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【ボクシング】カナダ・ケベックのダブル世界戦+1批評&感想


1月13日(日本時間14日)
カナダ・ケベック州ケベック ビデオトロン・センター
トップランク・プロモーション興行

“剛腕”も技術のひとつにすぎない。堅実なベテルビエフがPFP争いに名乗り

IBF・WBC・WBO世界ライトヘビー級タイトルマッチ12回戦
○アルツール・ベテルビエフ(38歳、ロシア/カナダ=79.3kg)チャンピオン
●カラム・スミス(33歳、イギリス=79.2kg)IBF12位、WBC1位、WBO2位
TKO7回2分

 20戦全勝全KOのパーフェクトレコードと、左ジャブや右ショートストレートですら相手に甚大なダメージを与えていく様は、まさに“剛腕”。だが、井上尚弥と同様に、ベテルビエフもパワーパンチを“技術の高さを支えるひとつの道具”として扱っているように思える。インパクトの瞬間にグッと拳を握り込むなどの工夫はもちろんあるだろうが、ダメージを与えることを第一目的としていないような気がするのだ。
 決して力まずに、流れるようにスムーズに打ちこんでいく姿がその象徴だ。だから連打も利くし、相手のリターンブローへの反応もできる。だが、相手からすれば、その一撃一撃が芯に響き、骨の髄まで打たれたような状態になるのだからたまらない。

 そして、強打以上に精神的に圧迫されてしまう理由は、ディフェンス能力の高さを思い知らされてしまうからだと思う。
 スミスは得意の鋭いジャブを飛ばし、右をフェイント(特にアッパーは効果的に見えた)に使いながら、ストレート系ブローで攻めた。それを見せておいてベテルビエフの右打ち終わりや左フックに対し、左フックのカウンターを狙っていた。さらにその返しの右にも相打ちを狙い、ベテルビエフを驚かせたに違いない。
 だが、ベテルビエフは一瞬でも危険を察知すると、もう2度とそれを貰わない、打たせない間合いを作るのだ。さらに両腕によるガードは強く堅く、戦車が迫ってくるような印象を与えるだろう。

 かといって、ベテルビエフはファイターではない。攻撃力に目が行きがちだが、実にスマートなボクシングをする。それをしっかりと支えているのがジャブだ。追いすぎず、適度な間とタイミングを与えてスミスのブローを誘い出し、それをかわしてジャブをヒットする。スミスが強引な攻めを見せれば、ロープを背にしながらスルスルッとサイドへ移動していき、決して無理な体勢から打たず、ジャブで立て直す。

 圧巻だったのは、スミスにロープを背負わせて放った連打だ。ぽんぽんぽんぽんとテンポよく軽く左右を繰り出していく。これを左右へのダッキングでかわしていったスミスだが、ベテルビエフがわざと同じタイミングで放っているために、スミスの反応もリズムが同一になる。ベテルビエフはそれを見越し、今度はリズムを変えて連打する。そこに“ズレ”が生じるために、スミスは対応できず貰ってしまった。

 ベテルビエフほどの攻撃力があれば、ガッと攻めれば終わってしまうようにも感じるが、彼は決してそういう雑なボクシングをしない。攻めて引いてを繰り返し、じわりじわりと展開を進め、相手の隙をあぶり出す。スミスのジャブのタイミングをインプットし、そこへ右ストレートをリターン。グラついたスミスに一気に襲いかかる。しかし、ここでも力感を抜いたショートブローで。スミスのリターンをこの期に及んでも警戒して。
 肉体的にも精神的にもじわじわとダメージを積み重ねられてきたスミスは、あっという間に2度ヒザを着いた。きっと、もう2度とベテルビエフとは戦いたくないだろう。

 世界中のパウンドフォー・パウンド争いで、テレンス・クロフォード(アメリカ)と井上尚弥の一騎打ちとなっているが、ベテルビエフもこの戦いに参戦する資格が大アリと考える。

ベテルビエフ=20戦20勝20KO
スミス=31戦29勝21KO2敗

ジャッジへの見せ方で優ったマロニー

WBO世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
○ジェイソン・マロニー(32歳、オーストラリア=53.3kg)チャンピオン
●サウル・サンチェス(26歳、メキシコ=53.3kg)7位
判定2-0(114対114、116対112、116対112)

