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バレンタイン


「こい・・・しーむ・・・くん、私の・・・・・・コ、食べ、たい・・・・・・?」


 ――放課後の校舎裏。

 俺を呼び出したすてるちゃんは、顔を真っ赤にしてそう言ってきた。

「えっ・・・・・・?」

 と、驚くフリをしつつも、俺は心の中でひそかにガッツポーズをとる。

 なぜなら、今日2月14日のバレンタインデーのために、俺はすてるちゃんに猛アタックをしてきたからだ。

 すてるちゃんは、ここ土地板高校で一番の美少女だ。

 黒髪は艶やかで、顔のパーツは完璧に整っていて、胸も大きい。引っ込み思案なところもかわいい。

 俺は普通のどこにでもいる高校2年生だが、どうしても同じクラスのすてるちゃんのことが好きになってしまい、アプローチを続けてきた。

 その成果が今、ようやく実ったのだ。

「食べたい。――俺、すてるちゃんの食べたい!!!」

「・・・・・・ほ、ほんとに? 嬉しい・・・・・・」

 俺が勢いづいて答えると、すてるちゃんは目を見開いて顔を寄せてきた。

 ・・・・・・近い。石鹸のような良い香りがする。

 すてるちゃんの瞳は、夜空のように幻想的で、星のような輝きを秘めていた。

(ああ・・・・・・好きだ・・・・・・。なんてかわいいんだろう・・・・・・)

「・・・・・・っ!!」

 その時、すてるちゃんは恥ずかしくなったのか、サッと後ずさってしまった。

 少し残念に思いながら、俺は問いかけた。

「い、今、もらえるの?」

 すてるちゃんは首を横に振ると、小さな紙切れを渡してきた。

「・・・・・・これ・・・・・・住所・・・・・・。この後、来て・・・・・・?」

「えっ、それって・・・・・・」

「・・・・・・先に、行ってるねっ・・・・・・!」

 すてるちゃんは、足早に去ってしまった。

「・・・・・・」

 ・・・・・・とりあえず、コンドームを買おう。



 コンビニに入ると、目だし帽を被った黒ずくめの男がレジ前にいた。

(・・・・・・これアレじゃん絶対。絶対アレじゃん)

 突然のことに、ジャパン語が出てこない。

 コンドームを買おうとしたばっかりに、アレ――強盗に遭うなんて。

「手をあげろ。おい、早くしろ!!」

 男は、手に抱えた小さな子うさぎにカッターを押し当て、店員に怒鳴っていた。

(卑怯な・・・・・・!! うさぎ質か・・・・・・!!)

 脅された『まつ』という名札を下げた店員は、震えながら手を上げている。当然だ。言うことを聞かなければあの子うさぎが死んでしまう。

(助けないと・・・・・・!)

 しかし、体が動こうとしない。もし失敗すれば、店員はいいとして、あの子うさぎが死んでしまう。俺にはその責任をとれない。

(くそ・・・・・・ちくしょう・・・・・・!)

 しかし、次に強盗の口から出たのは、思いがけない言葉だった。


「これは、環境に配慮した商品ですか?」


 強盗がレジに置いたのは、ザーメングラスであった。

 あまりのことに、言葉が出ない店員と俺。

「判断が遅い!!!!」

 さっきまで強盗だと思われた変質者は店員を強く平手打ちした。

 そして、子うさぎをそっと床に置き、ズボンとパンツをズリ下ろした。

 さらに、勃起させた陰茎を高速で擦るとザーメンをグラスに注ぎ入れ、それを店員の頭からぶっかけた。

「・・・・・・」

 立ち尽くす店員。

「炭次郎はもっと辛い思いをしたんだぞ」

 変質者はそう言い残すと、子うさぎをそっと抱き上げて店を出て行った。


 俺は、何も見なかったことにしてコンビニを出た。



 すてるちゃんに渡された住所に行くと、雑居ビルだった。本当に家なのだろうか?

 インターホンを押すと、「はい」という野太い声が聞こえた。父親だろうか?

(なんだ・・・・・・父親がいるのか・・・・・・)

 がっかりしながら待っていると、ドアが開いた。

「ああ、君がこいしーむくんか。すてるから聞いているよ。入って入って」

 どうやら、本当に父親のようだ。

 足を踏み入れると、生活感のない玄関だった。

(すてるちゃん、こういうところに住んでるのか・・・・・・)

 少し意外に思いながら眺めていると、父親らしき男が俺を手招いた。

「早く早く。もう遅いし、早く始めよう」


「・・・・・・始める?」


 何を?



「えー、これから面接を始めます」


 俺が通されたのは、白を基調としたシンプルな広い部屋だった。

 パイプ椅子に座る俺の前には先ほどの父親らしき人物が座っていて、その右に鼻クソをほじっている男が、左にはモップのような犬が座っている。

 父親らしき人物が口を開いた。

「監督のたいにぼです。本日はよろしく」

 監督? 何の? 父親じゃないの? てかすてるちゃんは?

