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蟲師・香る闇の感想

注釈:アニメ版の蟲師続章の第12話に準拠することを付記しておく。

話の流れ

カオルという男は暗闇の中にて、花の香りがすると酷く懐かしい気持ちに駆られ何かに囚われる。
一度蟲師のギンコが篠突く雨の中、カオルの家に泊まる。何か解決できないことは無いかと問うが、丈夫な家庭であること以外目立ったことがない点と暮らせど暮らせど生活が楽にならないことを告げ、日々の無事と安寧を享受してることを伝えた。
そして彼に対して別れを告げた一家は、春夏秋冬だけでなく娘の結婚を含めた時間の進みを噛み締める。老齢になり山菜取りの帰りに、むせかえるような花の匂いがする洞窟へと歩を進める。
暗転。後に微かな既視感と共にカオルと呼ぶ母親の声と共に、カオルの幼少期の様子が描写される。蟲師の時代に比較して少し波乱万丈な生活を送るカオル。そして青年期と言える時に、桜が舞い散る緑道に覚えのある女の子が居た。何か別の感情を覚える前に、ただただ既視感だけが脳裏をよぎる。
そしてカオルはまた一生を繰り返したのちに、また洞窟の前で立ちすくむ。何かを大きく忘れてしまった喪失感と共に進む。
短い暗転は入るが、そのまま音楽が続き、次の一生が始まる。より一層思い出せない感覚と無性に懐かしい感覚に蝕まれたまま過ごす。幸いにもギンコが再度訪れ、今回は蟲師である彼に異常な既視感について説明した、それは彼の日常の話だけでなく今この瞬間でさえも「前にあったかもしれない」。
勘が鋭いギンコは「確かめようのないこと」ではあるが「回廊」に取り込まれ同じ人生を何度も歩んできた可能性を示唆する。同時に囚われた者が最終的にどうなるのか、「思うように過去を変えられた話」も聞かないため、今あることが奇跡と考えギンコは確実に釘を刺すため「決してもう一度くぐろう等とは考えるなよ」と諭す。
そして件の洞窟にまた出くわす。聞きなれた音楽と嗅ぎなれた匂いと、幾星霜と繰り返した記憶がよみがえる。
そんな自分を断ち切るが如く、踵を返して郁が待つ家へ戻る。お互い白髪で老齢ではあるがカオルは新しい景色と奥方の様子から、全身全霊から嬉しさが込み上げ抱きしめる。
「ずっと幸せな悪夢を見ていた気分だ。ここからずっと新しい毎日がやってくるんだ」
それを報いるかの如く音楽が佳境を迎える。今までは一定の音しか流れず且つを迷いを示すかのように短いフレーズ内での揺らぎがあったが、今は咲き誇る桜が如く優雅な行き来になる。
だがとある日、二人で山菜狩りに出かけた最中、郁が段差から落ちて血だまりに横たわってるのを見かける。慌てて山道を下るも着実に冷たくなる妻。焦燥感の中、ふいに足を止める。あの暗闇が続くむせ返るほど花香る洞窟に出くわす。そして聞きなれた鈴と洞窟へと誘惑するようなメロディー。
事あるごとに懐かしさに駆られた時に見せた、虚空を見つめる表情、此度は決心と冷えかけの妻を背負いながら。
「大丈夫だよ、お前は助かるんだ。そしてまた遠い未来に、俺と一緒に暮らすんだ」
視点は移り郁の描写、また音楽が始まる。桜舞い散る中、カオルが感じ取っていた違和感を同じく覚えながら、二人で歩んだ日々を繰り返す。途中、暗闇の中で花の香りがして酷い喪失感を覚えるも、そのまま音楽の佳境と共にエンドロールが流れる。

感想

蟲師内の評価としては、この回は唯一ギンコが何もせずして完結してしまった話になる。解決方法も無ければ規模だけでなく蟲が抱える偉大さを表すかのような、どうしようもないほどの蟲。また蟲師間で伝わった伝承も「らしい」や「確かめる術がない」等の不安定な言葉で埋め尽くされ且つ結末もまったくもって判らない。ただただカオルと郁が味わった絶妙な違和感の果てに何が発生するのか、自然の理を優に超えてしまっている現象。判り易さの欠片も無い蟲。
設定の評価としては、ループ物の残酷さは容易にバタフライエフェクトや軽率な行動や運命等のテーマに舵を切ることが多い。それは物語の完結として至って仕方ない、物語としての性ではある。ただし「香る闇」は物語が終わらず且つ結末が用意されていない。このまま二人は囚われ続けることだけが約束されているが、ずっと先の「未来」に苦しむのかが判らない。そしてカオル自身が言っていたにも関わらず「幸せな悪夢」「悲惨な繰り返し」なのかすら決着を付けない。その日が来るまでの繰り返しの中「悲惨な過去・明るい過去・安寧の未来・逃れられぬ未来」の4つ全てが両立してる。
二人の人生について、蟲師の時代背景としてはカオルの過去を除いて全て平々凡々である以外特徴が無い。強いていうならばカオルの幼少期高慢な苛立ちと唐突な農業生活に伴う苦悶はあるが、それが郁との出会いに繋がることだけが着目される。そしてむせかえる花の匂いがする暗い洞窟を抜けてきた以外を除いて、彼らは群衆にも属せず掟も破らず同時に祝福されすぎず罰されることもない。時代背景は違うが誰もが想像できる生活である点も特徴として捉えられる。
最後に「香る闇」という蟲に関して、そんな平々凡々でありきたりで幸せをゆっくり噛み締める日々を懐かしさと既視感と喪失感で埋め尽くす。脱線するが筆者は「夢喰い」という単語がそうであるように捕食者が満足そうに暴力的に食いちぎる描写をイメージしている。一方でこの「香る闇」は精微でもなければサブリミナル的や潜在的でもなく、確実に違和感があるのにも関わらずこれを攻撃とも言えない。「蝕み」というような明確な印も無い。本当の「香る闇」ならではの悍ましさがある。それを踏まえた上で、私も山道を歩いている最中にむせかえる程の花の匂いを嗅いだらと思うと、どの山の脅威にも属さない何かに静かに包まれる。言わば目に見えぬウツボカズラに落っこちた気分、という表現すら正しくない気がする。

最後に

是非とも「香る闇」は複数回見た頂きたい。二人が味わった日常とえもいえぬ絶望を特徴的な音楽と共に嗜んだ上で、二人の幸せとは何かを考えあぐねて欲しい。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました。


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