 得意のフットワークとジャブでアウトボクシングをスタートさせたマロニーに対し、世界初挑戦のサンチェスは、行きすぎず引きすぎずのバランス良い間合いで立ち上がった。そうして、右ショートカウンターや右のオーバーハンド、右アッパーを合わせ、マロニーを驚かせた。手数で上回るマロニーが好スタートを切ったと見る向きが多いかもしれないが、自分にはマロニーの混乱ぶりが感じられた。
 だから3ラウンドに入ると、マロニーは自ら距離を詰めてきて接近戦を挑んだ。距離を取ってのボクシングでは、サンチェスを勢いづかせてしまうと感じ取ったからだろう。ボディブローの打ち合いでは、互いにダメージを与え合っていた。けれども、ショートレンジではサンチェスが有利と戦前見られていたのに反し、この至近距離を優位に進めたのはマロニーだった。体もひと回り大きく、フィジカルでも勝っていた。中盤以降はクリーンヒットこそないものの、手数と押し込みでサンチェスを下がらせて、あたかもヒットを奪っているかのように見せた。

 距離を詰めることも置くことも、基本的にはマロニー主導で進んでいった。しかし、サンチェスはどの展開に変えられてもしっかりと食らいついていった。特に左右アッパーを随所に差し挟んでヒットを奪い、マロニーから心の余裕を奪い取っていったのは見事だった。攻撃リズムを上げ下げするなどパターンを適宜変えていたのはサンチェスで、そういうゆとりを失って、とにかく必死になっていたのはむしろマロニーだった。精神的に追い詰められていたのは間違いなく王者だった。

 けれども、そこで粘ってみせるのがチャンピオンたるゆえんだ。右目上を早い回でカットし、何度も気にするそぶりを見せながら、マロニーはそれでも窮地を打開していく距離の変化と打開策に長けていた。体を密着させて手を出し、押し込んで休む。それを嫌ったサンチェスが、右グローブでマロニーの肩を掴み、バランスを崩させようとする技を何度も使ったが、それをいなしてくっついていく。パンチのダメージよりも、嫌な思いをさせたほうが大きいかもしれない。

 パンチのヒット数や与えたダメージは、サンチェスのほうが上回っていたように見えた。けれどもマロニーは、自分に見栄えが良く、相手のそれを悪く見せる術を心得ていた。つまりは“ごまかし”のボクシングだ。けれども、ボクシングが採点競技である以上、それは非常に有効な策。フェイントをかけながら、連打の起点となるブローを随時変えるなど、サンチェスは配信の実況で言われていたような「一発屋」でも「真っ正直なファイター」でも決してない。だが、言葉は悪いが“小狡い”マロニーに比べれば、したたかさの面に欠いた。マロニーの右目上の傷を狙うような一面があってもよかったと思う。

マロニー=29戦27勝19KO2敗
サンチェス=23戦20勝12KO3敗

《WOWOWオンデマンドライブ配信視聴》

心に残った前座第2試合のメキシカン対決


ウェルター級8回戦
○クリストファー・ゲレロ(22歳、メキシコ/カナダ)
●セルヒオ・エレラ(26歳、メキシコ=67.8kg)
判定3-0(79対73、78対74、78対74=67.8kg)

 ボクシング大国メキシコ出身にもかかわらず、カナダ・モントリオールに拠点を置く異色の選手ゲレロが、無敗の勢いのままに試合をスタート。鋭いワンワンツーを自信満々に放っていったが、母国で腕を磨く同胞エレラはこれを小さなステップバックでかわし、タイミング抜群の右リターンをヒット。この一瞬で、ゲレロの顔色を変えさせた。

 エレラは続く2ラウンドに左ボディでダメージを与えたが、ゲレロも右アッパーをヒットさせて辛くも押し戻す。ともに10戦ほどのキャリアの若い選手だが、距離を変え、攻撃パターンを変え……と、引き出しをいくつも開け合って、技術ある打ち合いを延々と続け、前座2試合目にして大会場を大いに盛り上げた。

 日本にもあるが、海外でも地元選手に花を持たせるための試合が存在する。この日のトップランク・プロモーション興行にもこの後、そういう試合が続いた。が、その類の試合と目されたゲレロ対エレラは全く別の色を成した。それはひとえにエレラの「本気で勝ちたい」という意欲と、派手さではゲレロに劣ったものの、目立たないが確かな技術によって、である。

 スコアは大差がついてしまったが、決してそんな展開ではなかった。エレラは右ストレートを上下に散らしてゲレロを混乱させた。まるでスティーブン・フルトン(アメリカ)を誘い込んだ井上尚弥のように左腕を下げ、小さなバックステップを見せたゲレロに、タイミングを与えず先手を奪って右をヒットさせたエレラは痛快だった。

ゲレロ=10戦10勝5KO
エレラ=11戦7勝4KO4敗

《ESPN+ライブ配信視聴》

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