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裏切り

「豚あああああああああああああ!!!?」

 ダンジョン16層、煉獄の間。

 ダンジョンボス【シキュウ・スパイザー】の極細レーザー攻撃を、俺の身代わりになって左胸に食らった豚は、猛烈な勢いで後ろに吹き飛んだ。

 俺は急いで駆け寄り、豚を抱き抱える。

「大丈夫か、豚!?」

 豚は、目を閉じていて何も言わない。・・・・・・まさか。

 見ると、豚の着ているクソダサレザージャケットの左胸に、小さな穴が空いている。

「もし、これが心臓を貫いていたとしたら、きっと豚は・・・・・・!!」

 欽ちゃん走りで駆け寄ってきたPTメンバーのまつも、心配そうな声を上げる。

 飲み会の席でからあげにレモンを勝手に絞った後そのからあげを両手で押しつぶして笑顔で帰りそうなまつの、言わなかった言葉の先は、きっとこうだろう。

『心臓を貫いていたとしたら、きっと豚は死んでいる。』

 考えたくもない。しかし、その可能性は高い。

 現実はなんて、残酷なんだ。

 ——その時、俺は思い出した。

「・・・・・・はっ!! そうだ!! でもそういえばこいつ、ダンジョンに潜る前はいつも分厚い魔導書を左胸にしまっていたような・・・・・・」

 あの魔導書に何か特別な力があれば、レーザーを防いでくれたはずだ・・・・・・!!

 俺はなんとなくパンツを脱がせたあと、豚の上半身を脱がせる。

 豚のレザージャケットの下の、豹柄のTシャツの下の、赤のギンガムチェックの下の、チップとデールの描かれたタートルネックの下の、龍とドクロTシャツの下の、ネズミキャラとUSJという文字が描かれたTシャツまで脱がせる。

 そこにあった、分厚い魔導書は。


 快楽天ビーストだった。

   魔導書ではなく快楽天ビーストだった。

 魔導書ではなく快楽天ビーストだったし、普通に穴が開いていたし、普通に心臓にも穴が開いていたし、普通に豚も死んでいた。

 あと、乳首は真っ黒だった。


「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!! 解釈違いだおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 俺は叫んだ。

 ——金稼ぎのために、16層なんて深層に潜るんじゃなかった。

 ダンジョンボス、【シキュウ・スパイザー】。

 女性器を模した醜悪な巨大モンスターは、俺たち四人の攻撃をことごとく防ぎ、凶悪なレーザー攻撃を浴びせてきた。

   ボス部屋は一度入ると、ボスを倒すまで出られない。

 俺たちは防戦一方、なんとかレーザーを避け続けていた。

 しかし。

 ついに、そのうちの一人がやられてしまった・・・・・・。

「もう、打つ手はないのかよ!!   ちくしょう!」

 ——その時。

「落ち着け、でろが。まだ俺は、必殺技を残している」

 突然響いた、低い声。

 俺の目の前に、一人の男が立った。

 俺、まつ、豚の他の、最後のPTメンバー。

 その名は———笑也知郎。

「笑也!? あれを使ったら、お前の体が・・・・・・!!」

「いいんだ、でろが。理想を抱いてプカプカ浮いてろ。溺れていいのは三回までだ」

 笑也は、悠然と詠唱を開始する。

 赤い戦闘服を着た、逞しい背中。

「——体はBLでできている。血潮はノンケで、心はアナル。幾たびの戦場を超えて腐敗。ただの一度も女装はなく。ただの一度も理解されない。彼の物は常に一人BLの丘で推しカプに酔う。故に、その生涯に意味はなく。その体はきっと、無限のBLででき」

 ダァンッッ!!!!!!!!!!!

 

   詠唱途中で、笑也が踏み潰された。

 

   【シキュウ・スパイザー】の一撃必殺。

 “子宮PON!CRASH!CRASH!”だ。


「笑也あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 踏み潰された衛宮は、ダンジョンの床の赤いシミになってしまった。

 人間だった、赤いシミ。

 赤いシミ。

   赤いシミ。

 赤いシミ?

