死に推し量ろうとしても そのような努力は全くの無駄で 結局のところ世界を劇的に変える

死者たち

海辺からあふれだす夜に拐かされ 密度を高めながら、しかし声を失いながらも 昇りつづけ、やがて天頂を掠める星々の微かな光となる彼らは うす暗い獣道を光の銀砂で縁取り、そして 古代湖の底の地層の境目を縫いとじながら、 錆びたパイプ椅子の上に不在を生みだしている。 死者たち。夕立に降り籠められたコンクリート造りの家の、 果物が供えられた部屋の空気とともに 腐乱してゆく。そこから間も無くよみがえる、 それは記憶、澄みきった青空とサトウキビの揺れる葉先の記憶。 雨上がりの月が照ら

Night Rowing

よく晴れた夜の海岸に 黒ずんだ小川がそそぎ込み 河口近くの杭に古びた小舟が繋がれている ぼくはそれに乗りこみ 流木を櫂として 漕ぐ 農道を照らす水銀灯の光が見えなくなるまで ひたすら 漕ぐ どの国のラジオも聴こえないところまで あてどなく 漕ぐ ボトルメールの群れが漂いながら互いにすれ違う海原をも通り過ぎたところまで 発電所から延びる桟橋に並べられた赤や緑の灯が、ぼくを見送ってくれた 居場所がない子供たちの打ち上げる花火が、傷んだ舟板の罅をあらわにする 二つの島々の間を通り抜

短章(2022/7/3,沖縄県西原町)

昨夜過ぎ去った台風は、大したことなかった。 蝉が鳴き始める。 椰子の葉先が雲の底をなだめすかすように撫で、 鳳凰木の枝は、水滴の重みで撓んでいる。 もう海なんて見たくもなかった。 どうせ半魚人の死体が打ち上げられることなんてないから。 ちぎられた青空が狭まり、そして追いやられてゆく、水平線の向こう側へと。 空が忘れ物でもしたかのように、また雨がひとしきり降る。

なにも持たない夜

ガソリンスタンドの屋上で、夜風が心地好いね。僕以外には誰ひとりいない。頭上の星々がつくりもののように近しい。 ──熱も質量も持たない夜。 幹線道路の酷薄さを、信頼と不信で織り上げられた秩序の緞帳が覆い隠してゆく。毛虫や野良猫の轢死体が転がる路面は、システマチックに、跡形もなく掃き清められる。人間も例外ではない。 ──破綻も混沌も含まない夜。 善良な小市民たちは、ネオンの靄を引き裂くタイヤのスキール音に煩わされることがない。なぜなら彼らには視覚や聴覚が無いし、そもそも首から

Blood.

サトウキビ畑や芋畑に囲まれた集落の 灯が消える、ぽつりぽつりと ピックアップ・トラックの男はひとり 鎧戸を下ろした商店の軒下で血痰を吐く 頬には雨粒が伝い 犬の遠吠えを染み込ませた人影は、四方八方に延びて銀合歓の茂みへと消えてゆく 母は狂死 継父は蒸発 姉は縊死 木造平屋の呪われし家はとうの昔に焼けて跡形もなかった 『バイアグラ 個人輸入可』 『クレジットカード 現金化』 電柱に貼られた二つのチラシは音もなく色褪せて、 草むらでしわくちゃに丸まっているエロ本の広告が、生殖と蓄

寒暁

檳榔の葉と赤い実、 夜明け前の清冽な空気。 在るべきものはすべて在り、 刻とともに満ちる潮、 水平線を掻きみだす砂糖黍の葉群、 琉球黒檀の葉のしずく。 電線から飛び立つイソヒヨドリの群れが、 それらを高らかに笑う。 おぼろげな暁光が静寂をつくり、そして 影と輪郭をえがきだす、 その刹那の階調。 島の脊梁に沿って吹きさらす北風が、 畑へと歩む謹厳な農夫に、一年と一日の始まりを告げる。

