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水が美味しい、という幸せ。

ICUを出て一般病棟に移ったら好きなだけ水が飲める。

呪文のようにそれを唱えながら

車椅子で上の階に上がった。


ひと通りの説明を受けて、先ず、部屋の洗面所でガブガブと水を飲んだ。なぜか思っていたほど沢山飲めなかった。

渇きを癒すというより、胃袋に水を溜めたい、という感じで。

頭がクラクラ、足元はフラフラするし、手は震えるし、ICUにいた時の検査着で、点滴したまま、コップがないので手ですくって水を飲んだ。


やっと気づいたのだけど、下着はオムツになっていた。導尿していたその名残か、尿意が上手くコントロールできなかったから仕方ないか、と思った。

上からどんどん水を飲んでいたから、粗相をしなくて済んだ。


4人部屋にわたし一人しかいなくて、やたらと静かだったけど、柔らかいベッドが嬉しくて(ICUのはちょっと硬かった)のびのびと脚を伸ばしてひと眠りした。

準備しての入院ではないから、何ももったいなくて、夕方家族が来て、やっとオムツの替えなどを買いに出かけられた。

売店で「水を買いたい!」と頼んだ。

ICUでもらっていた水は、なんとなく薬の匂いがした。さっき部屋で飲んだ水道水もわずかに匂う気がした。

『南アルプスの天然水』

少しでも故郷に近いところの水が手に入ってうれしかった。

ワクワクしてひと口。

「?」

部屋の水道水と同じ味がする。

まだ味覚障害が残っていることに気がつかなかった。


けれども日を追うごとに回復していく、バロメーターとして水の味は変化した。

水分を、今度は逆にたくさん摂るように指示されて(砂糖の入っているものは一切禁止)、毎日判で押したように水1リットル、お茶ペットボトル、ブラックコーヒー1本を買っていたのだが、日毎に美味しくなっていく。

特に水が。


1月中頃から、口の中に消毒薬の匂いがして食べる気は起きないし、少しでも匂いを忘れたくてお茶や水を避けて香りと甘みのついた飲み物ばかり飲んでいた。ペットボトルの水さえ匂いがある気がしていた。家の浄水器もフィルターが古くなって水が不味くなったと思っていた。

…………

血糖値が下がってきて、日々味覚障害が薄れてゆき、『南アルプスの天然水』は美味しくなった。

口の中の消毒薬の匂いはいつのまにか消えて、特に入浴の後の水は「甘露」と感じた。

毎日、新しい水のボトルを開けるたびに、水の味がわかる自分に安心した。

水が美味しいという、それだけのことだけれど。










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