「この場合、何で落とすんだろう?   普通の洗剤で落ちるのか?」

 綺麗好きな俺は、気になってスマホで調べてみた。

 調べても、よく分からなかった。しかし、死体は臭いがひどいので、専用の強力な消臭剤を使うらしい。勉強になるなあ。

「あ、LINE来てるじゃん」

 俺が、スマホをいじっていると。

「なんか普通に倒せそう!!」

 今まで苦戦していたのに、まつが【シキュウ・スパイザー】をボコボコに殴り倒していた。

「俺は、この戦いが終わったら、結婚するんだあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 まつの、渾身の一撃。

 ドカアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!!

 爆発。

 俺のいるところまで飛び退るまつ。

 土埃が、【シキュウ・スパイザー】の姿を隠している。

「「やったか・・・・・・!!?」」

 土埃が、薄くなっていく。

 俺と、二次会のカラオケで採点モードをoffにして『俺が採点するよ』と一人一人の歌に点数をつけてそうなまつが、注意深く見つめる先で。

 【シキュウ・スパイザー】が、死んでいた。

「「やってたああああああああ!!!!!」」

 喜ぶ、俺とまつ。

 歓喜。

 しかし、最初四人だった俺たちは、二人になってしまった。

 

   豚と笑也は——死んでいて。

   俺とまつだけ——生きている。


「ま、切り替えようぜ。終わったものはしょうがねえじゃん」

 哀しそうに、笑うまつ。


「そうだね」

 俺はまつに、剣を突き刺した。


 腹に、深々と。


 ガフッ

「な、・・・・・・なん、・・・・・・で・・・・・・?」

 口から血を垂れ流して膝をつき、俺に手を伸ばすまつ。

 俺はまつに、スマホの画面を見せた。

「ついさっき、LINEが来てね。俺の恋人で名探偵のクリオネちゃんからだ」

   俺は続ける。

「・・・・・・まつ。お前、裏切り者だろ。豚に厚着を勧めて動きを鈍くさせたのも、本当はレーザーを防げるはずだった魔導書を快楽天ビーストにすり替えたのも、お前だろ」

   俺は続ける。

「豚のパンツを脱がせて分かったよ。パンツに白いシミがついていた。お前は今朝豚と寝て、部屋を出るときに寒いからと厚着を勧め、魔導書を抜いて快楽天ビーストを胸元に入れたんだ」

   俺は続ける。

「笑也を殺したのもお前だ。最初は遠くにいた【シキュウ・スパイザー】を、俺たちの後ろから妙な走り方をして興味を引いてこちらに引き寄せ、笑也を踏み潰させた。全部、巧妙なやり口だな」

   俺は最後に、こう告げた。

「シミの落とし方を検索するフリをしてスマホを見れてよかったよ。お前はいつも俺の隙を窺っていたもんな。でも、ギリギリだった。ギリギリ俺の勝ちだ。俺は名探偵の推理をLINEで聞けて、お前が裏切り者だと暴いた。あれだけ苦戦していた【シキュウ・スパイザー】を簡単に倒した実力からも、お前が犯人だってすぐに分かるよ。観念しろ、まつ。お前はもう、ここで終わりだ」

 

 まつは、剣の刺さった腹を抱えて俯いた。


 そして。


「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!! なにそれ!!!!!! そんなんあるわけねえじゃん!!!!!! ぜんっぶ間違い!!!!! 妄想しすぎだろ!!!!! あはははははははははははははははははははははは!!!!!!」

 ——笑った。


「ほら。腹刺したことは許すから、早く俺を治療してくれよ!   あー、腹が痛え・・・・・・」

 その場で転げ回るまつ。

 

    俺は、それを。


   ぐちゃっ。


 ——まつの頭部を、踏み潰した。


 

   そして残ったのは、俺と、豚の死体と、二つの赤いシミ。


「‥‥‥こんな部屋にいられるか!!」

 俺は、ボスの部屋を出た。

  

   裏切り者は、嫌いだ。

                                                                       おわり







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