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エッセイ316 翻訳の沼(14)定着した誤訳と、素晴らしい邦題

夫が、生まれて初めてヘミングウェイを読み出しました。
私は大学のゼミがアメリカ文学で、いろいろ読みましたが、ヘミングウェイはなんとなく、その乾燥した感じに馴染めず、課題として読まされた感があります。

夫が言います。

「これからあれを読むんだ、え〜と、題名忘れた」
ーーキリマンジャロの雪?
「違う」
ーーがために鐘は鳴る?
「違うなぁ、あ、わかった、The Sun Also Risesだ!」

「日はまた昇る?」

夫の言うのを聞いて、私はすごい違和感がありました。

The sun also rises   ならば、

(日も、また昇る=他のあれこれも昇るけど、日だって昇る)

になるのでは?  と思ったからです。

誰でも題名だけは知っている「日はまた昇る」であるのなら、
「日は、(沈んだとしても)再び、昇る」
ってことですよね?
ライズ、アゲイ〜ン!

これまでずっと、「日はまた昇る」なんだから、
「日は沈みっきりじゃない、また昇るんだから、
     お前たちもくじけるな」
的な、励ます感じの印象を受ける題名だと思ってきました。

そこでチョコレートを食べているネイティブに聞いてみました。

「夫よ、The sun also rises って、日は再び、again、昇るってこと? 」

ーー違いますよ。The sun also, 日も、ですよ。
他のものもriseするけど、日も、riseするってことですよ。

と返ってきました。

それだと、だいぶ、受ける印象が違ってきますね。

検索してみたところ、夫のいう通りのことを言っており、

「しかしすでに何十年も人口に膾炙かいしゃしているので、
これはこのままいくでしょう」

というような解説がいくつかありました。

なるほど、面白いですね。


私が傑作だなぁと思う邦題は、

Gone With the Wind   ///   風と共に去りぬ

です。
小さい頃からお茶の間のテレビの、「水曜ロードショー」とか、「金曜洋画劇場」(曜日たぶん間違っているけれど)で、吹き替えで何回も見ました。
ヴィヴィアン・リーの声はもちろん、武藤礼子さん。

ある日、京橋にあった「テアトル銀座」か「テアトル東京」だったと思いますが、・・あのダイナミックなシネマスコープは、あそこじゃないと無理・・で、ラストシーンですね。

娘を落馬事故で失い、アップダウンの激しかった仲の夫のレット・バトラー(でも、ぎりぎりまでスカーレット・オハラを愛していた)も、風と共に去りて、スカーレットは、もう私お終い? って絶望しかけます。
でも彼女はここで潰れたりする女ではありません。

以下うろ覚えの中継ですが、
スカーレット、足元の土を取り、ぎゅっと握ります。
するとテレビの吹き替えでは、今は亡き人々、お父さんとか、あと忘れたけど色んな人がスカーレットの頭の中に話しかけるのです。

挫けるなスカーレット。
そうよ、あなたはそんな弱い人ではないわ(メラニーかしら)
君はタラに戻るんだ
タラがお前を待っているぞ

とかなんとか、いろいろ言うわけですよ。

そうすると、もうだめ〜・・ってなりかけていたスカーレットが、汚れた顔を昂然と上げる。

そうよ!
タラに帰ろう!

スクリーンいっぱいに

Tomorrow is another day

という文字が浮かぶ。

そう、これはスカーレットが七転八倒の人生の中でいつも自分に言うんですね。

明日は明日よ

と。
そこでジャージャーンンジャ、ジャーン!

と、「タラのテーマ」が流れて、さすがの劇場でも、半分のところで
Intermission 休憩
という文字が出て、映画なのに客電がついて休憩時間が挟まるのですが、
そんな長い「風と共に去りぬ」も、これにて一巻の終わりとなるのです。

で、初めて映画館で、原語でこれを見た私、仰天しました。

なぜならばこの最後のシーン、誰も喋っていないの。

スカーレットの頭の中になりびくのは・・

タラ!
・・・・タラ!
タラ・・・!
・・・・・タラ・・・

と、それまでに出てきただろう人々がひたすら、スカーレットの発祥の地(?)タラの名を呼ぶ。
それだけなんですね。

びっくりしました。
そういうの、昔の吹き替え作りにいっぱいあったんですって。
日本人の観客に伝わらないとか、日本人の感覚に合わないと、かなり自由に言葉を紡ぐ。

こういうこと、たくさん他にもありそうですね。
それにしても、吹き替えで見るテレビの洋画、懐かしくてかんわ〜!

付記:今、「風と共に去りぬ」を見ることができないため、内容に間違いや、記憶の上書きがあるかもしれません。得々と書いてきて今更あれですが、もし間違っていましたら、教えてくださいませ。


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