見出し画像

オンチ家系に生まれて…

自慢じゃないけど、私の実家は悲しいかな、全員オンチ。今は亡き父も、母も兄も私も…
幼い頃、まだオンチの自覚など微塵もなかった私は、よく近所の空き地で友だちと歌合戦ごっこでしのぎを削ったものだ。
順番でみかん箱のお立ち台に乗っては、流行の曲を披露する。『ブルー・シャトー』『モナリザの微笑み』『虹色のみずうみ』なんかが当時の私のお気に入り。
どんなに声を張り上げて歌っても、私のことをオンチ呼ばわりする子なんて1人もいなかった。たぶんみんなまだまだ未熟な耳しか持ってなかったんだろうな。
そこへ折悪しく通りかかった母。私の歌声だけがあまりにも調子っぱずれなのに度肝を抜かれ、思わずその場にへたりこんだとか。
翌月から、突然私はオルガンを習いに行くことになる。まさか裏にそんな事情があったとはつゆしらず、嬉々として友だちとレッスン通い。ことの真相を知ったのはずっとあとになってからだった。
しかしオンチを侮るなかれ!母はちゃんとその人がオンチかどうかを聞き分けられる耳を持っていたのだから。
私たち家族もそう。家族の他のメンバーのオンチさかげんははっきり分かるし、自分の音程のずれもちゃんと自覚してる。なのになぜだか正しい音を取ることだけがどうしてもできない。
「オンチ」とひと言でくくるなかれ。実はオンチの中には細かいランクづけが存在していると私は信じている。オンチ界の階層でいえば、さしずめ私の実家は中の上か上の下あたりに位置すると思われる。
結局オルガンを足かけ6年ほど習ったけれど、残念ながら私のオンチは治らなかった。自分の経験に基づいて言えば、オンチかどうかは遺伝とか、その人の持っている資質によってかなり決定づけられると思う。
本人の努力次第でなんとかなる部分もたしかにあるが、音感や運動神経、頭の良さというのは持って生まれたものが大きいと感じる。
あと、声を大にして言いたいのは、オンチ=音楽嫌いなどでは決してないということ。そこは混同しないでもらいたい。
げんに実家の誰もが音楽を愛している。
先日初めて知ったのだが、なんと父は若い頃本気で歌手を目指していたらしい!心臓に毛の生えていた父のこと、さもありなん…とはいえその道に進まなくて心底良かったと思う。
定年後、父は地元のコーラスグループに所属。「声がいいって先生に褒められたよ~」とよく自慢していた。近所迷惑になるんじゃないかとひやひやするくらい、お風呂タイムには必ず湯船につかりながら大声を張り上げていたっけ。
しかし父の歌がうまいと思ったことは正直一度もない。百歩譲って声質はいいとしても、音程がビミョーで、リズム感にいたっては皆無。ムダに間延びした自己陶酔丸出しの歌声以外の何ものでもなかった。
オルガンはその後もずっと私の部屋にあって、受験勉強で疲れたり、学校で嫌なことがあったりすると時々弾いていた。弾くだけで気分がリフレッシュするから不思議。鳴らない音が出てきたり、見た目もすっかり古びてしまったが、長年の友のように、私の青春時代を通じてつかず離れず寄り添ってくれた。
結婚して電子ピアノを買い、娘が小学生になった時、ようやく念願のアップライトピアノを購入。
娘が独立したあともわが家に残ったピアノ。なかなか上手には弾けないけど、その音色はコロナでうつうつとしがちな日々にささやかな灯りをともしてくれる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?