【短編小説】すれ違い

To Y
From ********
件名 最後の手紙
 
 もうこれで最後にしますね。ほんとうに、最後に。

 だって、何度メールしたってあなたは返してくれないんだもの。いいえ、わたしは返信が欲しいわけじゃない。ただ、あなたに訴えたいだけ。どれだけ、わたしが傷ついたかわかりますか? あなたにとっては、自転車で軽く事故を起こしたくらいにしか感じないのでしょうね。でもわたしにとっては、目を隠されて、階段から落とされたのと同じ。消えません、この傷は。これから出会うひと、すべてのひとの言葉を信じられずに生きていくのです。あなたはそれを理解していますか?

 初めて会ったときに、あなたはわたしに運命を感じた、と言いましたね。そんな歯の浮くような言葉、よく軽々しく言えますよね。わたしはあなたと出会ったとき、運命など感じませんでした。はっきり言います、運命なんてものはないのです。

 あなたにもらった贈り物、すべて返します。こんなもの、いらない。どれもわたしの好みではない。あなたはセンスが悪いよ。じゃあ、これで最後。ほんとうに、最後。

To M
From ********
件名 やめてください

  僕からメールしたくはなかった。でも君ははっきり言わないとわからないみたいだね。正直言って、これはストーカー行為です。君は僕に自分が傷ついたことを訴えているようだけど、僕も傷ついていることは理解している? まるで僕が自分勝手のように言うけど、君だって自分の苦しさしか見えていないじゃないか。はっきり言って、もう君のことは好きじゃない。迷惑なんだよ。僕から贈ったものがいらないなら、棄てればいい。どうしてそれができない? わかっているよ。君の執念深さは。つき合っていた頃から、それが重たかった。僕はもっと自由に生きたいんだ。いいか、君と僕は違う。違う生き物なんだ。

 もうメールはしてこないでください。

To Y
From ********
件名 被害者はどっち? 

 あなたからのメールで驚きました。あなたが傷ついている、と。その文面を見て、わたしはバカバカしくって笑ってしまった。さんざん、あなたは遊び歩いていたのに? 傷ついた? あの夏の夜のこと、あなたは覚えている? 記憶にないようなら、教えてあげる。あなたは深夜に酔っぱらって、家に帰ってきた。酒臭い身体でソファに寝ころんで……、だらしなくシャツの胸元ははだけて、髪も乱れて。わたしはすぐにわかった。あの子たちと遊んできたんだって。あなたにそれを言うと、あなたはどんな行動を取ったと思う? わたしの顔を殴ったの。唇が切れて、翌日後輩に心配された。知らない?

 勉強はできたくせに、記憶力が悪いんだね。お酒、やめなよ。どんどん脳が萎縮するよ。

To M
From ********
件名 理由を知らないのか? 

 笑った? こっちこそ、笑ったよ。僕がそうなるまでの理由をすっ飛ばして、自分の都合のいいところだけ切り取る。いつもそうだった。思い出したら怒りで吐き気がこみ上げてくるよ。僕が家に寄りつかなかった理由が知りたい? つき合い始めた頃、君の友だちと一緒に飲みに行ったことがあったよね。そのとき、君はこう言ったんだ。「このひと、田舎臭いんだよね。ほら、訛りがひどいでしょ?」僕が、「す」と「し」をうまく発音できなかったとき、君はフォローするわけでもなく、その場で僕をけなして笑った。これが恋人のやることか? ありえないことだ。その証拠に、あの場は君のひとことで気まずくなった。それだけじゃない。君は鏡をいつも見ていた。僕じゃなく、自分の顔を愛していた。まあ、君はきれいな顔をしていることは認めるけど、料理をするときでも、iPhoneで自分の顔を撮っているのは、はっきり言って異常だ。君の自己愛が過ぎた嫌悪感で、Instagramのフォローを外したら君は怒ったね。僕は理由を言わなかったけど、君の加工の入った顔にほれている男たちを見たくなかったし、それを自尊心の支えにしている君が情けなかったからだ。言っておくけど、僕はもう君の顔を見て運命を感じることなんかないね。今では僕の目に映る君は、埃の被った人工的な造花にしか見えない。君の周りの男もそのうち、偽物だと気づいて離れていくよ。残念だね。

To Y
From ********
件名 捨てました 

 あなたのメールで、捨てる決意ができました。あなたがくれたもの。古い匂いのする香水、サイズの合わない靴、置き場所のないぬいぐるみ、それからあなたがデートの終わりに毎回書いてくれた手紙も。手紙――少し、読み返しました。利き手じゃない手で書いたみたいに、あなたの字は歪んでいて、まるで訛りの強いあなたの話し方に似ていた。ねぇ、どうしてなんだろう。あのときの、あなたの言葉を疑わずにいられたのは。あなたはどれだけ、嘘をついていたの? 役者だね。それか、優れた作家か。それとも――恋はひとの判断力を鈍らせるものなのかもしれない。読みながら、涙を流しました。この手紙をもっと早く破っていれば、わたしはこんなに傷つかなかったのかもしれない。そして、あなたはただの友だちとして、わたしとバカみたいな冗談を交わしていられたのかもしれない。どうして? どうして? 手紙を捨て終わる頃には涙が止まり、もうあなたを嫌いになることはあっても、憎むことはないのかもしれない、と思いました。わたしの部屋からあなたのものが消えたから。毎日を過ごしながら、靴底のように、あなたとの記憶をすり減らして生きていきます。あなたに、謝罪を望んでいたけど、それは叶わなかったから。あなたが思ったよりバカで、わたしは失望しています。そして疲れた。どれだけの夜を越えれば、わたしのなかからあなたが消えるのかわかりません。あなたからもらった靴の底は思ったよりも、厚かった。

 もうこれで最後にします。わたしも、今ではあなたのこと、バカで田舎もので頑なな、自分の利き手もわからない子どもに見えます。さよなら。

To M
From ********
件名 ごめん

  謝罪が欲しかったんだね、ごめん、悪かった。これでいいか?

 もう君とは会いたくないし、こうやって話もしたくないんだ。知っているか? 僕だって、君に裏切られた気持ちなんだよ。出会った頃の君の周りには、いつだって男がいた。それを承知で、僕は君に告白した。果敢にもね。そのとき、君は顔を赤くして――正直、驚いたよ。僕なんかに赤くなるなんてさ――口を手で覆って笑ったね。僕が捨てられないものがあるとするなら、あのときの君の顔だよ。でも、もう元には戻れない。いつも君の周りにいる後輩――M君。彼が君のことを好きだと知っていて、なぜ俺の前に連れてきたりする? 俺の前で彼のシャツについた汚れをとろうとする? 君は彼のことを弟みたいだと言うけど、それは嘘だね。君の顔を見ればわかるよ。わかりやすいやつだ、といつも思って腹立たしかった。俺がどれだけ遊んだとしても、そのどれもが本気じゃないんだ。でも、君は違うだろ? 器用に俺とM君の両方を愛することができる。愛する、か。バカバカしい。二股は愛ではないのにさ。

 知っているか? 君が僕を諦めても、君には帰る場所がある。でも、僕はないんだよ。ひとりで酒を飲むだけだ。どちらが被害者だなんて話はどうでもいい。僕たちはお互いを惨めにさせたんだ。

 手紙を捨てられてよかったよ。僕もこれで君と縁を切る。メールをブロックする。さようなら。

To Y
From ********
件名 もう一度

 あなたが何を考えていたのか、ようやくわかった。すべて誤解なの。もう一度会って話したい。だから、返信ください。

      ***――送信エラーが発生しました――***

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?