文舵練習問題②

 祝言の日が決まったと言ってもそなたはなにも言わぬばかりかただの一瞥もよこしはすまいよそんなことは分かっているが致し方ない一体どうすればその眼はこちらを向いてくれるのか最後にこの目をまっすぐ見たのはいつのことだったのかああそれはそれは随分昔だったように思えてならない遠い遠い昔のことだ幼い頃の無邪気がその眼をこちらに向けさせたのだと思い至っては何やらとてつもなく悲しくなるのはどういうものか子供の眼差しは本当に真っ直ぐでその言葉もまた真っ直ぐでお前は私を娶っておくれかと何も知らずに問いかけるというと姫様わっしでよろしければとやはり何も知らずにそなたは返してきたものだったそれがただただ嬉しくて一体幾度同じことを訊いてしまったのかそんな言葉は分不相応だと誰かにきつく叱責されて暫く遠ざけられたそなたは次に見た折には目も見れぬほどに首を垂れてそそくさと走り去ってしまったそうして後ろ姿ばかりを見ている年月がわれらの間に延々続いたその折にさえそなたの背はぐいぐいとこちらを追い越してゆきそれを見遣るだに胸の絞られるような思いを覚えて女中らに見られぬように顔を背けてはまるで不義理をしたかのようにさえ思えてなお胸が苦しくなっていたものだそれでもその苦しさは何やら嬉しくもあり辛いうちにも一人褥を濡らす涙は甘美でさえあったというのにとうとうこの日々も終わるというのかそなたはそれでもその眼を上げぬというのか叶うなら今すぐにでも駆けつけてその手を捉え腕を捉えてそなたの眼を捉まえるのにそうすれば後のことはもはやたれにも知れぬこの手は蛇のような婚礼の帯を解きそなたを逃しはせぬだろうああきっと二度と離れはせぬだろう

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