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「書店振興プロジェクト」について思ったこと

 SNSで回ってきたこの記事を「なんか、いろいろ感覚がズレているような気がする」というコメントをつけてシェアしたところ、知人から「ズレているというのは、どういう意味ですか?」ということを問われて、確かに、なんでズレを感じたのかな、と自分でも気になりました。

 そこで今回は、このとき感じた「ズレ」の正体を探ってみよう、と思いたち、以下、この記事を引用しながら読み進めていこうと思います。

全国で減少する街の書店について、経済産業省が大臣直属の「書店振興プロジェクトチーム」を5日設置し、初の本格的支援に乗り出す。

 経済産業省なんだ、とまず思いました。ということは、目的は経済的な側面にある、ということになります。

書店は本や雑誌を売ることを通し、地域文化を振興する重要拠点と位置づけ
る。

 書店=本や雑誌を売ることを通し、地域文化を振興する重要拠点、ということで、どうやら目的は「地域文化を振興する」ことであることがわかります。

 ここでまず違和感があります。「地域文化」の担当は、本来であれば文化庁。文化庁のプロジェクトに経済産業省が協力する、というのならわかりますが、なぜに経済産業省単独のプロジェクトなのだろう、という疑問は残ります。

 ちなみに下記は、文部科学省。参考までに。

 地域文化を振興する意義(文部科学省)
 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/05021601/002.htm

 元の記事に戻ります。元書店員としては、「書店は本や雑誌を売ることを通し、地域文化を振興する重要拠点」というところに違和感を覚えてしまいます。これが、「本や雑誌を楽しむことを通じ」とかなら、まだわかります。日本の書店、特に雑誌などは、特に制作は東京に集中した出版社が作り、全国に同じものをばらまく、いわゆる全国メディア。「文化を振興」ならまだしも「地域文化を振興」というなら、本や雑誌ではなく、地元のものを取り扱う業態でなければ難しいだろう、と思ってしまいます。

 つまり「地域文化を振興する重要拠点」というのなら、「本や雑誌を売る」以外の方法のほうが優秀じゃない?と思ってしまいます。そもそも利益率のことを考えれば、本や雑誌を売るよりレンタル=貸本屋をした方が儲かる=経済的なインパクトがあるような気もします。

読書イベントやカフェギャラリーの運営など、個性ある取り組みを後押しする方策を検討する。

 既にここで矛盾が生じています。「本や雑誌を売ること」から既に逸脱しています。逸脱してもいいんですが、ふらふらしているのは気になります。

 続きです。

経産省によると、プロジェクトチームは映画や音楽、文芸などを扱うコンテ
ンツ産業課に事務局を置く。キャッシュレス決済の推進や中小企業支援を担当する部署も参加し、部局横断型で事業内容の議論や調査を進める。

 コンテンツ、キャッシュレス、既にインターネット関係の匂いがぷんぷんします。

 もう昔話なので公開しても良いかと思いますが、筆者が某ネット書店に勤めていた頃、当時、社長であったIさんは、何か思いつくとすぐに電話をかけて来て、むちゃぶりをするのが常でした。

 今でもそうなのだが、自分は何かむちゃぶりされるとアイデアをひねり出す傾向があり、というか、今、考えるとIさんに絶対に断れないような感じで依頼されたからなんじゃないかと思ってしまうのだけれども、とにかく良い訓練になったと思います。

 で、その中に、リアル書店を作りたい、という話がありました。もちろん、今のネット書店の売上を上げるために、ということだったけれども、現行の仕組みとテナントの家賃と合わせて、もう、めちゃめちゃ考えましたよ。実際。

 ちなみに、Iさんからそういうむちゃぶりをいただくことになった源泉は、私がそのネット書店で、予約の仕組み(今はもう当たり前になった書籍の予約販売の仕組みを、出版社と協力して構築した。構築した仕組みは業界スタンダードになって、他のネット書店でも予約が当たり前になった。)を立ち上げたり、カスタマーセンターの意識改革を行って、顧客からのフィードバックをシステムやサイトの改善につなげる仕組みを作ったことが気に入られたからなのかな、と、今になって思います。(当時は必死だった。)

 それはともかく、思いついたアイデアは、当時、やっていたえきねっと受け取りなど、受け取りポイントでの受け取りのスキームを活用して、受け取りポイントとしての書店を地下鉄の駅の改札外に作る、というものでした。顧客はネットでも注文できるけれども、書店に置いてあるサンプルか、あるいはそこに置いてある端末でも注文できる、という仕組み。

 こういうスキームなら成り立つのかな、なんてことをこの記載で思いました。でも、これの裏側をどこがやるのか。配送料は成り立つのか? 実際、そのときは地下鉄の一日乗車券を買った人が個人的に物流する、なんてことを考えていました。これは、少なくとも地方ではムリゲーかもしれません。

