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五月のカレンダー

奥の部屋にはカレンダーが飾ってある。僕は時計とカレンダーが嫌いだ。奴らは否応なしに時間を意識させる。それぞれ、「1日」と「1年」を想起させる。時計は地球のように窓際で回転し、カレンダーは太陽のように壁際に鎮座する。

君達は月の初めに、何も成しえなかった真っさらなカレンダーを破く儀式に耐えうるだろうか。僕は耐えられなかった。だから、僕の部屋のカレンダーは5月で止まっている。

5月病とはよく言ったものだ。4月の意気込みが事切れるのが5月ごろ。1ページしかカレンダーを捲れず、僕の時は5月で止まった。僕は立ちどまり、よく苦しみ、よく悩んだ。
5、6、7、8。カレンダー4枚分が僕の苦悩の厚みだというのか。夏も終わり涼しくなろうという時分にカレンダーには未だ呑気に桜が咲いている。

7月。僕の友人が遊びに来た。彼は5月のカレンダーを見つけると、笑いながら真っ当に指摘するのだった。

「君、まだ5月じゃん」

日本語のあやだ。
彼の省いた言葉は図らずも真理を射止めた。本当に僕は5月を生き、彼は7月を生きていた。カレンダーとともに僕の時は止まっていた。仲の良い僕らの間には蜜月とは程遠い2ヶ月の乖離があった。


彼の母親はカレンダーをすぐ破くそうだ。今月が終わりきる前にすぐ来月にしてしまう。確かにカレンダーの初週には、先月の名残と言わんばかりに薄字で数字が刻まれている。だいたい28くらいから、だから問題無い。

これを聞いて、彼の母親は何だか本物の月みたいだなと思った。「ひとつき」より少し気の早い27日の公転周期と、次々と、30日弱でカレンダーを破いてしまうせっかちな母親の影が重なったのだ。

彼の家は月のような母親によって一か月が支配されている。きっと彼女は太陰暦を信奉する太陽暦レジスタンスなのだ。そして、僕の友人もその時の流れを生きる以上、レジスタンスの一派なのだがそれに気づく由もなし。


そういえば時は宇宙だった。1日、1年は地球。月、火星、水星、木星、金星、土星、太陽。お前らなんて大嫌いだ。
なら僕は宇宙レジスタンスになろう。
正しくは太陽系レジスタンスだけど、、天の川銀河のみんな悪く言ってごめん。




とはいえ、時に抗う宇宙レジスタンスも時間なくして生きてはいけない。
ヴィーガンもタンパク質を取らなくてはならないように。

だから再びカレンダーの前に立つ。ずっしりと重たい4枚の暖簾を持ち上げる。

「大将、やってる?」

「おうよ、今週はお前の担当じゃねえか」


そうだ、部ログ書かなきゃ

小原

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