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強いブランドが弱体化した日本企業の真因~強いブランドを創った会社≠ブランド戦略に強い会社~

「強いブランドを創った会社なら、ブランド戦略がうまいに決まっているでしょ?」

そう思うのが素直な反応です。

しかし、今回は、変な逆張りを言いたいのではく、私が長年のブランド~マーケティングのコンサルティング活動によって見えてきた、”日本の大企業のブランドが20世紀に成功し、21世紀に入り衰退した真因”についての大真面目な定性的考察です。

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20世紀に世界で存在感を高めた日本発のブランド

HONDA、SONY、Canon、TOYOTA・・・20世紀に世界市場で成功を納め、先進国を中心に世界中にその存在を知らしめた日本ブランドは、製造業を中心に多く思い浮かびます。それらの成功~躍進の体験は戦後世代の一部の日本人の自信の源泉のひとつとも言えるものでした。

しかし、21世紀に入り、総じて日本企業のブランド力は停滞~低下し、相対的に日本発メガブランドのランキングは低下傾向にあります。(但し、日本ブランドでも自動車系のみ21世紀でもブランドパワーを増加させています。その考察は、またのちほど)

【参考】ブランド力の測定~調査分析手法は様々な会社で競っていますが、詳細は、インターブランド社のブランドランキングの推移を追うとわかりやすいと思います。私の知る限り、日本のグローバルカンパニーにおいて、世界市場でのブランド力のベンチマーキングとして最も多く使われています。

ブランドランキングの評価要素は、ブランドの認知やイメージだけでなく、業績~財務のような結果的な要素も入ることが多く、そのランキング結果の要因は純粋にブランドマネジメントの巧拙だけとは言い切れない部分もあるのですが、ここではその21世紀に入ってから日本のメガブランドが凋落した要因を、企業のブランドマネジメントの視点に絞って考察します。


ブランド戦略成功の鍵=「一貫性」担保のガバナンス

私の寄稿やブログでも何度か書いてきましたが、ブランド戦略が絵に描いた餅とならず、成功するには、ブランドが目指す価値と整合した商品・サービス、広告・PR、店頭、接客など、すべての顧客接点での一貫性、時系列の一貫性を保ちながら施策展開することが鍵となります。[

*ブランドの定義や一貫性の話の詳細はこちらで解説](https://note.mu/blogucci/n/n00a86ee8fdb4)


このブランドの「一貫性」を担保するためのガバナンスというのが、単純なようで、多くの人の意見と政治が絡みあった企業組織では難しい命題でして、そう簡単にはうまくいきません。

ここからは、ブランドの一貫性をマネジメントするための、3つのガバナンスパターンを解説します。


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ブランド・ガバナンス・パターン1

【カリスマ牽引型】

社内で影響力の高い個人の暗黙知で属人的嗜好性=好みによって、ブランドの一貫性を担保するガバナンス


企業ブランドのレベルでは、創業者や創業家が代々経営を引き継ぐオーナー企業で多いブランドガバナンスのパターン。影響力の高い個人の属人的ディレクションでの施策が積み重なり、結果的に強い一貫性が生まれ、市場・顧客にはブランドとして心に刻まれる。オーナー資本企業の場合は、その暗黙知といえる判断軸を子息などの血縁者が帝王学によって引き継いでいく。


このガバナンスのメリットは、一貫性を保つ施策判断は、合議制ではないため、合意形成のコストが安く済むことです。
また、非常に面白いのは、時にオーナーの個人的な美学によって、短期的な経済的リターンの見えない投資を断行し、それが結果的に稀有なブランドたらしめ、最期は大きな経済的リターンを得ることが起こりやすいこと。(Appleがジョブズが経営する時代に、iPodの裏側を高コストな鏡面処理を施したのは、日本の大手企業では承認が得られにくいタイプの投資です。その鏡面処理でどの程度売上が増えるのか?という試算は非常に難しい・・・)

日本では創業100年を超えるような食品~和菓子屋さんで、役員リストで同じ名字が並ぶような企業のガバナンスをイメージしていただくと典型的でわかりやすいと思います。これは企業規模の大小は関係なく、上場している大企業においても、このガバナンスが継続している企業もあります。

