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一円玉の15年 〜『桜の園』(2007)

2007年から取り組んだ〈地点によるチェーホフ四大戯曲連続上演〉、その三作目『桜の園』(2007年初演)の舞台美術は、中央に身動きできない没落貴族一家を据え、その周囲ぐるりをベンチが取り囲むというプランでした。問題は、家族とベンチの間の空間をどうするかということ。美術家の杉山至さんと砂やガラスなどさまざまなマテリアルを検証するなかで最終的に浮上したのが「一円玉」という案でした。『桜の園』は美しい屋敷が一族の浪費と無策の末に競売にかけられ、元農奴に落札されてしまうという物語。劇中では常にお金の話が繰り広げられます。大量の一円玉に覆われた床は劇世界にも合致しますし、光を反射するアルミニウムは床に落ちていると桜の花びらのようにも見えるのではないか、そう期待したのです。

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一円玉は直径1cm、1gのアルミニウム製。製造コストは3円とも言われており、同じものを用意しようと思ったら一円玉を使う方が断然安価。とはいえ、床をうめつくすほどの量を用意しようと思ったら、大量に両替をする必要がありました。当時、多くの銀行で50枚以上の両替には手数料が必要だったところ、京都のある信用金庫では1000枚までの両替には無料で応じてもらえることがわかりました。

プランが決定してから本番までは一ヶ月もなかったと思います。翌日からメンバーで分担して、市内の某信用金庫の支店を巡回する両替作戦がはじまりました。「学祭で消費税率が引き上げられた場合を想定しての実験をします」、と理由を説明した記憶も…(消費税は当時5%でした)。ある支店では、毎日両替しにくる姿を見かねたのか、「手数料をいただけば必要な量をご用意しますよ」と声をかけていただき、銀行まわりにも疲れていたタイミング、これ幸いと準備してもらい、台車で取りに行った思い出があります。

というわけで、最終的には32万円相当を両替。『桜の園』の公演が終わったあとも、紙幣に戻すための両替に多大な労力がかかるということで、一円玉はそのまま劇団の倉庫にストックされることになりました。その後『桜の園』は演出が改訂され、2014年のアンダースローバージョンでは床を埋め尽くすのではなく、庭園の境界を示すラインをつくるのに使われるにとどまりましたが、今もまだ、地点は大量の一円玉とともにあります。

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さてこの15年の間に、消費税は8%になり、両替手数料は信じられないくらい値上がりし、時代はキャッシュレスに。ますます両替しにくくなっているところ、京都のある劇団さんから一円玉を3kgほど使いたいとの申し出があり、喜んで応じました。使ってもらえるなら本望です。舞台で輝く一円玉の姿は15年経っても変わらないことをまた確認した次第。そう、最近の作品『ギャンブラー』(2022年)でも、全財産を蕩尽するおばあさんが豪快に一円玉をばらまくシーンがあり、きっと地点を長年見ているお客さんは「あの一円玉はあのときの…?」と思ったに違いないでしょう。チェーホフ『桜の園』からドストエフスキー『ギャンブラー』へ、これからも、一円玉には舞台で輝いてもらいたく思います。

写真:青木司、松本久木

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