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特別じゃないのにものすごく特別だった日

ついに2週間前に届いた自転車で街を走りました。
イギリスでは、自転車は車道を走らなければいけないのと、私がわき道をあんまり知らないのとで、ひたすら車通りの多い道を走ったのですが、慣れない上に車がびゅんびゅん隣を走り抜けていくので、ずっと緊張しまくりでした。しかも道路からの振動が結構すごくて。

それでも、自転車から見る景色は新鮮で、(上り坂さえなければ)どこまでも走って行けるような気がしました。しかも今日はまだ乗馬用のヘルメットだったので、なんちゃって乗馬気分も。8週間もの間、週に1, 2度の外出は近所の森とスーパーマーケットだけだったので、私の知らないところで世の中はずっと動いていたのかもしれないとなんとも不思議な気分でした。

友達のトニーとお気に入りのイタリアンレストランでピザを買って、近くの公園の芝生の上で食べながらたくさんのおしゃべり。公園にはたくさんの人がいて、日光浴をする人たち、フリスビーで遊ぶ親子たちや犬の散歩をしている人たち。そこには見慣れたピースフルな春の公園の景色が目の前に広がっていて、なんだかこの8週間が夢だったんじゃないかという気さえしたのでした。

私の父親と同世代のトニーが、自分は戦後生まれだし、対して大きな危機もなく生きてきて、言えば今回のブレグジットが人生最悪の出来事だと思っていたけど、その直後にまさか命の危険を感じさせられることが起こるとは思ってもみなかったよ、と言っていました。確かに人はみんなどの時代に生きていても、戦争だとかパンデミックだとテロだとか、なんらかの命の危険を感じる出来事を経験して、かつ生きていることのありがたさを感じるようにできているのかもしれないなと思いました。

久しぶりに自転車に乗って、外の世界を見て、友達に会って、ピザを食べて、(本当はまだ禁止されている)ハグをして。どれもいうほど特別なことじゃないのに、ものすごく特別で。この気持ちをちゃんと覚えていたいなと思ったのでした。


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