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監視と利便性のはざまで:ドローンがもたらす二律背反は解消しうるのか? 英国〈Nesta〉が取り組む実験 【NGG Research #2】

昨年12月に黒鳥社から刊行された、これからの行政府を考えるための手引書『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』の続編とも言える新シリーズ「blkswn NGG Research」。第2回は、都市における「人間中心」のドローンの活用を目指す、NestaとInnovative UKの共同プロジェクト「Flying High」を紹介する。

Text by blkswn NGG Research(Kei Wakabayashi + Kei Harada)
Photo by eberhard grossgasteiger on Unsplash

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パンデミックが明かしたドローンの二面性

昨今、ビジネスシーンにおいて多様な利用方法が検討されているドローンだが、公共サービス部門による活用事例としては、現在、COVID-19の感染症対策としてドローンを活用する例が注目されている。民間サービス部門が次々と閉鎖を余儀なくされるなか、遠隔地までコンタクトレスで必要物資を届けることが可能なドローンは、新たな「輸送インフラ」として注目を集めている。インドでは感染症対策としてドローンを使用する認可を政府が迅速に承認できるよう航空機規則を急遽変更し、認可申請のためのプラットフォームを立ち上げた。

出典:https://indicanews.com/2020/05/04/india-eases-restriction-to-use-drones-launched-gaurd-to-fight-covid-19-pandemic/

COVID-19対策においてドローンが活用される事例は、高齢者や社会的弱者に医薬品などの必要物資を届ける「輸送インフラ」としての役割だけではない。むしろ目立つのは、効率的に市民を監視するテクノロジーとしての側面だ。

上:ソーシャルディスタンシングを遵守するよう市民に呼びかけるドローン。ニューヨーク市にて。下:ニュージャージー州エリザベス警察による「ドローン」は監視していないと説明するツイート。

ドローンを市民管理ツールとして導入したニュージャージー州のエリザベスでは警察が、「わたしたちはビッグブラザーになるためでなく、人命を救いたいだけである。ドローンを使うことでひとりの人命を救うことができるのであれば、使うだけの価値はある。ドローンが行っているのは、ソーシャルディスタンスに関する警報を自動で再生するだけである。撮影などは行っていない。みながルールを遵守するよう呼びかけるためのツールだ」とツイートしているが、警察組織が監視技術としてドローンを活用するやり方にはプライバシーなどの観点から批判的な意見が根強く、コネチカット州では、遠隔から体温、血圧、心拍、呼吸速度などを検知できる「Draganfly」社製のドローンを配備することを、一部の警察署が市民の反対意見を受けて取りやめている。

カリフォルニアに本社を置く「Draganfly」が提供するドローンは、搭載されたカメラを通じて、体温検知、健康状態のモニタリングが可能で、熱、血圧、心拍数、呼吸速度、くしゃみ、咳などを60m以内から感知する。全米のいくつかの自治体で導入が検討されているが、コネチカット州ウェストポート警察署が、プライバシーに関する市民の反対の声から導入を取りやめることを表明した。
出典:https://www.govtech.com/products/Public-Concern-Grounds-COVID-19-Drone-Pilot-in-Connecticut.html

感染症対策に活用されたように、ドローンは今後さまざまな行政オペレーションに組み込まれていくことが予想されるが、プライバシーをめぐる懸念が払拭されない限りは、そのポテンシャルをフルに発揮することは難しい。コミュニティの社会的利益を最大化する市民中心のパースペクティヴを持ったドローンの活用は果たして可能なのだろうか。

NestaとInnovative UKが手掛ける「Flying High」プロジェクトはこのことを考える上で大きな示唆を与えてくれている。

20世紀の過ちから学ぶ

新たなヒト、モノの輸送手段を担うドローン。都市における実用を目指す「Flying High 」の原点は20世紀初頭まで遡る。1908年にT型フォードが市場に登場して以来、自動車はヒトとモノの移動を担う最も経済的な手段となり、瞬く間にその数を増やした。都市も自動車の普及と共にその姿を大きく変え、自動車の登場と共に新たな職、法律、インフラが生まれた。

