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完璧な日曜日

「スクールバスなんて、アメリカの学校みたいよな」
 母さんが、別にカッコええ、と思っているわけでもないのは分かってる。けど、他にあまり言えることがないんだと分かってた。学区の小学校は、全校生徒数が三十人を切ってしまい、とうとう廃校になったのだ。何か所かの集合場所にやってくるスクールバスに乗って、僕らは今年の春から街中の小学校に通っていた。初めてバスが来た時に、母さんが呟いた声がずうっとどっかに残っていて、毎朝、青とオレンジのラインで塗り分けられたバスを見る度に思い出す。バランスを決められずにテキトーっぽい色合いで混ぜられたみたいな青とオレンジは、なんだかそれぞれ少しくすんだような色で、いいのか悪いのか分からない。別にカッコよくはない。乗り物は嫌いじゃないから、何となく楽しいけど、でも毎朝、母さんは寂しいんだろうな、っていちいち思い出した。
 あと二年。街中の大きい小学校は前のとこと比べると五倍くらい大きくて、一学年にクラスがたくさんあるってことになかなか慣れなかった。卒業するまでに、同じ学年の子全員は覚えられないんじゃないかと思ってたけど、一学期の内に半数くらいは覚えたから、案外大丈夫なんだと思った。もっとも、そんなに遊ぶ相手が大勢いるわけじゃない。だって、バス通学組は、親が迎えに来る子以外はすぐにバスに乗って帰らなきゃならない。家に帰ると、街の子たちとは遊べない。
「今日遊べる?」
 街の子どうしは何度もそんなことを訊き合ってた。でも僕らには無理だ。
「迎えに来てもらったりとか、できんの?」
 街の子は簡単に言う。一旦家に帰ってからじゃないと遊びに行っちゃだめなんだって。そのために迎えに来て、とか、働いてる母さんには言えない。

「辛ぇなあ」トウマが言った。「なんかさ、それじゃ、ずうっとおれらとは遊べない、ってことじゃん」
「まあ、そうなるよな」
 昼休み、ボール取りに負けてやることがなく、ただ走り回るのにも飽きて校庭の端に転がって、僕とトウマは草をちぎってはお互いの方に投げていた。
「たまには迎えに来てもらってもいいんじゃね? おれが帰ってから戻ってくるからさ」
 それはまあ、いいんだろうけど、でも、こっちは制服着たまま学校から出てなくて、何だか変だ。それにやっぱり、母さんには――。
 むり、と言おうとして、言葉がすっこんだ。指先が何かに当たった。がばっと跳ね起きて見たら、小さな鳥がそこにいた。
「え、何? どしたん?」
「鳥」
「え、死んでんの?」
 僕はそっと指を伸ばして触れてみた。小鳥は少し震えるように動いた。生きてはいた。
「どうする?」
 どちらともなく口にして、互いの顔を見た。二人とも、誰にも言いたくはなかった。そこでチャイムが鳴った。
「帰る前に見に来よ」
 トウマがそう言うのに頷き返した。五時間目と六時間目は上の空で、図工で釘と金づちを使うのに失敗して、何度も指を打って痛いめにあった。
 帰りの挨拶をイライラしながらやっつけて、教室を飛び出したけど、あんまり急いで行って、他の子に気付かれたら嫌だった。トウマはそっと僕にそばに寄ってきて、「俺、帰ってから、また来てみる」と耳打ちした。僕は頷いた。
 生きてたらいいな。それで、どこかへ飛んで行ったんなら、それでいいんだ。でも死んでたら、埋めてあげなきゃな。
 電話が使えたらいいのに。いまどきの子、って大人は言うけど、田舎の小学生は自分の携帯電話なんて持ってるのは一握りだ。大抵は親のを借りてる。どうしてもの電話だけで、それだって親に筒抜けになるから、こそこそ相談とかできない。電話番号きかれても、もちろん答えられない。
 次の日、顔をみるなり「ダメだった」とトウマは言った。
「もう硬くなっててさ」
 そう、と口の中で言って、僕はすぐに尋ねた。
「それで、どうしたの、小鳥」
「見つかんないように草とか掛けといた」
「それだけ?」
「うん」
「それじゃダメだよね」
「うん。埋めてあげないと。でも、学校に埋めちゃダメじゃん?」
「そうなのかな?」
「だろ?」
 わからなかった。そんな決まりがあるのかどうかも分からないけど、でも、突然何が起こって掘り起こされるかも分からない。
「じゃあ、トウマんちのどっかに埋めてもらう、ってのは?」
 トウマはぴくんと頭を起こしブンブンと首を振った。
「うち、庭とかないもん」
 今度は僕がポカンとした。庭がない。つまりマンションみたいなとこに住んでるってことだ。そうか。街に住んでると、そういうことがあるんだ。
 そうなるといよいよどうしていいか分からなかった。
「うちなら、あるんだけどな。庭も、畑も、なんなら山だってある」
「山?」
「うん。ある」
 今度はトウマがポカンとしていた。考えたこともないんだ。
「な!」突然トウマが言った。「お前明日ヒマ?」
 明日。土曜は塾とスイミングで、けっこういっぱいいっぱいだった。そう言うと、じゃあ日曜は、と訊かれた。
「日曜は空いてる」
「じゃあさ、おれ、親に頼んでお前んちに連れてってもらう。勉強もして、図工のやつ、一緒に進めるからって、道具も持ってく。お前んちのお母さんに言っといてくれたら、多分オッケーだから」
「え、でも、小鳥どうすんだよ」
「箱に入れて、ベランダに置いとく。エアコンの室外機の陰にかくして」
「腐らないかな」
「夏じゃないから、多分大丈夫」
 そうだろうか、と思ったけど、そうするしかなかった。母さんは多分大丈夫。街の子と仲良く出来てる、っていうのは安心なことだからだ。

「へえ、よかったじゃない」
 案の定、母さんは嬉しそうに言った。そんなに心配だったのかと思うくらいだ。もちろん小鳥のことは言っていないけど。
「昔はね、意地悪な子が多かったのよ。街の子」
 そうなんだ。今はどこでもそんなに変わらないんじゃないかと僕は思った。どうする? って訊いた時、トウマも僕も、何を、とは言わなかった。
 小鳥が、腐ってなけりゃそれでいい。僕は念のために母さんの警戒を解くための話をした。
「山へ行きたいんだってさ」
「山?」
「うん、自分ちの山がある、って言ったら『すっげー』って言ってさ。連れてっていいよね?」
「いいけど、あんまり奥には行かないでよ」
「行かない行かない。図工のやつ、やっつけたいし、一緒にゲームもしたいし」

 日曜、トウマはお父さんに送ってもらってやってきた。母さんとトウマのお父さんは、キョウハドウモ、イエイエ、アリガトウゴザイマス……、みたいなやりとりを長々やってて、僕らは、そのへんがすむまで気が気じゃなかった。そこまで大丈夫だった小鳥が、ここにきて突然腐り始めそうな気がした。もちろん、そんなことはなかったけど。
 一番にまず、山へ行きたい、というのもちゃんと前もって言ってあったから、怪しまれなかった。
 
 きょろきょろするトウマを連れて山に入り、二人で一生懸命穴を掘り、小さな箱に入ったままの小鳥を埋めた。最後にもう一度見たかったけれど、なんとなく見れなかった。
 埋めた所に大きめの石を持って来て置き、埋葬は完了だった。
 後は、二人でゲームして、母さんが気合入れて作ってくれたケーキを食べて、残ってた宿題をやっつけて、図工もちょっとだけ進めた。やっぱり、指を打ちつけたけど、平気だった。


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