ユニクロの柳井正会長、ソフトバンクの孫正義社長も、すべてを自分の嗜好性だけで決めているわけではないとおっしゃるでしょうが、そのブランドのキャラクターには、ご自身の美学が反映されており、消費者もそれを感じているはずです。(ちなみに佐藤可士和さんの記事によるとユニクロのコンセプトは「美意識ある超合理性」らしく、メディアを通じて得る柳井会長の印象と整合しますよね)
一昔前の話でいえば、ソニーの経営者であった故・大賀典雄氏は一時期はデザイン部門のトップも兼任し、「美しくないと思うものには、SONYのロゴはつけさせない」という主旨の発言したという噂?レベルのエピソードもあります。
その真偽のほどはわかりませんが、SONYらしいデザインの当落判断は、大賀氏の属人的な審美眼が影響していた時代があり、それが当時のSONYのソリッドなデザインの一貫性を維持するひとつの仕組みのひとつであったのかもしれません。

このカリスマ牽引型は、創業家ではなく資本を持っていなくても、中興の祖と呼ばれる社内で影響力の高い経営者が、同等の役割を果たしているケースもあります。但し創業家でないと帝王学を仕込む子息が経営者のポジションを継承しにくく、ガバナンススタイルの継続性は失われがちです。

個々の商品・サービスレベルのブランドであれば、大手企業でも大きな権限を持たせるカリスマ的マーケターを社内育成し、商品・サービスブランドレベルの施策判断を任せ、一貫性を担保するケースも散見されます。社内の人も、「◯◯ブランドといえば◯◯さんが判断している」という想起が確立しているようなブランドの象徴的な人材ですね。

ちなみにLVMHなどがブランド毎にアサインメントしているクリエイティブ・ディレクターという人は、クリエイティブ面に関しては絶大な権限を持ち、その一貫性を産み出す役割を担っています。日本の大企業だと、デザイン部門にクリエイティブ・ディレクターという肩書がついている人が複数人いて、単に役職階層が上という記号に留まり、クリエイティブをジャッジする権限は事業部側にあるケースも多く、一貫性を産み出す独裁的役割を発揮できないケースが散見されます。

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ブランド・ガバナンス・パターン2

【技術牽引型】

圧倒的な技術優位性があり、顧客から見ても明確な体験レベル差がうまれ、それがブランドの一貫性を担保するガバナンス

顧客視点から明らかに競合とは異なるレベルの顧客体験の良さや、故障の少なさなどを生む技術力の差が存在。その技術レベルの差の大きさが、ブランド力構築に直結するケース。

私はリアルタイム世代ではないですが、アナログカメラのレンズではなく本体に関しては、20世紀にCanon、Nikon、MINOLTAなど、日本メーカーがその大きな技術力の差で市場を席巻し、市場シェアを大きく塗り替えました。
また、TOYOTAやHONDAなども、燃費の良さや故障の少なさなど、製品の信頼性において圧倒的な差が評判として広がりました。またSONYも20世紀にはトリニトロンテレビなどは「画質に大きな違いがある」と評した人が多く、それらのブランド力も大きく高まったことでしょう。

このガバナンスが有効に効くには、企業の内部目線ではなく、”顧客のマジョリティの視点からみて、本当に大きな差が感じられるか”が鍵となります。
(顧客に伝わらない技術力の差、顧客の期待が低いコモディティ化した領域での技術力の差は、顧客に評価されず、ブランドの一貫性や評価を高めるガバナンスとしては機能しません)

日本企業で20世紀にこの勝ちパターンを持っていたのは、半導体が主役となるデジタル時代になる前の、アナログ時代のカメラや電機業界、エレクトロニクス、そして自動車など、細かな部品同士や電子制御のすり合わせが肝のメカトロニクス系企業に多いようです。

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ブランド・ガバナンス・パターン3

【戦略牽引型】

ブランドから想起される価値の目標~施策判断の基準を組織内で事前共有し、目標に向けて組織や施策を連携させて顧客体験の一貫性を担保するガバナンス

顧客の頭の中に「市場競争で有利な価値のイメージ」を浸透させることを組織的に見定め、社内で戦略的に連携推進するパターン。

化粧品で例えれば「アスタリフトといえば、肌への浸透力が強いナノテク成分」というような、顧客に想起されたら市場競争で有利にはたらくブランド知覚価値を戦略的に見定め、その知覚価値を浸透させるために、商品・サービス、プロモーション、店頭などを一貫性ある印象に仕立てて推進していきます。