現在の自動車を取り巻く環境は、過去に積み重ねられた数多くの決断の結果であるが、それは必ずしも計画的だったわけではない。さらに言えば、自動車が都市に与えた影響は、経済的要請によるものが大きく、「人間中心」の設計が組まれてきたとは言い難いと「Flying High 」は指摘する。

「Flying High」では、T型フォードの教訓を受け継ぎ、ドローンの実装においては何よりもまず「人間中心」の視点をプロジェクトの根幹に置いている。世界のドローン市場は急速な拡大を見せており、メディア、建設、不動産、農業など様々な業界でドローンを活用したサービスが生まれているが、プライバシーの問題など市民から歓迎されない影響があることも確かだ。「Flying High」は、イギリスの5つの都市と連携して実証実験を行い、ドローンがもたらす経済的、社会的利益を調査し、市民の利益を最大化する将来的な社会実装に向けてプロジェクトを開始した。

プロジェクトに参加した5つの都市にはそれぞれ抱える社会課題があり、その課題に沿ったかたちでドローンの活用が検討されている。以下、その詳細を見ていこう。

QOLを向上させるドローン

ロンドンでは、2018年に300ページを超えるレポート「The Mayor's Transport Strategy」が提出され、市長から今後25年間で実行されるロンドンの公共交通システムの改革案が示された。キーポイントは市民の健康と充実を計画の中心に置くことであると宣言されており、市民のクオリティオブライフを向上させ、環境負荷の少ない計画案が立てられている。

ロンドンにおけるドローンの活用も当然この計画に沿ったものになっており、とりわけ、人口が2041年までに現在の約900万人から1080万人に増加することが予想されているロンドンでは、エッセンシャルワーカーがより低コストで効率的に働かなくてはならない厳しい状況に立たされることが予想されており、救急車や消防車などの緊急サービスの維持が困難な課題となっている。

そのため、ロンドンは実証実験でドローンを活用した緊急時の医薬品のデリバリーをテストし、時間とコストの節約、医療品のロジスティックスの効率化、道路の交通量の減少などが成果として見られた。

ロンドン市長が提出した公共交通システムの改革案。交通渋滞の緩和や大気汚染の改善を達成するべく、2041年までに自家用車、タクシー、オートバイでの移動を20%まで減らすこと(2015年時点では37%)などを目標に掲げている。市民の健康を促進し、歩行道路の体験の向上を目指す、「Healthy Street Approach」からナイトタイムエコノミーまで計画案は多岐に及ぶ。
出典:https://www.london.gov.uk/what-we-do/transport/our-vision-transport/mayors-transport-strategy-2018

ソーシャルセクターによるガバナンス

ランカシャー州の州都であるプレストンは人口14万人の都市で、シアトル、トゥールーズ、モントリオールに次ぐ、世界有数の航空宇宙産業の集積地だ。エアバス、BAEシステムズ、ロールス・ロイスなどの企業がプレストンに工場を置くが、金融危機によって大打撃を受け、行政予算も大きく削減されることとなった。2011年には経済再生プロジェクトとして大規模なショッピングモール建設などを実施したが空振りに終わったことで、プレストンは従来の大企業依存からの脱却を目指して、「The Preston Model」として打ち出したローカル循環型経済のモデルへの移行を進めていくこととなった。

大企業を積極的に誘致して地域経済を活性化しようとする従来通りのやり方は、むしろコミュニティ内のお金が大都市や外部の投資家などに流出してしまい、コミュニティ内には十分に還元されないデメリットが大きいため、地域のリソースを活用して、より効率的で自律性の高い経済圏を作っていこうとする考え方。持続性の高い、地域に対しての貢献度も高い経済を作ろうという発想がある。
出典:https://cles.org.uk/tag/the-preston-model/

プレストンにおけるドローン活用計画は、この「The Preston Model」に沿った、サステイナブルでコミュニティに根ざした非常にユニークなものだ。プレストンでは新たに非営利の団体「Civic Drone Centre」を設立し、そこが主体となって、地元企業や公共セクターにドローンサービスを提供するモデルが検討されている。このモデルでは警察や消防署、ローカルガバメントなどの公共セクターがエンドユーザーとして必要に応じてドローンのサービスを利用する。

