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Dying Lightの盗賊たち【第5話】

 カズアキがビデオデッキくらいの大きさの段ボールを持って車に戻ってきた。差しっぱなしのキーを回し、ヘッドライトを点ける。
「これ、例の薬品が入っているハコ。あんまり揺らしたらマズいらしいから、膝の上で大切に持っといて。お願い」と指示して琉樹に段ボールを渡した。琉樹の顔が少しひきつった。カズアキはアクセルを踏んだ。サイドミラーに映る照明を浴びた「株式会社 南開薬業」の看板がどんどん小さくなった。
 カズアキには気にかかることがあった。薬品の受け渡しの際に、仲村渠さんが言っていたことについてだ。
「お疲れお疲れ。君が菅井くんか。今から例の渡すね」
 ワイシャツ姿でメガネをかけた仲村渠さんは、疲れた顔をしていた。
「そういえばさぁ、神崎さん全然電話取らないんだよなぁ」
「マジっすか」
「七時五十分ごろに電話かけてこいって自分で指示したくせに、取らんわけよ。そんなこと今まで無かったんだけどなぁ」
「神崎さん今頃忙しくて電話とれないんじゃないですか。船の手続きとかで」
「んー、まぁそういうことにしておくか。心配はしてないけど」仲村渠さんは箱を持ったまま歩きながら答えた。
「はい、これはトイレの芳香剤ね、返品お願いしますね」
 カズアキの胸の裡に繊維状に絡まる不安感は存在感を増すばかりだ。もしかしたら神崎さんに何かあったのかもしれない。何かあれば俺たちのギャラはパーになるかもしれない。それどころか警察に捕まるかもしれない。そう考えるとイライラしてきた。
 信号待ちをしている間、カズアキは神崎さんが連絡は電話じゃなくてLINEでするようにと言っていたことを思い出した。理由は、電話は相手の時間を拘束するが、LINEはそうではないということだった。だから電話を取らなかったからってどうってことはない。仲村渠さんがLINEと電話を聞き間違えたのかもしれない。すべては上手くいっている。絶対この計画は成功する。カズアキの胸の不安感は一時的にすっと消えていった。
 車は埋立地と住宅地を結ぶ橋を通過した。橋のたもとに建つマンションの、非常階段の踊り場の天井に据えられた通路灯の電球が寿命を迎え、チカチカと弱々しい光を放っていた。カズアキはそれを見ると、なぜだかわからないがイライラした。
 国道329号線を通り那覇へと向かう。走行中二度もパトカーが追い越し車線を通り過ぎていった。そのたび琉樹はあからさまにビビッていたが、カズアキはビビらなかった。沖縄の警察はバカだから、俺たちの計画を見破ることはできないという確信があったのだ。
 カズアキはこの仕事のギャラが現金で手渡される時のことを考えた。百五十万払うと神崎さんは約束した。そのうちの二十万は琉樹に渡す。なんて俺は気前がいいんだろう!ともかく、その金で学費を払い、休学中の大学に戻って、就活の準備を始める。そうすればフラれた年上の彼女とヨリを戻せるだろう。
 国道沿いの、ジェフの看板が見えるコンビニの駐車場に車を停め、予定の時間通りにカズアキはLINEで神崎さんからの連絡を待った。琉樹には小銭を渡し、コーヒーを買いに行かせた。しばらくしてスマートフォンが震えた。神崎さんからだった。
“予定変更。安謝じゃなくて、豊見城に来てくれ。今から場所を送る”
“なんでですか?”
“理由はお前がその場所に来てから話す。とりあえず早く来てくれ。今日ではなく明日発送することになったんだ。先方の都合で”
 カズアキは不安にかられた。神崎さんと俺が組み上げた、精密な計画が崩れていく。そういう予感がしたのだ。
“わかりました”
 ネガティブな予感を押し殺し、カズアキは
六文字のテキストを送信した。あらゆる計画には必ず変更がつきものだ。臨機応変な対応が、俺自身の有能さを証明することになる。そう自分に言い聞かせた。
 コーヒーを片手に二人はとよみ大橋を渡った。主塔から橋桁を吊り下げている放射状のケーブルが、冷たい檻となって夜の天球の右半分を閉じ込めていた。グーグルマップの音声が、およそ一キロ先、右方向です。と告げる。目的地に向かうにつれ、車窓の風景は光に満ちた市街地から、いちめんに広がるサトウキビ畑のなかに散在する電照菊畑が干潟の砂州のように浮き上がっている農用地区域へと変わった。カズアキは助手席のほうを見た。相も変わらず琉樹は強張った表情をしている。俺だって怖いんだ、だけどやるしかないんだ。と自分に再び言い聞かせた。この計画の行く先にたちこめる黒い靄を、車窓の風景の後ろへと流れていく電照菊畑の光の群れに乗せて、頭から飛ばしてしまいたかった。

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