このガバナンスが多いのは、顧客に圧倒的な技術的優位性を感じさせることが難しい技術的にコモディティ化した業界、ブランドそのもの改廃や、価値のリポジショニングの頻度が高い業界に多い印象です。(具体的には、日用品、飲料、化粧品のような業界でしょうか)

別に技術的な優位性があると、このガバナンスの有効性が下がるわけではありません。ただ、カリスマとなる創業世代や、圧倒的な技術優位を持たない企業は、自ずとこの戦略牽引型にシフトするしか、ブランドの一貫性を保つ選択肢がなかったというのがリアルな背景と推察されます。
また、化粧品、日用品、飲料のようなメーカーは、商品レベルのブランドの改廃が激しく、社内がブランド戦略の推進でPDCAサイクルを回し、学習する機会も多いため、この業界ではこの手のブランド戦略スキルが洗練されていく傾向が強くなります。

P&Gのような企業が象徴的ですが、外資系企業は、このような手法をスキルとして明確に定義して社内教育し、社内でのマーケティング施策判断や業務推進のルールプロセスに組み込まれていることが増えます。

残念ながら日本企業は、この戦略牽引型のガバナンスが強い企業が非常に少ない印象です。

*余談ですが、P&GでCMOを務めていたジム・ステンゲル氏は私との対談時の合間の余談で、そのスキル育成の重要性を強調されていました

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ここまでご説明した3つのガバナンスは、両立して掛け算のケースもあり、決してトレードオフではありません。

具体的には、創業世代によるカリスマ牽引型と、圧倒的な技術優位による技術牽引型が組み合わさったブランドガバナンスもありますし、技術優位を持った企業が、組織的にブランド戦略を推進する「技術牽引型×戦略牽引型」のケースもあります。

*本当はこの3つ以外に、CMO牽引型という、組織が任命したCMOが一貫性を保つ役割を担うガバナンスもあるのですが、日本企業では創業家以外の特定個人に権限が集中して機能するケースは少ないため割愛しています

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ここで、最初の命題である「21世紀になり、なぜ日本のグローバルブランドの多くは、そのブランドパワーを停滞~失ったのか?」に戻ります。

ここまで書けば賢明な読者はもうお気づきと思いますが、私はその背景理由をこのように見ています。

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・創業世代が引退し、カリスマ牽引型のガバナンスが消失した

・技術的な優位性も消失~小さくなり、顧客のマジョリティからみて、明らかな顧客体験の差がなくなり、技術牽引型のガバナンスが消失した
*特に、デジタル化し、技術格差が半導体に吸収された電機業界が顕著

・上記2つのブランドガバナンスが消失したものの、戦略牽引型のブランドガバナンスを導入~強化せず、ブランドのガバナンス自体を喪失した
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これが、大きなマクロ視点でみたときに、ブランドの存在感を低下させている日本の大手企業の真因と感じています。(もちろんブランドとは異なる次元で、事業戦略そのもののミスも複合要因となるケースもあります)


自動車メーカーは、電機メーカーよりブランド戦略スキルが高いのか?!

では、21世紀になってからもブランドの存在感が高まっている自動車メーカーは、電機業界よりもブランド戦略のスキルが優れているのでしょうか?

私は、そこに大きな差はなく、モノづくりの付加価値におけるデジタル~半導体の比重へのシフトの速度の差が真因と見ています。

つまり、付加価値の多くが半導体に集約されてしまった電機業界に比べ、自動車業界はまだまだ日本メーカーが得意な、部品同士や電子制御とのすり合わせのうまさがいきる比重が高く、技術優位が相対的に残っている、という理解です。

しかしながら、日本にいると日本メーカーが強いため実感が沸きにくいのですが、最近では米国の品質調査においてでも、韓国の自動車メーカーは躍進しており、顧客側が実感できるレベルでの技術優位は日々消失していると考えるのが妥当と言えます。

ましてや、いずれ動力源がエンジンからモーターに置き換わることになったら、部品点数は大幅に減り、すり合わせの強みの価値が相対的に低下する方向です。

それはすなわち、今後の日本の自動車メーカーは、ブランド競争において、戦略牽引型ガバナンスの巧拙で競っていく比重が高まる、ということです。
私が見る限り、そのスキルは競合に比して特に強いわけはなく、いずれ、より強化すべき重要な経営課題になっていくと思われます。

