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親の愛情の深さを知るだけでいい


俺は親にはめちゃくちゃ迷惑をかけてる。


兄貴は本当に優秀で高校時代の3年間はずっと学年1位の成績だった。さらに大卒しか入れないような有名企業に高卒で入り、現在はそこのお偉いさんになってテレビにも出てる。一生、その会社で定年まで働くだろう。

兄貴の奥さんは地元の大地主の娘さんで、もう奥さんの地元に大豪邸を建ててるので、兄貴はこの山奥の家には戻って来ないだろう。


それに比べて俺のなんと惨めなことか…


女性に貢いで捨てられて、無一文で実家に戻って来たのだ。ボロボロのドアも開かなくなった軽自動車に乗って。

この車は飲酒運転、無免許で俺の車に対向車線を超えて追突して来た少年から弁償された最初からボロボロだった車だ。しかし、最後にはそんな車に頼るしかないほどに俺自身もボロボロの状態となっていた。そんな車で寝泊まりもしなきゃならないところまで落ちぶれてしまっていたのだ。

魚のサケだって、生まれた川には大きくなって戻ってくるのに俺は無一文で何も持たずに家を出て行った時よりさらに小さな存在で戻って来た。サケはさらに卵まで産んで生まれた川に恵みをもたらすのに、俺は無一文の上に親にお金の負担までかけて戻って来たのだ。


なんだこの粗大ゴミのような子供は?


でも、しかしだ。

親はこんな状態の俺にもひたすら優しいのだ。


なんだこの仏のような人間たちは?


俺は親の愛情を舐めてた。


親だって、しょせんは欲にまみれた人間だ。最終的には俺は見捨てられて、怪しい人たちに臓器だけ切り取られて売られ、どこかの海に捨てられてサメにでも喰われて終わる人生だと思ってた。

しかし、俺の親は俺を捨てずに助けた。

俺は最初の就職をしてから、6年間も実家に電話もせず家にも戻らなかった。それから3年間は親との繋がりがあったが、それからまた消息不明となった。

そして、それからさらに10年以上も音信不通で、何も親孝行などせずに無一文のまま家に戻ることになったのだ。

こんな自分勝手で自業自得の子供を助ける必要はあるのか?

こんな奴、もうウザくてしょうがないだろう。

しかし、親は俺を見捨てず、必要以上に俺を責めもせずに小さい時と変わらず俺を暖かく出迎えてくれた。


俺はやっと、こんな時間をかけて親の愛情の深さを知った。


知ったからといって、とても俺には理解の及ばない感情だ。俺なんて本当にかつお節ぐらい薄っぺらいペラペラの人間性しかない。だから今まで理解不能だったのだ。

しかし、実家に戻ってから親の生態をじっくりと観察してみると、本当に「善人」という言葉がピッタリと当てはまる。

逆に言うと、一体、何が楽しみで生きてるのだ?と思ってしまう生活だった。

父親はまだ分かる。酒が好きだし、パチンコも好きだ。しかし、それ以外の楽しみは無さそうだ。パチンコだって、月に2回ぐらいしか行かないし、生活が狂うほどではない。

問題は母親だ。

朝の5時には起きて仏壇に家族や親戚、戸籍から離れてしまった孫の健康と将来の幸せまで、毎朝願っているのだ。

まさに絵に書いたような善人。

誰も見てない。もちろん隠しカメラも何もない。なのに毎朝だ。

一体、何が楽しいのだ?

うす汚れた工場の汚染水のような心の俺には理解出来ない行動だ。しかし、こんなに善人の心を持ってるならば、いくら俺みたいに迷惑をかけっぱなしの子供でも見捨てることはないのかなと、やっとそこの部分では理解は出来るようにはなった。

そもそも心の構造が俺とは違うのだ。

親の子供を思う心は損得勘定で支配された心でないのはやっと理解出来るようになった。


他の人の親のエピソードで思い浮かぶのは、俺の好きなビートたけしの母親のさきさんの話だ。さきさんはたけしが小さい時から教育熱心で、

「貧乏なのは親の責任」

「貧乏は教育で断ち切る」

そんな思いを持って、たけしたちを熱心に育てたそうだ。

さきさんは昼は土木工事の仕事をして、夜は内職、そんな苦労をして、たけしを明治大学に入れた。しかし、そんな思いを持って育てたのに、たけしは大学を中退してお笑い芸人となってしまった。もちろん、母親のさきさんは大激怒で「芸人になるなら、二度と戻って来るな!」と、たけしを勘当した。

しかし、芸人なんて売れなきゃ喰っていけない。また大学に戻れるようにと、除籍になるまでの6年間の授業料をさきさんはコッソリ払ってた。

さらに、たけしが一人暮らしをしてたアパートの家賃を6か月滞納した時にたけしが知ったのは、さきさんが密かに大家さんに連絡して、

「たけしが払えなくなったら、わたしに連絡して下さい。わたしが払うので」

そう言って、たけしが入居した時から大家さんに住所も教えて家賃を滞納しても代わりに払ってくれてたのだ。

そんなたけしが芸人で売れだしたら、さきさんはあんに反対してた芸人だったのに、たけしと会う度にお金を無心するようになった。

「病院代をくれ!」

「今まで育てた費用を返せ!」

「水道の修理代をくれ!」

会う度に、20万、30万という金額をせびった。

たけしも呆れて、あんなに芸人になるのを反対したのに本当に強欲ババァだ!と悪態をついた。

しかし、さきさんが亡くなる2年前に、たけしがさきさんのお見舞いに病院に行った時に姉から一冊の通帳を渡された。

そこには1000万近いお金が入ってたが、それはさきさんがたけしから貰ってたお金だったのだ。自分の年金のお金も少し入ってたが、たけしから受け取ったお金は一銭も使わず貯金をしてたのだ。

芸人という仕事は、いつ売れなくなって収入が無くなるか分からない。たけしのことだからすぐにお金を使ってしまって生活が困る可能性があるから、だからさきさんが無理矢理お金を受け取って、たけしが売れなくなった時のために貯めてたのだ。


たけしはこの事を知って涙が止まらなかったそうだ

俺もやっと自分の親の深い愛情に気づいた。


しかし、それは本当に深い深い愛情だった。


自分がボロボロになって、全てを無くさないと気づかないなんて、なんて俺は感性が鈍いんだ。

親は俺に分かってほしくて、愛情を注いでくれたわけではないと思う。それに部分部分で愛情があったわけではなくて、俺が生まれてから今までずっと、100%の愛情を注いでくれてた。


だから、鈍い俺でも気づくことが出来たのだ。


一体俺はどんな恩返しをしたらいいのだ?


あまりにも大きな恩なので、とても返しきれない…


たまに冗談で、

「俺という宝物が家に戻って来ただけで幸せでしょ?」

そう言うと、母親はまんざらでもない笑顔を見せてくれるのだ。


とても、返せそうにない愛情の恩返しだから、あえて自分勝手に書いてみるが、


親の愛情の深さを子供が知っただけでも、親の苦労は報われ、恩返しは出来てるのではないかと思う。


子供に親の愛情の深さを知ってもらえただけで、今までの苦労が救われるほど親の子供への愛情は深いのだ。

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