「助監督のなすびっす。生理二日目なんで座ってるだけっす」

 鼻クソをほじっている男が適当そうに言った。何だこいつ。

「わん! わんわん!」

「『じーたの犬です。本日はよろしく』と言っている」

 ・・・・・・? 何で俺、犬を交えての面接にかけられてんの?

「あの・・・・・・。なんで俺、面接されてるんですか?」

「? 何を言っているんだ? 君がすてるに相応しいかを試すんだよ。当たり前だろう?」

 なるほど。父親として、娘の男を見定めようということか。監督というのも、娘の監督役ということか。

 犬も、きっと飼っている犬だろう。家族の一員として相性を見たいということか。

 ・・・・・・助監督? お前は何だ?

「最初の質問、イきます」

 俺の疑問を置き去りに、たいにぼが話し始めた。


「こんな新入社員は嫌だ。どんな?」


 大喜利!? いきなりの大喜利!? ギャグセンから試されるのか!?

「・・・・・・」

 たいにぼは、目を輝かせてこちらを見ている。どうやら本気のようだ。

 俺は覚悟を決め、答えた。


「常にボイスレコーダーを携帯している・・・・・・?」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


 部屋がどよめきに満ちた。どうやら助かったらしい。

「ぷっ・・・・・・それは嫌すぎる・・・・・・っ。ごほん、失礼。次の質問へいこう」

 たいにぼの次の質問は、案外普通だった。

「座右の銘は?」

 うーん、なんだろう。普通に答えても満足してくれなそうな目をしている。あれは、面白いやつを欲している目だ。


「金、暴力、女・・・・・・?」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


 部屋がどよめきに満ちた。どうやら助かったらしい。

 ・・・・・・なんだか、アホくさくなってきた。なんだこの父親。頭おかしいだろ。

「素晴らしい!! 君は素晴らしいよこいしーむくん!! 最後の質問だ!!」

 すてるちゃんは好きだ。でも、この父親とは関わりたくない。

「弊社に入ったら、どのようなことがしたいですか!!?」


 もう、適当に答えよう。


「うんち・・・・・・」


 部屋が、静寂に満ちた。

 いくらなんでも、やりすぎたか?

 そう思った、次の瞬間。


「「「合格だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」


 そこからの展開は劇的であった。


 俺はあっという間に2人と1匹に取り押さえられ、ロープでぐるぐる巻きにされて床に転がされた。

 どこからやってきたのか、大量のカメラが俺を囲み、ライトが俺を照らした。突然の展開に、俺は動揺を隠せない。

「うわあああああああ!!! うわあああああああ!!!」


 そして。

 次に目に入ったのは、予想だにしない光景だった。


「ありがとう・・・・・・こいしーむくん。・・・・・・合格、おめでとう。」


 そこに立っていたのは、全裸のすてるちゃんだった。


「すてるちゃん・・・・・・? どうして・・・・・・!」

 意味が分からない。

 しかし、すてるちゃんの体が魅力的であることは分かった。

 美しい乳房、しなやかな脚線美、抱き寄せたくなるようなくびれ。

 その全てが魅力的で、俺の股間を激しく怒張させた。

「・・・・・・辛そう、だね。すぐに、終わらせてあげるから・・・・・・」

 すてるちゃんは俺の股間を触ったあと、俺の顔の上に跨がった。 

 俺の上に、とんでもなく卑猥な草原が押し当てられる。


「なんだよこれ・・・・・・!! 俺、すてるちゃんのチョコが欲しかっただけなのに・・・・・・!!」


「えっと・・・・・・。あ、そっか・・・・・・。今日、そういえばバレンタインだったっけ・・・・・・」


 え?


「チョコ、くれるんじゃなかったの?」


 俺の口に、穴が押しつけられた。

 それは、汚い方の穴で――


「ううん。私が食べさせてあげるのは――」


 聞きたくない。信じたくない。

 世界が、ゆっくりに見えた。

 泣き虫だった、小学生時代。

 親と喧嘩した、中学生時代。

 友達と過ごした、高校生時代。

 全てが懐かしくて。

 全てが愛おしくて。

 そんなあの日々に、戻りたいと思った。


「アクトォッッ!!」


 声が聞こえた。照明が一段と強くなった。

 父さん、母さん、ごめん。

 そして――ありがとう。


「――ウンコ♡」


「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 俺の口を、死が満たした。


 アンハッピー・バレンタイン。



「そういう経緯で、スカトロ男優こいしーむさんが生まれたんですね」

「はい、そうです。いやー、しかし、驚きましたよ。なんせ、好きな女の子がスカトロ女優だったんですから」

「しかし、スカトロというのは体に害はないんでしょうか? お体の方は大丈夫ですか?」

「あはは、よく言われるんですよね、それ」

「やっぱり、みんな気になりますよ」

「そういうとき、僕はいっつもこう答えるんですよね」

「ほう、その言葉とは?」


「『うっせぇ うっせぇ うっせぇわ。あなたが思うより健康です』ってね」



 インタビューの翌日、こいしーむはウンコの食べ過ぎで死亡した。

 ウンコ食べ過ぎ病である。

 その日はバレンタイン。

 奇しくも、2月14日の出来事であった。

                                                                    おわり






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