*ちなみに、トヨタの豊田社長はその問題意識が強いと見え、ブランドガバナンスのパターンで組織を細分化。レクサスカンパニーは自らカンパニープレジデントとして率いて、ご自身の属人的な判断=カリスマ牽引型で、プレミアムブランドには必須となるエッジの効いた商品の一貫性を生み出そうとしているのだと思います。

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創業世代が去った、技術優位を失った・・そこが、戦略牽引型ブランドガバナンスにシフトすべきタイミング

20世紀にブランドを躍進させた日本企業の多くは、創業世代によるカリスマ牽引型ガバナンスと、技術牽引型ガバナンスで、ブランド力を飛躍的に高めました。

しかし、そこには誤解を恐れずに言えば、組織的で体系的なブランド戦略による戦略牽引型のガバナンスは不在だったケースが多く、過去の成功により偉大なブランドをもっている企業ですら「ブランド戦略に強い」とは言い切れない経営判断が散見されます。

強いブランドを持っている企業内部の方々も、ブランドが強くなった成功経験があるため「まさか自社が、ブランド戦略が弱いはずがない」と、シビアに言えば誤認しているケースもあるのです。

漠然とでも「自社がブランド戦略に強い」と思っていれば、戦略牽引型に必要なスキルや仕組みづくりに経営判断として投資をするはずもなく、そのまま見過ごされ、ブランドのガバナンスは消失し、ブランドの一貫性は失われ、やがて市場競争力も失っていきます。(そのような企業でも、形式的なブランド戦略部署や管理部署は持ち、ブランドの調査や、ロゴの使用ルールの監査などはやっていますが、マーケティング4P施策への反映にはノータッチのケースがほとんどです)

つまり、創業世代の経営陣が引退するとき、圧倒的な技術的優位性を失ってきたときは、ブランドガバナンスの危機であり、ブランドの体系的な戦略策定と推進スキルの育成に投資すべき、戦略牽引型にシフトスべきタイミングです。

21世紀に入り、世界で大きく飛躍した日本のブランドと言えば、ユニクロとソフトバンクが代表例と言えるでしょう。

その二社の共通項は、創業オーナーによるカリスマ牽引型のガバナンスがまだ効いている、ということです。

しかし、この二社もいずれは創業オーナー世代の引退が訪れ、他の多くの日本のグローバルブランドと同じ壁にぶつかる可能性があります。

毎度のことながら、私が言うと壮大なポジショントークに聞こえるかもしれませんが、「ブランドガバナンスの戦略牽引型へのシフト」は本当に大きな、日本企業に多い課題と断言できます。

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この手の「戦略牽引型で勝ちましょう!」という話は、技術的な優位性で勝ってきた成功体験を持つ経営陣には、「顧客の知覚を操作して戦うのはせこい戦い方で、技術で勝つよりも美しくない・・」と感じられ、心理的な抵抗感から反対されることがあります。

しかし、技術の強さと、戦略牽引型のガバナンスは、別に相反することではありません。
強い技術は、優れたブランド知覚価値を戦略的につくるうえで、大きな説得力となり、シナジーがでるもの
です。(マツダのスカイアクティブテクノロジーというブランディングは、まさに燃費の良さと動力性能の良さを高度に両立した素晴らしい技術あってのものです)

この技術牽引型と戦略牽引型のブランドガバナンスが、トレードオフに扱われ、不毛な対立軸に陥らないようにすることが、日本企業で戦略牽引型へと正しく意思決定~推進するうえでのポイントです。

*ちなみに前回のブログで書いたCFT(クロスファンクショナルチーム)での推進のコツは、カリスマ亡き後の組織における戦略牽引型での推進方法と位置づけられます

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大変長くなりましたが、最後に〆を。

日本企業は、今回例に出したグローバルカンパニーに限らず、より小規模な企業であっても、ブランドガバナンスをもっと自覚的にうまくマネジメントすれば、より市場競争力が高まり、良いビジネスの成果を出せるはずです。

本文が、読者の皆様の良い気づきになれば大変嬉しく思います。

より深いノウハウへのご関心や、ご相談があれば、弊社インサイトフォースまでお問い合わせください。

ではでは。

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