行政府が座組みを整え、あとは市民セクター、あるいはソーシャルセクターで自走していくことを促すサービスの作り方は、市民の中に新たな自律的な経済圏を活性化するイギリスらしいやり方だ。

金融危機以降、プレストンでは多くの空き不動産を抱えており、これらを新たな住宅として整備していくことが大きな課題として上がっているため、実証実験では建設現場におけるドローン活用がテストされた。リアルタイムで作業現場の情報がマネージャーに送られることでインタラクティブで効率的な作業が実現し、時間とコストの削減に成功しただけでなく、現場の労働者が事故や怪我を負うリスクも軽減される成果も確認されたという。

このほか、サウサンプトンでは、ロンドンと同様にドローンによる医療品のデリバリー、ウエストミッドランドでは交通事故の緊急対応への活用、ブラッドフォードでは消防、レスキュー活動の支援に関する実証実験を行い、それぞれにおいて、社会的利益を高める前向きな効果が確認された。実験に参加した5都市の条件や課題はそれぞれ異なるが、さらなる実装を更に進めていくにはインフラ整備や法規制の改正など課題が共通している。

Nestaは、PSD2(*)がヨーロッパで金融のイノベーションを促進したように、政策と規制がイノベーションにポジティブな影響をもたらすことを強調し、ドローンにおいても同様の影響がもたらされることを期待している。

*PSD2  Payment Service Directive 2
EU決済サービス指令:2016年に発効。単一ユーロ決済圏的枠組みを目指して07年に成立したPSDに次ぐもので、PISP(決済指図伝達サービス提供者)やASIP(口座情報サービス提供者)といった業者を新たに規制の枠組みとして定めている。(中略)PSD2は、利用者の権利保護を起点に既存銀行がオープンバンキング化に取り組むことを義務付けたもので、GDPRが認めた「データポータビリティ」をサービスとして展開するにあたっての法的な根拠ともなっている。
出典:『NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える』

計画の中心は「市民」

ドローン活用は、また、新しい産業を生み出す契機となることも期待されている。ドローンはイギリス国内でも成長産業のひとつとして位置付けられており、今後も市場は拡大し続けるという評価を下した上で、グローバル市場をリードすることを宣言してもいる。

ただ、「Flying High」プロジェクトでは、イギリスを「人びとのニーズを最優先するドローンシステム」をつくりあげていく上でのグローバルリーダーだと位置付けており、ここに他国との明確な差別化がある。

Nestaは、イノベーティブなテクノロジーが数多く導入され、複雑性を伴う未来の都市計画では、中央政府よりもローカルガバメントが、これまで以上にイニシアチブをとっていくようになると予想している。行政府は今まで以上に、ローカルコミュニティの文化やコンテクストを理解する必要があり、持続的でインクルーシブな都市を目指していくためには、計画の中心に市民を置くこと、つまり「人間中心」のパースペクティブを持たなくてはならないとしている。

「Flying High」と連携する都市の取り組みから、都市へのテクノロジーの実装を考えるならば、それは「経済的」な要請が街に色濃く反映され、市民の社会的利益が置き去りにされたまま設計された20世紀型の計画が終わりを告げ、市民が中心に置かれた「人間中心」のパースペクティブがあらゆるテクノロジーが導入される上での基本原則になる。

ドローンという技術に「プライバシー」をめぐる懸念は、どうしたってついて回る。市民がその利用をきちんと納得するためには、ニュージャージーの警察の例でみたように、いくら声高に「安全性」を謳ったところで、市民の側はますます疑心暗鬼を募らせるばかりだ。Nestaの「Flying High」は、そのガバナンス自体を、市民やソーシャルセクターの手に委ねることで、市民の、市民による、市民のためのドローン利用を実現する枠組みを提案している。

「お上」に、そのガバナンスの権限がある限り、「監視」への懸念は決して払拭されない。その前提から、ドローン利活用の議論はスタートすべきなのだろう。

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