主権財民。


常態化した「資金不足による運営の困難化」

毎日毎日金勘定のニュースで気が滅入りそうなのだが、今日もまた、X中毒の方々がニュースで吹き上がっていた。

https://twitter.com/livedoornews/status/1688358788372570112?t=sJOXzuBSTcENGeGLE5xCFw&s=19

まず、この手の独立行政法人によるクラウドファンディング事業は今に始まった話ではない。少なくとも、数年前から官民関わらず実施されてきた資金獲得手段だ。ふるさと納税なんて地方自治版のクラウドファンディングってのが本質ですし。

では、独立行政法人って何なんだ?という方へ。
総務省が霞ヶ関文学全開で御説明されているので御一読願いたい。

要するに「最低限の運営資金(絶賛削減中、なお紐付きで常に監査対象)は出してやるから、自由になる金欲しいなら自力で稼いでね」という話である。財務省の意のままになってしまう戦前四大官庁筆頭の内務省の成れの果てとか、内務省OBがあの世で聞いたら失神ものであろう。

なお、この件に関して「また財務省か」というのも一部早計であり、Xで文部官僚が盛大にお気持ち発露して炎上しているのを見ると、これは最早官僚としての宿痾なのではないか?とすら思える。


相変わらずお気持ちを爆発させるXリベラル

で案の定、「こんなケチ臭い国になって」とか「博物館に金を出さない国は衰退するのは当たり前」と、エックスインテリゲンチアなリベラルの方々がイキリ散らしている訳ですよ。

これを見た時、「あーあ、またXの嫌われ者のあいつらが余計な事を…」と脱力するしかありませんでした。

日本リベラルの他責性というのは広範に知られた話だが、そもそも自分たちも「こんなケチ臭い国」にしたという自覚がないんですね。彼らは地方のインフラに向けて「こんな無駄なモノ作りやがって」とか言っていたのですが、その感情というのは地方住民も持っている訳です。

もはや先進国の国民なのか?という所得の低さの地方住民から見れば、圧倒的に首都圏に集中している国立○○という施設は自分たちへの恩恵が皆無とは言わないが物凄く希薄であり、生活を豊かにしてくれるという実感が圧倒的にないんですよね。
文化資本論なんて話もあるが、そもそも「文化的な最低限の生活」ラインを下回っている低所得者の割合が高い地方住民から見ると、文化以前に食っていくのが精一杯なこちらを横目に、文化資本が潤沢に投下されている首都圏在住者が「こんな文化を蔑ろにする連中はけしからん」みたいに吹き上がった所で、さぞや雅で高尚なんやろうなぁ~という嫌味が出るのも致し方ないであろう。

要は「無駄な税金」論がブーメランになって帰ってきているのです。

付け加えると、予算を削減すればするほど成果と看做され出世する財務官僚からすると、地方住民の生活がかかっているインフラだろうが都市の文化資本を豊かにする国立○○という施設だろうが等しく予算削減の対象なのです。日本リベラル主流派はそこの所を全く理解していない。ついでに言えば、政府は信用できない!!とか言ってる癖に、財務省経済学(財政的正しさ)は無邪気に信用している。政治的正しさを振り回す彼らとしては、主張が一貫していると言うかもしれませんが。

その選民思想、隠せてませんよ。

一方、その日本リベラル主流派をせせら嘲笑う方々が正しいとも言い難い、いやむしろリベラルに輪をかけて酷い有り様です。

先程にも述べた様に、日本リベラル主流派は政治的正しさも財政的正しさも無邪気に信じ込んでおり、アホではあるが主張は一貫しているのです。しかし、その日本リベラル主流派のアンチは「政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)へは批判的だが、財政的正しさ(ファイナンシャル・コレクトネス)は無邪気に信じ込む」という矛盾点をはらんでいます。

自分にとっては「虚構を信じ込む」「助ける人間と助けない人間を己の価値基準で峻別する」「実際には一部の人間の点数稼ぎ」などという点において、政治的正しさも財政的正しさも共通している考え方だとと思うのですが、如何でしょうか。
彼らにとってはどうやら別腹らしいようですが。

そういう浅はかさが見透かされてつつあるんだよなぁ。

主権務的正しさを振り回す衆だと。


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