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SF小説「ジャングル・二ップス」4ー5

土着系SF小説「ジャングル・二ップスの日常」第4章シーン5

ゾンビ

モンスターッ、このワタシのっかーわいいヒットー、モンスターッッ目を覚ますのよーッ

キヨミさんが助手席で鼻歌を繰り返している。

ピンクレディーのモンスターだ。

エースケさんが運転し、ヤスオさんはウォークマンで耳をふさいでオレの横で寝ている。

モンスターか。

ピンクレディーときましたか。

エースケさんは無言だ。

もしかしたら二人は心のなかだけで会話をしているのかもしれない。

それならそれでいい。

キヨミさんはオレなんかとは別の次元の住人だ。

モンスターか。

ピンクレディー。

ピンクレディーはオレの世代だとオンタイムで見れていない。

知っているのもたまたまだ。

姉が親戚の結婚式で、花嫁のお姉さんとピンクレディー・メドレーを歌っているビデオがある。

たぶん花嫁さんの子供の頃のアイドルだったのだろう。

ピンクレディーは米国でも短い間テレビ番組を持っていた不思議な存在だ。

妙に色っぽいのに、昭和の屈託のない明るさを感じる。

モンスターッ。

あのビデオに写っている姉は少し太っていて、うつむき気味で恥ずかしそうにマイクを持っている。

姉が小学校三年の時、夜中に両親がケンカばかりしていた時期があったそうだ。

母はある日、姉が金を盗み大量のお菓子を買って部屋で食っている所を目撃したそうだ。

今でもたまに、あの時なぜかアタシとオトーサンの夫婦喧嘩が原因だとすぐ気づいたのと、たまに思い出したように話したりする。

まさにモンスターだ。

夜中の夫婦喧嘩のせいでモンスターが娘の中に巣食った。

姉の心の闇にモンスターが生まれたんだ。

母がたまたま気づかなかったらどうなっていたのだろうか。

姉に巣食ったモンスターは姉を食いつくし、家族全体も食ってしまったかもしれない。

モンスターは不思議だ。

モンスターは必ず周囲にその目覚めを知らせてから成長し始める。

覚醒したばかりのモンスターは無力だ。

覚醒したばかりのモンスターであれば、宿主さえ健康になればコントロールできるようになる。

覚醒したばかりのモンスターなら飼い慣らせる。

覚醒したばかりのモンスターであれば自分の才能の一部にさえ出来る。

ただし成長を許すとそうは行かない。

成長したモンスターは宿主を乗っ取り、周りの人間を攻撃する事で、いつでも生命感情エネルギーを吸収出来るエサ場を確保しようとする。

寄生獸のエサは生命と感情のエネルギーだ。

寄生獸モンスターは家族を負の感情に追い詰め、生命から漏れだす怒りと悲しみ、絶望を喰らい巨大化する。

モンスターだ。

催促寺のジイさんも確かあのフレーズをたまに口ずさんでいた。

もしかしたらオレの記憶の中の映像を見て気づかせようとしていたのかもしれない。

ヤスオさんに言わせると、オレのチカラはまだ覚醒していないらしい。

ジイさんはオレが壊れない程度にリミッターをかけてくれたはずだとヤスオさんは言った。

リミッターって言われても分からない。

オレが催促寺で暮らしていた頃、オレはモンスターどころかゾンビだった。

ゾンビにリミッターなんて必要ない。

ゾンビに意思などないのだから。

ゾンビは何も出来ない。

ゾンビは言われたままに動くのがやっと。

ゾンビはモンスターと正反対の存在だ。

ゾンビはクモの巣にからめとられた脳ミソで、食欲と便意と睡眠欲だけに反応して暮らす青虫なのだから。

モゾモゾと生きるゾンビ。

重たくダルく時間だけが過ぎていった。

モンスターとは真逆だ。

オレはモンスターを制御出来ずに薬漬けのゾンビになった。

・・・そうか。

そうだったのか。

やっと気づけた。

オレが壊れる前に、姉がモンスターに巣食われた時期があったんだ。

つづく。

ありがとうございます。