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透析患者の性格・精神・心理

透析と離職率

看護師の離職率の最も高い診療科は救急、その次が透析となっています。救急、透析に共通するのは患者さんが元気になって退院し、社会復帰するといったわかりやすい達成感が得られないということが挙げられます。「透析患者」、そして透析の原疾患の多くを占める「糖尿(DM)」という単語は医療従事者が顔をしかめるパワーワードです。糖尿といえば人懐こく、甘えたで、それでいて激高しやすく、わがまま。手間をかけても当然といった印象です。透析患者は思い込みが強く妥協が苦手、被害者意識、先輩面、医療従事者に感謝するのではなく評価するような病院慣れした態度でしょうか。

陰性転移と悪影響

透析導入となると一回4時間週3回の治療を死ぬまで受け続けなければなりません。穿刺の痛み、腎機能を失った喪失感。ストレスを感じていれば、些細なことでもスタッフに対し不満をもったり、反対に依存したりします。針を斜めに引っ張ってわざと痛くした。自分を避けている。ちゃんと仕事をしていない。医療従事者も自分を認めて評価してくれる患者さんには全力を尽くしますがそれ以外には対応に差をつけて接し、それを患者にも見せつけます。これを陰性転移といいます。患者の家族はストレスと格闘してきた歴史があり、透析導入は大きな試練です。スタッフもまた医師を含めたチームとして仕事をしており、ネガティブな感情は容易に伝染します。スタッフひとりひとりが透析に主体的に参加できない、参加できていないと感じる職場ではチームアプローチは機能せず、陰性転移、そしてそのリアクションである逆転移はチームを乱すようはたらきます。負の感情は事故・インシデントを増加させます。腹が立っているとき、イライラしているときにトラブルがトラブルを呼ぶことは経験的に理解できます。仕事は信頼性の低い直感的思考と体系的な検討に基づく分析的思考によって処理され、陰性感情は分析的思考を鈍らせます。苦手な患者には早く対応を終わらせ、とっとと離れたいと思い、それでは信頼関係さえ構築されなくなりアドヒアランスの低下、患者との意思疎通も難しくなっていきます。

透析の受容

透析導入の葛藤は死の考察で有名な女性精神科医、キューブラー・ロスの死の五段階モデルが引き合いに出されます。

死の五段階モデル

否認と孤立は事実に衝撃を受け、「何かの間違いだ」と現実に目を背ける段階です。周りは現実を理解しているので孤立することになります。怒りは「なぜ自分が」という嘆きです。糖尿病患者はいっぱいいるのになぜ自分だけ。あのヤブ医者に「透析にさせられた」等、怒りはスタッフに向けられます。取引は神頼みやサプリ、善行、壺など、ワラにもすがって見返りを期待しますが取引の条件は徐々に不都合に変化します。悲観と絶望、虚無感にとらわれる抑うつ、許しと受け入れの受容。より良い透析施設を求め、転々とする患者さんは許しや受け入れの気持ちには程遠いのかもしれません。もちろんこの順でプロセスが進むわけではありませんし、段階にすべてが当てはまるわけではなく、受容が必ずしも理想的なのでもありません。透析患者の心理として、無価値観があります。自分が厄介者として透析で生き残っている、情けない、みっともないという感情です。高齢化、糖尿病の増加、長期透析患者の増加によって透析医療は終末期医療になりつつあります。健康を喪失し、健康によって支えられてきた自信を喪失します。将来への不安、不安は対象のない恐怖です。恐怖による身体症状、焦燥、危機がせまっているという認知、経済的負担、今後起こりうる合併症。20代の患者さんが終末期の患者さんを不安そうに見ていることがあります。それは自身の未来です。

透析と鬱

職場で評価されることは労働の原動力となりますが、透析の日は仕事を早く切り上げなければなりません。プライベートで努力してきた時間は透析に費やされます。生活に制約がかかり、社会的役割は低下します。透析の時間を有効に使いたいと思うものの、透析は体力を消耗します。リンコントロールや、一回四時間週三回という最低限のルールを守らなければすぐにイベントが起こります。自己管理の負担、それを無視する恐怖、足元をすくわれるような入院の機会に家族関係も変化します。プライバシーの尊重されない透析室、人前での食生活への注意、えらそうな医療従事者、他の患者との人間関係もわずらわしいものです。透析患者さんに起こる精神症状は多く、抑うつ・不安、せん妄、認知症、自殺、統合失調症などがあります。抑うつ、不安の透析患者さんは多く、15%から60%がうつを経験するといわれています。しかし、治療を受ける透析患者さんは少なく、透析や除水による疲れや、導入前の尿毒症の症状にもうつと似た症状がでるため、仕方がないと思っているのかもしれません。うつは透析をより辛くするだけでなく、透析患者の入院リスクを2倍にします。うつを合併する透析患者さんの死亡率は合併しない患者さんの4.1倍、自殺率は2倍、そして、透析患者の精神医学的の問題の7割は未治療の状態に置かれています。

この二週間、次のような問題に頻繁に悩まされていますか?
 