ほっつき歩く、Tame Impala の"The Less I Know The Better"を聴きながら

あなたの眼のなかの海に独り溺れたい あなたの手のひらから離陸する爆撃機に焼き払われたい あなたの唾液で酩酊し ついでに重低音の効いたTrap Beatで踊りたい そういう願望に取り憑かれては 精液と残尿でシミだらけの、ペラペラの布団に酒を持ち込み、あおり、そして突っ伏す(実に私小説的だ) そして夜中に目が醒める 吐き気を抱えて外を歩く 煙草を吸いながら 高台の公園の展望台からしょぼくれた夜景を見下ろすと 電照菊の電球の群れが干潟の砂州のように地表の闇から浮き出ている カナブン

風景よそのままであれ

ひび割れたプランターの内の地表では コスモスとサルビアと雑草が生存競争中 無関心な風はその生命の群落を軽く薙いで オオタニワタリの葉先から垂れ下がる雫をも振り落とす 空き家のコンクリートの壁の鉄筋が剥き出しになっている昼間 「風景よそのままであれ」 と脳内で復唱した 目の前の映像は高画質かつ滑らか だけど巻き戻しや一時停止はできない 二度とつかまえることができない瞬間がさらに細切れになって トックリキワタの綿毛のように吹き散らされた夕方 ふたたび 「風景よそのままであれ」 と

交通量調査

雲間からのぞく青空なんて欲していない 手を伸ばした距離よりも遠い空 そして 今日も 得るものなんて何もない 軽トラの荷台に座り込んで 叩きつけるような雨に打たれたい ただ独りきりで酔いつぶれ ゲロを吐くのに疲れたら 苔むしたブロック塀にもたれて夢を見ていたい 砂利敷きの駐車場の 揺れるイネ科の雑草にくすぐられながら 無精ひげとヨレヨレの服で 錆びて軋んだパイプ椅子に腰かけて 道路を走り抜ける車を数えてる 僕のそばを通り過ぎていくものごとなんて 気にも留めていなかったし 空

In The Night

誰しもがこの夜の擬人化を試みては、くだらない形容動詞を当てはめようとする。しかしながら、大都市の電光の飛沫や、文明の寿命よりも永い距離といった事物に阻まれてしまい、誰ひとりあの夜空の冷たい地肌に触れることはできない。せめてもの悪あがきにと、人工衛星で真鍮色の傷をつけてみても、無声映画のコマ送りより速く消えてしまうし、星雲の群れが放つ光子の波の、億年単位のディレイは、いかなる天啓や隠喩も含まずに気層の裡で揺らいでいるだけだ。そんな徒労にも似た茫漠さを忘れたくて、風俗街を満たす有

天球/霹靂

あるとき 海は涸れて 稲妻とまぶたが元どおりにひっつく ごみ捨て場の水溜まりから 滑りおちる空の事象 そして残された玉座を ほとばしる雲の流れがくつがえし 裏返しの世界では さかさまの地平線が胸まで浸してゆく 神様のなかの空洞で 砂ぼこりが舞い 花の子供たちの白いからだが 水晶でできた手のひらを渡って 星が突き刺さる風葬の洞窟に横たわるとき ふたたび 海は地球儀に拡がるだろうか 玉座は不在のまま 渡り鳥の羽根を積もらせているか

架空域

理解できない!! ピジン英語を話す鳥の群れがビルをすり抜ける 太陽を謹んで視聴し 逃げるという事実から何も学ばない レーザープリンターの電源を隠す 大量の死から隔てられたシンナーの海が押し寄せ 奇妙な石材から月が染みだした 連邦を愛し連邦に埋葬される 手帳に記された空の繊維の象徴 喜望峰は全く虚偽であった おそらく紐育の摩天楼も凍らない魚の半身である 沈んだ輸送船の掲げる国旗は翻り 渇望し足りないものは時間の流れだった 市場に並べられた確率から選び取り 広い野原に花束を添えて

Street

割れた酒瓶のかけら、一つ一つに 引きずられた哀しみが映っている。 ドブの蓋にぶちまけられた吐瀉物が 喧噪の街に滲んでいる。 銭湯帰りの少女の、黒髪の滴に 海のまえに拡がる夜景が映っている。 古物商のショー・ウィンドーは 今夜も妖しくひしめき合っている。 ああ、遊歩道の上で俺は不具、 それゆえ銀色のダイスに嘲笑されている。 五月の雨が疲れた暗渠を潤すまで、 俺は黄金の大八車を曳きつづけるのだ。 ああ、駐車場の傍で俺は不能、 あるいは落下するベッドルームの花。 肉欲は路上で