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【日記】多摩川/2023年1月20日(金)

 起きたときからソワソワしている。春風亭一之輔師匠の新刊『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が今日発売、そして古橋岳也(川崎新田)の記者会見があるからである。

 例によってやらねばならぬことは多々あれど、
「自分、不器用っすから」by Ken Takakura
 なわけで、聖徳太子のように同時に何個もこなすことができず、まったく手につかない。せいぜいできるのは寝っ転がってスマホを眺めるくらいだ。普段は忌み嫌っている“中毒患者”にすっかり成り下がってしまった。さすがに鼻くそはほじらなかったけど。

 Twitter、Facebook、Instagram。とても全部チェックする気にはならないが、昨日公開スパーリングをやった某選手(わかると思うけど、今は敢えて伏せる)のことは気になっていたので、彼が上げたInstagramストーリーを見た。

「多摩川に来たけど、タマちゃんおらんだし」(※原文ママ)
 多摩川の地図にこの文字がかぶさる。何年前の話だ!(爆笑)。思わず絵文字を送ってしまった。

 すると、「本間さん、神奈川住まいですよね。明日○○でラストスパーをやるので予定が合えばぜひ!」と返信が来た。

 フリーのボクシング記者を名乗るものの、いまだ名刺も作らず(ちょいと事情がありまして)。そんな身分不明瞭の自分だから、昨日の公開練習も遠慮。今日の会見も同様だ。が、あんな甘言を聞いてしまったら、飛んで行かにゃーなるみゃー。
 さっそく所属ジム、そしてその場を提供するジム、両会長に連絡し、快くOKをいただいたので、久しぶりにジム練習観察へ行くことを決めた。

 彼は、自分がこんな状態になってからも、むしろ今まで以上に気にかけてきてくれた。本当に感謝の言葉しかない。だからといって、いちボクサーとして厳しく見つめることに変わりはない。けれども、人として、尊敬の念しか湧いてこない。

 古橋の会見は、YouTubeのライブ配信で。一昨日(18日)付で日本スーパーバンタム級王座を返上していたが、先日の田村亮一(JB SPORTS)との王座決定戦を最後に引退するとのこと。5年前、「35歳まで」と決めて復帰してきたその決意を守る──これが理由だった。
 個人的には石井渡士也(REBOOT.IBA)との防衛戦を楽しみにしていたが、「区切りをつけてやる。ズルズルやってしまうタイプなので、そうしたくなかった」という彼の気持ちを尊重したい。だからこそ、常に全精力を注いで戦ってこられたのだろう。これはリングに上がったことのない者には立ち入れない聖域の話だ。
 2008年の新人王戦。試合後、ニコニコしながらはきはきと答えてくれた21歳の若者、そのイメージはすっかり戦士となった今でも、自分の中ではほとんど変わらない。会えばちょこちょことちょっかいを出したり、厳しい批評をぶつけたり、彼にもいろいろと仕掛けてきたが、(内心はわからないけれど)1度も嫌な顔をされた憶えがない。
 でも、いつだったかなぁ。多摩川の河川敷で新田ジムメンバーのダッシュトレーニングを見たとき、若干印象が変わった。年上の選手に対しても明るく威勢よく叱咤激励を浴びせ、完全に引っ張っていた古橋はとても勇ましかった。
 それまでの「気立ての良いあんちゃん」から「立派な青年」に──。
「あ、自立したんだな」と気づかされた瞬間で、そういう選手は何かを成し遂げる──自分が見抜いたとかでなく、人ってそういうふうにできているものだから。

 井上拓真(大橋)との試合は、「世界への夢を絶たれた試合」と言った。けれどもその試合後も、律儀に丁寧にこちらの辛い質問にも応じてくれた。そんなことをぶつけながら、「この人は、本当に心の強い人だ」と感動していた。仕事中だから能面のような顔をしていただろうが、こちらの心は打ち震えていたのだよ……。
 本当は、直接会って言いたかった言葉がある。でも、それが叶わなかったから文字で伝えた。だからここには書かない。

 奇しくも「多摩川」で(勝手に)繋がったふたりのボクサーのことを考えながら、ふらふらと駅の書店に向かった。そして、お目当ての品を手に、さわやかな気分になって歩く。

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