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【無料公開⑳】会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 19話 ~シナジーはどう価格に反映するか~

シナジー価値をどう金額に反映させるか? ~2018年5月13日~③

樫村は、シナジー価値はセルサイド側でも仮説をおいて算定しておいたほうがいいという考え方であった。

平井 「F社のことは色々と知っているのですが、おそらくF社がうちを買収した場合にまず最初にできることはクロスセルだと思います。F社の商品を弊社で売るということです。この場合、彼らが扱う商品単価は450万円くらいですが、比較的早期に年間10件くらいはうちの営業部隊で売ることができるかもしれないですね。つまり、年間で4,500万円くらいは売上が計上できる可能性はあると思います。また、N社も業態からみて同様のシナジーが期待できるように思います」

樫村は少し考えてから話を続けた。

樫村 「なるほど、ではその情報をもとに非常にざっくりですが、シナジー価値を計算してみましょう。まず、シナジー創出にまったくコストがかからないという前提は、少し非現実的なので、シナジーにより発生する売上の30%がコストとして発生するものとしましょう。また話を単純化するために、(一定のリスク=不確実性のもとで)1年~2年目までは利益は0で、3年後にはじめて上記金額分のシナジーによる追加的な売上が生まれ、それが同額で継続するものとします。そうすると3年後の利益インパクトは4,500万円×(1-30%)=3,150万円となりますね。税率を35%だとすると、税引後利益ベースでは3,150万円×(1-35%)=約2,047万円となります。この金額が、シナジーにより買い手が追加的に得られる税引後利益の額です。買い手にとっては、「シナジー」という継続的に利益を生む資産ができたのと同じですから、逆に言うと様々な方法でこの価値を求めることができます。たとえば、PER20倍が妥当性のある倍率だと考えると、3年後に4.09億円(2,047万円×20倍)の価格相場をもつ「シナジー」という資産ができたともいえます。ただし、将来の期待値はリスク(不確実性)を伴うためこのままでは現在価値とはみなせません。シナジー価値の期待値はすでに実現している既存事業の期待FCFよりもリスク(不確実性)が高そうですが、ここでは簡略化して割引率を同じ10.6%と考えます。

 この前提で現在価値を計算すると、4.09億円÷(1+10.6%)3=約3億円となります。つまり、3年後以降に毎年税引後2,047万円生み出せるシナジーが形成されると考えられ、その不確実性が割引率10.6%で表される程度であれば、そのシナジーの現在価値は約3億円になるのです(注)。なお、買い手の立場に立つと、発生するシナジー価値を全額買収額に上乗せしてしまうと買収によるメリット、言い換えれば『NPV』が享受できないので、たとえば、シナジー価値の一部を買収額に上乗せするべきか? といったことを考えます。もちろん、シナジー価値を取引額に含めるか含めないかは買い手側の判断によりますがね。こう考えていくと、シナジーの価値の算定方法もイメージがつかめるのではないでしょうか?」

平井 「少し難しいですけど、なんとなく理解はできました。シナジーという意味ではほかにもコスト削減が図れたり、弊社の商品のクロスセルもできたりということが考えられますので、弊社自身の価値(30億円)+認めてもらいたいシナジー価値を1.5億円として、31.5億円を希望価格とするというのはどうでしょう? 実際は相手先により発生するシナジーは異なってくると思いますが、現段階では正確な算定はできないので、差し当たりこの金額を全候補者向けに伝える希望価格としてしまおうと思います」

樫村 「そうですね。DCF法の約30億円という結果は、前提にした将来数値が実績推移や業況、そして割引率の観点からみてやや楽観的だと考えられうることと、事業的にはEV/EBITDA倍率でみられやすいかなと思われることから、若干希望額としては高い目線な印象は受けますが、売却者側の案としては差し当たりよいのではないでしょうか?」