 ちなみにIさんからのむちゃぶり、他は、古本売りたい、電子書籍売りたい、楽譜売りたい、マーケットプレイス売りたい、など、多数ありました。

 余談が過ぎました。元記事の続きです。

今後、経産省の担当者らと書店や出版関係者による車座ヒアリングの開催を予定。非効率な出版流通の改善や店舗運営におけるデジタル技術活用の必要性など課題を把握する。

 誰に声がかかるのかわからないけど、ポイントは出版関係者というところでしょうか。書店、取次、出版社、編プロ、出版プロデューサー、書籍PR会社、いずれにしても全体を話せる人なんているのだろうか?(知り合いの顔が何人かは浮かぶなぁ。)

店主が一冊ずつ良書を選んで入荷し、店のサイトやSNS上で紹介する個人書店や、カフェや文具店を併設し魅力的な読書空間を作る書店チェーンなど優れた事例を共有し、支援策の参考にする。

 これまでのふらふらした流れからのここでの「優れた事例」というのは、何を以て「優れた」と評価しているのだろう、とまず思いました。顧客増なのか利益増なのか。本や雑誌の売り上げなのか、それともお店としての利益確保、あるいは利益率改善なのか。いくつか挙げている事例が、それぞれ別の評価軸になっていて、かき集めた目立った事例を並べたのかな、と思ってしまうのは、少しいじわるすぎる見方でしょうか?

街の書店は、インターネットの普及による紙の出版物の不振やネット書店の伸長により苦境が続く。日本出版インフラセンターによると、2013年に全国1万5602店あった書店の総店舗数は、22年に1万1495店に減った。

 一般財団法人・出版文化産業振興財団(東京)の調査によると、全国の市区町村のうち、地域に書店が一つもない無書店自治体はおよそ4分の1にのぼる。本や雑誌を直接手に取って購入できない人が増える深刻な状況となっている。」

 まあ、ここはデータなので良いでしょう。気になったのは、まずは「全国の市区町村のうち、地域に書店が一つもない無書店自治体はおよそ4分の1にのぼる。」で、これ、何分の何が4分の1になった、と言っていないこと。減ったような文脈で書いているんですが、市町村合併もあり、逆に増えている可能性もあるな、と。書店数は減った、でも、そもそも、その地域に書店があったからといって、そのエリアの人がその書店に全員行きますかね? 筆者なのか、もともとの経済産業省の方なのかはわかりませんが、ここで想定しているのは、地域住民が全員行くような、巨大書店なのでしょうか?

 そしてその流れで「本や雑誌を直接手に取って購入できない人が増える深刻な状況となっている。」というのも、これはいつに始まった話なのか?

 繰り返しますが、地域に住んでいる住民が全員、その地域にある書店に行くという行動を取るわけではないかと思います。実際、自分が大手書店に勤めていた際、昔の方が、地方から書籍を買うために上京してきた人が多かった、という話もあったし、今でも秋葉原とか池袋とかはそういう聖地になっていると思うので、ここで書かれていることが実現していたというのは、どうも、若干、ファンタジーなのではないか、という気がします。

経済産業省が大臣直属の「書店振興プロジェクトチーム」を設置する背景には、街の書店が減り、多くの人がリアルな空間で未知の本と出会う機会を失っていることへの深刻な危機感がある。全国の自治体のうち約4分の1はすでに書店がなく、実際に地域による文化格差は生まれている。

 繰り返される4分の1。ちなみにこの段階で「雑誌」という文字は消えました。「深刻な危機感」とありますが、なぜ、ネットで出会うのではなく、リアルな空間で出会う必要があるのか、その危機感の正体を知りたいです。

世界経済のグローバル化が進む中、経産省は、映画や音楽をはじめコンテンツ産業の振興を掲げる。「経済が成熟する中で、自国のサービスや商品が海外で勝ち抜くには、文化による新たな付加価値をつけることが必要」と語る。だが文化の基盤である活字や本に人々が広く触れる環境がなければ、新たな魅力的な発想は生まれないだろう。

 経済産業省が文化について語る、というところ、ここも違和感です。文化の話は文化庁の管轄でしょ、と思うからです。個人的に、経済セクターが文化セクターのことを語るとうまくいかないのは、それはそれぞれ機能が違うからなのではないか、という説を持っています。

 アメリカの社会学者タルコット・パーソンズは、政治、経済、社会、文化という4つの機能が組み合わされて、社会システムが出来上がっているのだというAGIL図式を提唱しました。あまり現在ではなじみがない人も多いですし、決して人気のある思想というわけでもないでしょうが、ちなみに、この政治、経済、社会、文化ってどっかで見たことある人も居るかもしれません。文化にスポーツを入れ、最後にテレビ・ラジオ欄を入れれば、そのまま、これは新聞の記事のカテゴリー分けですね。思わぬところで影響しています、タルコット・パーソンズ。

