見出し画像

何かに呼びもどされて 2

(昨日の「何かに呼びもどされて 1 」からの続きです。)


「装苑」は、学生時代から私の大好きな雑誌だった。

取り出した1冊をめくりながら、私の鼓動は高鳴った。

大学生だった1990年代前半に「装苑」の製図ページをみながら、当時一人暮らしをしていたワンルームの部屋で、寝るのも食べるのも忘れて、服を作っていた思い出がクラッシュバックする。

私は小学生の時に巡り合った雑誌「ジュニー」の洋服製図のページに魅せられて以来、洋服製図のついた雑誌とともに生活してきた。
「ジュニー」の服を卒業した後は、少しお姉さん用の洋服製図が載っている「装苑」と「ドレスメーキング」を、毎月本屋へ買いに走った。そしてその中から好きな服を夢中で作っていた。

装苑 ドレスメーキング Wikipediaより)

手前にある数冊を取り出したところ、「装苑」の、1980年代初めの号が連番で出てきた。
その奥には、さらに過去のバックナンバーが詰まっているだろうと思った。だけど、かなりの数。棚の奥行きも深い。簡単に取り出せる量ではない。

その年度の最後の講義となる、2月のある日。
実習室を管理する研究室の先生に、その雑誌のことを尋ねてみた。
すると、「数年前に自分が赴任してきた時からそこにあるようで、自分の研究にはあまり関連がなかったから、そのままにしておいた。」というお返事だった。
そして先生はそのまま、その年度限りで別の大学に移動をされてしまった。

その後、その実習室の管理の先生は数人入れ替わったが、私は授業が完全閉講となり、旧校舎が取り壊される直前の年度までの数年間、週1回の非常勤の職を担当した。
その間、少しずつその雑誌を取り出して読んでいた。
だけど、大量すぎて手前にあるものにしか手を付けられなかった。


校舎の取り壊しが、決まっている。
このまま、ここにこの雑誌を置いておくと、だれもこの雑誌を取り出すことなく、旧校舎とともに、ブルドーザーで粉々に破壊されて捨てられてしまう。

講義が最後となる年、思い切って当時の実習室管理の研究室の先生に、雑誌を取り出すことをお願いしてみた。

先生は、快諾してくださった。

・・・明日に続きます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?