 ・物事に対してほとんど興味がない、または楽しめない。
 ・気分が落ち込む、憂うつになる、または絶望的になる。

質問に一つ以上YESであるとき

 ・寝つきが悪い、途中で目が覚める、また眠りすぎる。
 ・疲れた感じがする、または気力がない。
 ・あまり食欲がない、または食べ過ぎる。
 ・自分はダメな人間だ。
 ・人生の敗北者だと気に病む、または家族に申し訳がない。
 ・新聞を読む、テレビをみることなどに集中するのが難しい。
 ・話し方が遅くなる、反対にそわそわしたり、落ち着かない。
 ・死んだほうがまし。
 ・自分を何らかの方法で傷つけようとしたことがある。

これらの問題で仕事、家事、人と仲良くやっていくことが困難になっている。

トランキライザー

上記の質問はうつの診断に使われる質問の一部です。だれでも2、3日落ち込むことはありますがこれが二週間続くとき治療の対象になります。うつの透析患者さんの治療の第一選択薬は選択的セロトニン再吸収阻害薬(SSRI)です。精神薬の多くは肝代謝で透析を受けていても使えます。SSRIは多幸感をもたらす薬です。いままでの抗うつ薬はダウナー系、意識を抑制するようにはたらきますが、SSRIは胸が温かくなるようなアッパー系の薬です。第一選択薬でありながら透析患者さんの多くはベンゾジアゼピン系の処方を受けています。ベンゾジアゼピン系はSSRIが効果を表すまでの短期間に限定して使用することが推奨されています。そして、長期投与は身体的・精神的依存性、認知機能障害が生じ、転落、転倒、事故、減量・断薬による禁断症状、自殺等、死亡のリスクを高めることが報告されています。誤字脱字、遅刻や欠勤、知的障害を疑われ社会生活から脱落します。持ってるだけで安心する強い依存性、病院をはしごしてでもかき集め、トロンとした目、寝起きのような声、飲み忘れで死ぬ死ぬ大騒ぎするのはこの薬の利用者です。ベンゾジアゼピン系の薬は、ハルシオン、ソラナックス、レンドルミン、リボトリール、デパス、マイスリー、アモバンなど透析患者さんの不眠・不安によく処方されます。不眠には透析中、透析液温を下げると効果があるという研究結果が出ています。また運動、日光浴が効果的なのもよく知られています。不安には透析効率を上げることが有効であることが報告されています。透析を受けたくないといってトイレにこもってしまった患者さんがいました。覚せい剤を使用し、シャントを噛み切った患者さんもいました。透析がつらいからという理由で抗不安薬を飲み、意識を混濁させている患者さん、仕事も家族もなく、昼も夜も眠剤を飲む患者さん、母親の不幸の後、いままでにない意図的な高カリウム血症が続き、結局亡くなった患者さん、病院への不平、不満がスタッフの共感を得られると勘違いし、結局クリニックを転々とする患者さん。精神科への紹介が明らかに必要であっても、医療者従事者もまた偏見があり、「精神科行けば?」と言えません。どのような問題があって精神科に受診する必要があるのか、精神科の問題以外は透析の主治医が引き続き担当していくことを強調するなど患者が見捨てられた感覚をもたないよう注意する必要があります。

共感力

失踪、自殺、治療ノンアドヒアランス、突然の激高など透析は高度な対人技術が求められます。悪い感情を引きずらない、職業的に根に持たない習慣が必要です。嫌われる患者は自分が誰からも嫌われていると知っています。入室した時点ですでにイラついています。アラームが鳴っても誰も行きたがりません。そういうとき、あえて行ってやるのです。怒鳴られても次回にはすっかり忘れた装いで、むしろ行きたくて仕方がないといった態度で接します。文句や愚痴にたいしては否定せず共感的態度を示し、一般化(そうだよね)します。透析室勤務は患者の扱いが難しく、躊躇される職場なのですがコミニュケーション能力、対人関係を良好に保つのは人柄ではなく、テクニックなのです。

アンガーマネジメント

怒りや負の感情で損をしないために、アンガーマネジメントというテクニックがあります。病院は多忙で失敗が許されず、閉鎖的で医師というヒエラルキーがある特殊な環境です。患者に対する陰性転移やスタッフ同士で無視する、怒鳴る、いがみあうなどの問題行動の多くは怒りから生まれます。

「6秒ルール」怒りに感情的に反応してしまうのは6秒だけと言われています。深呼吸や、呼吸の観察、水を飲む、トイレや電話など別の行動をするなど理性をとりもどす時間をとるのがアンガーマネジメントのテクニックです。

「前向きになれる合言葉」怒りを抱いたときに「6秒ルール」で一呼吸おき、次に前向きになれる合言葉をあらかじめ準備しておく方法です。例えば「私は神の手をもつ臨床工学技士」「私はナイチンゲールが崇拝する看護師」などの合言葉を決めておき、唱えます。

マインドフルネス

アンガーマネジメントで陰性感情から距離をとり、次に、対処するテクニックがマインドフルネスです。マインドフルネスとは「この瞬間の体験に意識を向け、評価をせずにただ観察すること」であり、「物事をあるがままに観ること」です。元々は仏教用語であり、仏陀が悟りを開いた瞑想法でもあります。

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