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餘部橋梁物語 第24話

さて、今回からいよいよ餘部橋梁の工事が始まる事になります。

鉄道以外に淡い大人の恋を交えながらこのお話は進んでいくことになってきますので、どうか期待?してくださいね。苦笑

> そして、こちら餘部の集落では、春の風に少し甘い香りを運びながら、人々はまた巡る春にささやかな幸せを感じていました。

>  ふと見上げる餘部橋梁には今日も汽車が走っていきます。
>  「噂では、駅が出来ると言っていたが、あの話はどこに行ったんだろうなぁ。」
> 「やはり、噂は噂で、本当ではなかったんでしょう。」
>  「そうだよな、駅が出来ると少し夢を持たせてもらったことを感謝すべきだよね。」
> 地元では、期待半分、諦め半分のムードが漂っていました。しかし、そんな沈滞したムードも吹き飛ばす知らせがあるルートから知らされたのです。

前回は、春が来たにもかかわらず、駅ができると言う話だけが先行して一向に進まない工事に住民が諦めかけたというところで終わっていたと思います。

餘部鉄橋の近くに駅ができると言う話は、一時期は集落の話題となり、酒場の席や農作業の合間などあらゆる場所での話題となったものですが、一向に工事らしきものも始まらないことから、地元では、やはり駅ができるというのは単なる噂話ではないのかとか、何らかの工事の足場ができるだけど、駅なんてできない、単に工事の足場か何かを駅ができると勘違いしたのではないのか。

などと言った、半ば諦めムードが大半を占めかけた頃。

駅が本当にできると言う話は意外と地元の建設業者からもたらされました。

というのは、本社が正式に福知山鉄道管理局に餘部駅設置の工事を命令したからでした。

これに伴い、福知山鉄道管理局では駅の設置のための詳細設計と地元の建設業者に手配をかけていたのですが、工事の方法を考えると重機などの機械を導入するのが困難であり、人力の作業が必要と言うことで広く零細の建設業者にも手配がなされたのでした。

猫尾次郎は、俗に言う一人親方の建設業者であり、大手からの下請け孫受けで作業を受注していました。

発注元の親方から、今回は3ヶ月から半年近く連続した仕事になるのと、多数の人を集めてほしいと言われ、工事の内容が余部鉄橋の横に駅を設けること、設置場所の構造上人力による作業となるため多数の人夫が要ることなどが伝えられました。

猫尾にすれば仕事がもらえる以上に地元の人間として、駅ができることは大変ありがたく思ったのでした。

 「噂は、本当だったんだ。」 独り言を呟いたまま、猫尾はボーっとしてしまって、その後の親方の話は上の空です。

「猫尾、大丈夫か?聞いてるか。」

親方の怒鳴り声にふと我に帰った猫尾次郎は、

 「すんません親方、地元のもんにとって駅ができるというだけでうれしくて・・・。」

「まあ、わからんでもないがな。ちなみに、人夫は毎日最低でも10人は集めてくれ、特に最初の頃はかなりきつい作業が続くので、若手を多く入れるように。」

より詳細な、話がどんどんと伝えられるのでした。

 「親方、判りました。早速手配させていただきます。」

そういうと、猫尾次郎は元受の会社を飛び出し、風のように走り去っていくのでした。

「やれやれ、急ぐのはいいが、猫の奴財布を忘れてるぞ。まぁ、ほっとけば戻ってくるだろう。」

親方は苦笑しながら、猫尾次郎の財布を金庫に片付けるのでした。

 さて、こちらは財布を忘れた猫尾です。

日が長くなったとはいえ、三方を山に囲まれた餘部の集落では4時を回るとかなり薄暗くなってきます。元受の親方の会社を出たのが4時半、その後猫尾の家までは自転車で30分、でも猫尾はすぐに家には帰らずそのまま、さらに10分ほど自転車で走ったいつもの飲み屋に行きました。

猫尾は、独り者で、行きつけの飲み屋の女将にほのかな恋心を持っていたのでした。

女将は、戦争未亡人で子供は居ませんでしたが、夫の残した恩給だけでは食べていけないのでこうして飲み屋を開いているのでした。

「いらっしゃい、猫さん。」

 「女将、また1本頼むわ。」

「あらら、今日はいやにご機嫌ね。」

 「そりゃそうさ、聞いてびっくりするなよ。」

「なによ、じらさないで教えて頂戴な。」

 「実は、駅ができるのさ、餘部の鉄橋の傍に」

「え、(・。・)、駅ができると言う噂は本当だったの?」

 「そうさ、おいらが元受の親方から聞いてきたばかりだからな。」

「そうなんだ、たんなんる噂じゃなかったんだね。」

 「ということで、今日はいつもよりいい酒を出してよ。」

「うちは、安い酒はおいてませんよ。」

女将が、苦笑しながらも店の一番高い酒を出すのでした。

 女将も、猫尾に対してはまんだらでもなさそうです。

さて、しばらくするといつもの常連が一人二人とやってきます。

女将も、新しいお客さんの注文を取るなどしており中々猫尾と話する機会もありません。

猫尾も、ゆっくり話もできないと思ったのか、席を立つと

 「女将、帰るわ。おあいそしてくれるか。」

猫尾は財布を親方の家に忘れてきたことなど全く知りません。財布を出そうとズボンのポケットに手を入れて青くなりました。

 「財布がねぇ。」小さな声で呟きながら、もう一度落ち着いて探そうとするのですがやはり見つかりません。

女将も気づいたのか、

「どうしたの、財布がとか言ってたみたいだけど。」

 「そうなんだ、財布が見当たらないんだ、女将すまないがつけといてくれないか」

猫尾は、酔いも一変にさめてしまって赤い顔が今では青白い顔になっています。

気の毒なほど狼狽している猫尾に女将は、

「いつでもいいから、今日はゆっくり休んでね。」

女性らしい優しい心遣いに感謝しながら、猫尾は家路に向けて自転車を押しながら帰っていくのでした。

まさか、親方の会社に財布を忘れたとは夢にも思わずに・・・・

また、この続きは後ほどに。

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