Covid-19患者への早期ステロイド治療のプレプリント論文

Covid-19患者への早期ステロイド治療

人工呼吸器管理を受けていないCovid-19入院患者への早期ステロイド投与のプレプリント論文を科内のジャーナルクラブで取り上げました。

Early initiation of corticosteroids in patients hospitalized with COVID-19 not requiring intensive respiratory support: cohort study
Kristina Crothers, Rian DeFaccio, Janet Tate, Patrick R. Alba, Matthew Goetz, Barbara Jones, Joseph T. King Jr., Vincent Marconi, Michael E. Ohl, Christopher T. Rentsch, Maria C. Rodriguez-Barradas, Shahida Shahrir, Amy C. Justice, Kathleen M. Akgün, Veterans Aging Cohort Study Clinical COVID-19 Working Group
medRxiv 2021.07.06.21259982; doi: https://doi.org/10.1101/2021.07.06.21259982

米国の退役軍人病院の電子カルテデータを使ったコホート研究です。

対象は,2020年6月7日から12月5日までの間,米国の退役軍人病院に,PCRまたは抗原検査で陽性になった後14日間以内に入院したCovid-19患者です。2020年6月7日はCovid-19にデキサメタゾンの有効性を示したRECOVERY trialが発表された日で,これより以前は,入院初期にステロイドが投与されることが稀だったために,この期間が設定されたようです。

入院48時間以内の呼吸器補助については,
1)酸素吸入なし
2)鼻カニューラによる低流量酸素吸入(ハイフローデバイスではない)
3)その他酸素吸入/非侵襲的換気療法(NIV):フェイスマスク,リザーバーのないマスク,NIV,その他の酸素デバイス
4)ネーザルハイフロー
5)人工呼吸器
の5群に分類されました。

曝露のステロイドについては,デキサメタゾン,プレドニゾン,プレドニゾロン,メチルプレドニゾロン,ヒドロコルチゾンが該当し,初診時(入院しなかった場合は救急外来受診時を含む)から48時間以内にステロイドが投与されたものを曝露ありと定義しました。

プライマリーアウトカムは90日間の全死亡です。入院中の記録と,病院外の死亡は退役軍人の死亡レジストリで捕捉されました。

交絡因子の調整は傾向スコアを使い,IPTW法で調整されました。

当初は5つのカテゴリーについて早期ステロイド投与の効果を検証したかったようですが,人工呼吸器管理,ネーザルハイフロー療法を受けた患者のほとんどにステロイドが使われていたため傾向スコアによる比較に適さなかったこと,カテゴリー3は様々なデバイス,重症度の患者が含まれることから,酸素吸入なしと鼻カニューラによる酸素吸入に対象がしぼられました。

9058人が解析対象になり,ほとんど(95%)が男性でした(退役軍人病院のデータは大体こんな感じです)。年齢の中央値は71歳で,81%の患者が検査陽性から1日以内に入院していました。56%の患者が入院から48時間以内にステロイド(95%がデキサメタゾン)の投与を受け,研究期間が後半になればなるほど使用の割合は増えていました。

結果は,酸素吸入なし群で死亡リスクが有意に高い,鼻カニューラ群では統計学的有意差はついていないものの,酸素吸入なしと鼻カニューラを合わせた群では死亡リスクが有意に高いというものでした。

最初読んだ時,「やはり酸素吸入が必要ない人にステロイドは有害なのか,RECOVERY trialと同じだな。でも鼻カニューラでも死亡リスクが上昇するかもしれないのか,これは普段の診療を見直さないといけなくなるのか・・・」と思いました。

だがちょっと待って欲しい。

傾向スコアを使って,両群のバランスがよくとれている指標として,standardized mean difference(SMD:標準化平均値差)があります。以前はP値を比べて有意差がなければ両群の差がないことにされていましたが,P値はサンプルサイズ依存なので,サンプルサイズに依存せず,連続変数にも割合に使えるSMDが最近はよく利用されるようになっています。

すべての調整変数について,調整後のSMDの絶対値が0.1未満とか0.2未満(決まったカットオフはないものの,低い方が一般的には良いです)であれば,バランスがよいと判断されます。

この研究でもSMD <0.2であればバランス良好と判断すると書かれています。結果(Table 2)をみると,0.2どころかほとんどが0.1未満で,バランス良好のように見えました。しかし,表をながめていると,「あれ,これってSMDじゃなくて単なる差じゃない?」と思いました。

例えば,年齢50歳未満は8.9%と9.3%なので,9.3%-8.9% = 0.4% = 0.004,
喫煙歴なしは,33.6% - 34.7% = -1.1% =-0.011 のように,すべてが割合の単なる差でした。SMDは平均値の差または割合の差を標準偏差で割ったものなので,単なる差ではありません。統計ソフトを使って傾向スコア分析をすれば,普通は自動的に出力されると思うのですが,転記し間違えたのでしょうか。。。

両群がバランスよくなっているかどうかがわからないので,ここで提示されている傾向スコア分析の結果は解釈が難しくなります。ステロイド早期治療群の予後が悪かったのは,単に重症者が偏っていただけかもしれません。

治療効果を検証する観察研究は,こうした適応交絡をいかに処理するかが常につきまとってきます。

他にも交絡因子として,CRPやDダイマーの測定の有無は入っているものの,測定値は入っていません。これらの欠測が多かったためかと思いましたが,同じくらい欠測が多かった乳酸値は検査値をカテゴリー化して調整されています。データベースにCRPやDダイマーは測定されたかどうかの記録しかなく,測定値が入っていなかったのかもしれません。他にはフェリチンやBMIも予後と関連し,ステロイド投与の適応判断にも関わる可能性があるので,調整して欲しいところですが,この辺はデータベース研究の限界かもしれません。

また,発症からの日数のデータはないようですが,検査で陽性になってから1日以内に入院できているので,比較的発症早期の人が含まれているのではないかと想像します。発症5日目での酸素1L吸入と,発症12日目での酸素1L吸入では,病態生理的にはステロイドの意味合いはおそらく変わってくると思います。

SMDの問題はさすがに査読者が気づくのではないかと思いますし,私もプレプリントへのコメントで指摘してみたので,できればきちんと再解析された結果をみてみたいと思います。低流量酸素吸入の段階でのステロイド投与の是非は普段の診療でも悩んでいるところですので。

傾向スコア分析については,以前,J-IDEOという雑誌に「感染症医のための傾向スコア分析」という記事を書きましたので,興味のある方は参考にしてみてください(ネットを探すともっとわかりやすい解説が落ちている可能性が高いですけど)。


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