 AGILで言うと、経済はAの「適応機能」、文化はLの「潜在的機能の維持および緊張の処理機能」で、その担っている機能がまったく違います。

*このあたり、下記の記事に詳しく書きましたので、御興味ある方はこちらの記事をどうぞ。

 結論から言いますと、「書店を経済的に成り立たせるようにビジネスモデルを転換する」「出版産業にテコ入れしたり業界的慣習を変えたりすることによって産業を活性化させる」というのでしたら、これは確かに経済産業省のお仕事。

 「地域文化の振興を図る」とか「新たな付加価値を生み出すような成熟した文化を生み出す」というのでしたら文化庁のお仕事。

 これらは目的もアプローチも違うので、一緒にしちゃダメなことは、クールジャパン政策の失敗で懲りていたかと思ったら、懲りてないんですねぇ。(報道で税金の無駄遣いと湧いたシンガポールのお店の事例も、失敗と思っていないのかもしれないので、まあ、それなら仕方がないのかもしれませんが。)

韓国では、日本の文化庁やスポーツ庁などにあたる文化体育観光省管轄の
「韓国出版文化産業振興院」が中核になって支援事業を担当。独立系書店と呼ばれる中小の書店が活気づく。

 韓国には韓国の出版事情があって、韓国では誰もが出版できることが割と当たり前で、でも、あまり本が売れない。書く人の方が多い、という状況とも聞いています。ですので、この話と、「文化による新たな付加価値をつける」話とはリンクさせるのがかなり困難かと。

 韓国文化といえば、K-POPとか、韓国映画とかだと思うのですが、「その秘密は韓国の独立系書店と呼ばれる中小の書店の活気にあった!」ということなのでしょうか? ちょっとこれも無理があるような気がします。

 元記事の続き、「往来堂書店」を営む笈入建志さんのお話は、写真もあって、今でも頑張っていらっしゃるんだな、と少し嬉しくなりました。安藤さんから店主を変わられたときが、ちょうど、私がオンライン書店に入った頃だったかと記憶しているのですが、もう20年以上前にもなるんだな、としみじみしました。(超・個人的な話。)

各地の書店には、優れた選書眼や読書イベントの経験を持つ書店員たちがいる。まずは、現場から優れた事例を集め、何ができるのか国や民間の垣根を越えて知恵を絞りたい。(文化部 小杉千尋)

 はい。というころで、文化部の記事だったから、文化にこだわっていただけなのでしょうか? そうだとすると、いろいろ細かいツッコミを入れてしまったことが申し訳なくなってきます。

 そこで、別のリソースも探ってみましょう。こちらはNHK。

書店が1つもない自治体は全国のおよそ4分の1にのぼっています。

こうした中で経済産業省は、書店には地域の文化拠点としての役割があるとして、振興に向けた部局横断のプロジェクトチームを立ち上げることになりました。

 あ、基本、同じですね。

齋藤経済産業大臣は、5日の閣議のあとの会見で「書店は、日本人の教養を
高める重要な基盤で、書店に出かけることで新しい発見があり視野も広がる。同じ問題意識があるフランスや韓国の事例も参考にしながら、危機感を持って何ができるか考えていきたい」と述べました。

 こちらでは、韓国もフランスも「同じ問題意識がある」としています。韓国は決して成功事例なわけではないのですね。

 さて、この記事のまとめです。

 結局のところ「書店が減っていることが問題である」という認識は一致していそうですが、その書店が減っていることがどういう問題を引き起こしているのか、ということは、今後の調査によるのかな、という印象です。

 私の印象では、出版業界も教育業界などと同じく昔からの慣習が取り除くことができず、地盤沈下してしまっている業界ではありますが、採算度外視で巨大な書店を運営するビジネスモデルを構築してしまったTSUTAYAさんのようなところも出てきています。

 書店の数を問題にしているのか、出版流通の悪しき慣習を問題にしているのか、本が売れなくなっていることを問題にしているのか、そのあたりの本質が見極められない限り、対処療法になってしまい、ドーピングだか延命治療だかに短期的に税金を突っ込み、何ら構造的改善がなされない、という事態をちょっと怖れますし、さらには、お友達企業に何らかの利権と利益をお渡しする、という結論にならないことを、切に願っています。(まさか、資格ビジネスとか派遣ビジネスにつなげたりしないだろうなー。)

 とはいえ、みんな諦めかけてきていたところに何らかの動きがあったことは、様々な議論を生んでくれそうで、業界のはしくれにいて、その業界からちょっと離れた身としては、そこは少し嬉しくもあります。

 今後の動きにも、着目していきたいと思います。

 現場からは以上です。

 (初出 [本]のメルマガ  vol.890)


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