樫村との協議では、他にも様々な議論がなされた結果、最終的に売却希望額を31.5億円として交渉することになった。買収者候補向けにはより細かい数値ロジックで説明する必要があったため、川村はシナジー価値のモデリングをより精緻に実施した。実際に売却希望金額を決定するアプローチは様々でありこの事例はその一部である。もちろん、なかには上場した場合の時価総額も考慮してそれに匹敵する金額でないと売りたくないと考える売却者もいる。当然、EV/EBITDA倍率法や純資産法等による算定金額のようなわかりやすい価格から乖離すればするほど、最終的に成約できる可能性が下がるが、それを大きく上回るような高い売却希望額で成約できる場合もある。重要なことは、買収者に合理的な根拠とともに希望額の説明ができ、かつ買収者側も納得できるか否かだ。

また、本事例では平井自身が売却後に会社に残らないという前提を置いているが、社長等が残る事例であればまた異なったシナジー訴求も可能だ。たとえば、ある分野できわめて秀でた実績を有する人物が残るようなM&A取引であれば、その人物を買収するというストーリーを軸に提案することで、高いシナジープレミアムを買収者に認めてもらえる場合がある。

なぜなら、買収者が大企業であれば、その優秀な(大企業には通常在籍しないような)人物が、それら大企業がすでに保有する大規模なプラットフォーム等にレバレッジをかける形で活躍すれば、ベンチャー企業単独でなしえる規模の数倍から十数倍、もしくはそれ以上の大きな追加的キャッシュフローを生み出しうるからだ。それほど「人」が莫大なキャッシュフローを生みうる「財産」となる業界もあるのだ。

一方、買収者である大企業側もまだみぬキャッシュフロー増加への期待はあれど、そのリスク(不確実性)に不安を感じることが多く、それゆえに高いシナジー価値を評価することが容易ではないという場合もある。

なお、シナジーの実現性や事業計画の実現性の見方のギャップを埋める最適解となりうるスキームに「アーンアウト」や「ベンダーローン」を用いた買収スキーム等がある。

アーンアウトを用いた買収スキームとは、取引時点の対価支払いの他、数年後にあらかじめ決めた数値指標等を達成できていれば追加的対価を支払う(または追加的買収をする)ことを約する多段階買収スキームだ。これにより、買収者側の将来に対する不安が軽減し、かつ売却者側も自身が参画することにより生まれる価値の一部を享受でき、かつ売却者側にインセンティブが付与される。アーンアウトは、設定指標があいまいになりがちで売却者側にとって不利な結果を招くことも多いが、大きな評価額を認めてもらうのと引き換えにこのようなスキームを受諾するというのは1つの選択肢になる。

ベンダーローンを用いた買収スキームとは、買収者が対象会社を買収する際に売却者(オーナー経営者等)からの貸付を利用するスキームだ(やや複雑なので詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第五部 4-1ベンダーローンを用いたスキームのイメージの図をご覧いただくとわかりやすい)。基本的には投資ファンドがよく用いるLBOスキームの一種といえる。詳細は以下の動画で詳しく解説しているが、ベンダーローンスキーム実現においては売却者が対象会社の将来キャッシュフローの継続的創出に大きな自信をもっていることが前提になる。この前提で、本スキームを用いることで買収者側との価格ギャップが埋まる可能性がある。銀行ではなく売却者側からの借入を利用したLBOスキームともいえる。

話は戻るが、このように価格について話が落ち着いたところでこの日のミーティングは終了した。その後、川村がアポイントメントを調整し、7日にN社、14日にS社とのアポイントメントを設営した。しかし、F社についてはなかなか調整がつかず、結局6月20日にアポイントメントが設営された。

注:この「割り引く」プロセスはDCF法によるものと同様です。ただし、ファイナンスの理論を厳密に照らし合わせると、ここでの計算はかなり「ざっくり」しており、考えるべき要素がすべて含まれているとはいえません。実務ではより精緻に計算していきます。ここでは専門的な理解よりも、シナジーにより新たに発生したキャッシュフロー(≒利益)からシナジー価値が求められていくイメージをつかむだけで十分です。

(執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)


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