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【小野正嗣×桝田倫広】『ホモ・サピエンスの涙』公開記念トークイベント

11月20日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館にて公開される第76回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞したスウェーデンの巨匠ロイ・アンダーソン監督最新作『ホモ・サピエンスの涙』。

公開に先駆け11日に行われた一般試写会後のトークイベントの模様をお届けします!この日のイベントでは、NHK「日曜美術館」で司会も務める芥川賞作家の小野正嗣さんと「ピーター・ドイグ展」などの企画展を手掛ける東京国立近代美術館主任研究員桝田倫広さんにご登壇頂きました!(以下、小野さん、枡田さん)

ロイ・アンダーソン監督の作品の中で初めてナレーションがついたことの意味について、監督が多くの影響を受けている新即物主義について、また小野さんの小説とのつながりについてなど、充実したテーマでのトークイベントとなりました!

★枡田さん「この映画の短編小説的つながりの最低限の統一感はナレーション」

イベントに登壇した小野さんと桝田さん。以前から知り合いだと言う二人はイベントの冒頭から、息の合ったトークを始めた。司会者からまずは作品の感想を聞かれた小野さんは「絵画の知識がなく、それと気付かなかったとしても、短い時間の中で美しい映像に引き込まれる」と一言。

そして枡田さんは「ロイ・アンダーソン監督の作品はこの作品をきっかけに数作観ました。こういう映画の作り方があるんた!と驚きで。短編小説集のようだった。短い話の集積が映画になっていて、それぞれ違う話なのにまとまっているんです。そのまとまり、最低限の映画全体の統一感がなんだろうと考えたんですが、ナレーションなんじゃないかと思いました」と自身の考えを述べた。

続けて枡田さん「このナレーションの声が誰なんだろうと考えた時、空を飛んでいる恋人たちが、各場面の登場人物たちを見ていて、ナレーションとして繋ぎ止めているという筋立てだと思っています。小野さんが今年の2月に発表された『踏み跡にたたずんで』も様々な物語が語られる短編集ですよね。その中で、明示されているわけではないけど、主語の「僕」が何度か登場して、この「僕」がこの小説をまとめていると思いました」と小野の作品と本作の共通する部分について解説。

…すると小野さん「今日のトークの事前打ち合わせの時に、この話をすること聞いてなかった!(笑)」と虚を突かれ驚きの表情を浮かべていました!

そして「実は僕もそう考えていたんです。連作短編集は物語はバラバラでも串が通っていることが重要で、僕は映画の冒頭と最後のシーンに登場する渡り鳥の群れもその役割を担っているんじゃないかと思いました。映らない場面でも、彼らの頭上を飛んで、見つめてる。そんな夢想をしまいた」と思いがけず二人の考えていることが一致した見解をお伺いすることができました。

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東京国立近代美術館主任研究員の桝田倫広さん


★小野さん「美的であり、今日の社会を見ているよう」

ロイ・アンダーソン監督は、自身の映画は多くの絵画から影響を受けていると話している。本作でも、イリヤ・レーピン「1581年11月16日のイワン雷帝とその息子イワン」や、マルク・シャガール「街の上で」などは絵画がそのまま映像化されたようなシーンが登場。

そしてオットー・ディックス「ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデンの肖像」は劇中の場面として直接登場しないものの、この絵画そのものが本作に影響を与えていると監督が明言している。

また、監督は新即物主義の頃の作品からの影響についてもインタビューでよく口にしている。枡田さんは新即物主義について「ざっくりと言うと、第一次世界大戦後、それまで表現主義が主流だったドイツから生まれたもの。全員が同じではないけれど、対象を極力客観的に、冷徹に描いてるものが多くて、自ずと人間が目を背けたくなるような現実も描かれるようになり、それが人間の悲哀だったり、社会への批判と捉えられることもある」と解説。

小野さんは「この作品は映像の美しさはもちろんのこと、ククルイニクスイの『The end』で描かれるヒトラーをそのまま再現したり、レーピンの作品から影響を受けたような、父が娘を殺すシーンがあったり、それ以外にも歯医者で「痛い痛い」と叫ぶ患者がいたり、身体的苦痛や暴力のシーンもある、ある意味で、これは今日の社会への問いかけなんじゃないかとも思うんです」と自身の見解も話した。

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↑作家の小野正嗣さん


★小野さん「他ジャンルの素晴らしい作り手に出会うことはとても良い経験」

小野さんから「この映画はほとんど曇りで、光のない、灰色の色調ですよね。こう言う画面にはどんな効果があるんですかね?」と水を向けられた枡田さんは「思いついたのは、”色のない色”。絵画などの中で、しばしばグレーは”色のない色”と言われるんですけど、特にゲルハルト・リヒターがグレーにこだわった作品を発表していますが、それ以外の色には、おのずと色の意味が生まれてしまう、と考えられています。なので、色を抑えることでドラマチックにしないようにしたのかな?と」と解説。


続けて枡田さんはカナダの写真家ジェフ・ウォールからも影響を受けているのではないか、と説明。「コンストラクテットフォトという潮流で、ジェフ・ウォール は自分の見たものを再構築して、同じような風景を作り上げるんです。虚構を作り上げることで、不要なノイズを落として、現実感を出す。ロイ・アンダーソン監督が1943年生まれ、ジェフ・ウォール は1946年生まれでほぼ同じ時期に生まれていることも偶然ではないような気がします」と絵画以外のものからの影響についても話した。


ロイ・アンダーソン監督のように異分野から影響を受けることはあるかと尋ねられた小野さん。「違う分野だからこそ、素直に受け入れることも出来る。他ジャンルの素晴らしい作り手に出会うことはとても良い経験ですね。小説は、文字で表現する、言うなれば”言葉の世界”を持っているんです。ロイ・アンダーソン監督は”映画の世界”を持っていて、絵画などがエネルギーの源になって映画で表現している人なんでしょうね。異分野であっても刺激を受け渡し合う関係が監督や監督の作る映画に出来ているんだと思います」と締めくくった。

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▶︎▶︎作品情報

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/homosapi/index.html

監督・脚本:ロイ・アンダーソン(『愛おしき隣人』『さよなら、人類』)
出演:マッティン・サーネル、タティアーナ・デローナイ、アンデシュ・ヘルストルム  
撮影:ゲルゲイ・パロス
 2019年/スウェーデン=ドイツ=ノルウェー/カラー/76分/ビスタ/
英題:ABOUT ENDLESSNESS/原題:OM DET OÄNDLIGA 
後援:スウェーデン大使館 提供:ビターズ・エンド、スタイルジャム  
配給:ビターズ・エンド

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