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オントロジーとしてのビジネスモデル・キャンバスと競争優位の5つの階層ー近藤 哲朗・小山龍介対談『ビジネスモデル・ビジュアライゼーション』(2)

近藤哲朗氏の講演に続いて、ビジネスモデル学会プリンシパルの小山龍介から、ビジネスモデル・キャンバスについての紹介へと移った。(文・小山龍介、撮影・片岡峰子)

小山龍介:近藤さんの話を受けて、ここからはビジネスモデル・キャンバスの説明をしていきたいなと思います。これが、9つのブロックで構成されるビジネスモデル・キャンバスです(下図)。近藤さんの説明を借りるなら、右側には「誰に対して何を」というマーケティングの話が入ります。左側には、「誰がどのように」というエンジニアリングが記述されます。

真ん中の価値提案(バリュープロポジション)には、顧客が自社の商品を選ぶ理由が記述されます。顧客の頭のなかに浮かぶさまざまなオプション、たとえば今日のセミナーであれば、金曜の夜です、ほかに「友人と飲みに行こう」とか「家に帰ってやすもう」とかいろいろ選択肢があるなかで、セミナーに出席しているわけです。その理由こそが、価値提案なのです。

ビジネスモデルとは構造設計である

『ビジネスモデル・ジェネレーション』のなかには、ビジネスモデルとは「どのように価値を創り出しお客さんに届けるかを論理的に記述したもの」という定義が書かれています。私はいつもここに「構造的に」っていう言葉を加えて説明します。

というのも、アレックス・オスターワルダーの論文の中で彼は、ビジネスモデルとはアーキテクチュアル・レベルのものだというふうに位置づけているからなんです。

プランニングのレベルでのビジネス戦略をどのように実行していくかというところにビジネスモデルが位置づけられているのですが、それを構造設計という建築的なメタファーでビジネスモデルを説明しています。さらにその下に、インプリメンテーションのレベルでのビジネスプロセスが定義されています。この三層構造で示していて、ビジネスモデルは戦略を戦術に落とし込むためのブリッジになっています。

経営戦略とビジネスモデル

経営戦略には大きく、ポジショニング派とケイパビリティ派があって、ビジネスモデル・キャンバスはこのふたつの流れを受けています。大きく、右側がポジショニング派で、左がケイパビリティ派の議論です。

右側のポジショニング派で議論される、マーケティング的なフレームワークであるSTPや4Pといったものは、右側のブロックに位置づけられますし、またケイパビリティ派が使うVRIO分析の希少性、模倣困難性のある活動やリソースは左側に位置づけられることがわかると思います。

たとえば、セブンイレブンは老若男女の全方位に対して、おいしいPBの商品を提供しています。このおいしさを支えているのが、チームMDと専用工場です。ドミナント出店によってスケールメリットを活かしながら展開しています。

一方ローソンは、女性とシニアなどターゲットを絞り込みます。ナチュラルローソンやローソンストア100、成城石井やケアローソンなどのマルチフォーマットが特徴です。おいしさと健康は、セブンイレブンのセントラルキッチン方式ではなく店内調理で担保しようとしています。コーヒーもセルフではなく店員さんが作ってくれます。

異なるポジショニングを行って、それぞれチームMDや店内調理といった模倣困難な活動や、専用工場といった希少性の高いリソースでもって差別化を図る。同じコンビニでもビジネスモデルがこのように異なっていて、その戦略をビジネスモデルというアーキテクチャーに落とし込んでいるわけです。

オントロジーとしてのビジネスモデル

アレックス・オスターワルダーの博士論文では、ビジネスモデル・オントロジーとして示しめされていました。それがもとになって作られたのがビジネスモデル・キャンバスで、ツールとして活用するためにを簡易化されています。

オントロジーというのは存在論と訳されます。簡単に言えば、存在全体が漏れなく描かれており、要素間の関係性も記述されているというものです。ビジネスモデルという、ビジネスの存在全体と要素が描かれているというわけです。

図 アレックス・オスターワルダー「Business Model Onthology」

こういう起源を持つということでいうと、ビジネスのBeingを表したものがビジネスモデル・キャンバスであり、ビジネスのDoingを表したものがビジネスモデル図解というふうに考えることができるのではないかと思います。

さきほどのプランニング、アーキテクチュアル、インプリメンテーションの3つのレベルで言うと、ビジネスモデル・キャンバスはプランニングより、ビジネスモデル図解はインプリメンテーションよりの図解だと言えるのではないかと思います。

ビジネスモデルの自己強化ループ

もう少し突っ込んだ話もしてみようと思います。ネット通販で一人勝ちしている例えば Amazonですが、ビジネスモデルとしてはヨドバシカメラともそれほど大きく変わりません。しかし、品揃え、配送スピード、サイトのUIなど、他社を寄せ付けない強みを持っています。

ただ、ビジネスモデル・キャンバスに書いてみても、ビジネスモデルとしてユニークな特徴は見られません。言ってみれば、ヨドバシカメラも同じビジネスモデルなんです。

そこで、ビジネスモデル・キャンバスの使い方として、もう一歩踏み込んだやりかたを提案しています。それがシステム思考と組み合わせるやり方です。

これは、ジェフ・ベゾスが書いたナプキンメモなんですが、事業をどのように成長させていこうかというときに、初期の頃に書かれた図でして、今でも社内研修などで使われてアマゾンの社員であれば誰もが知っている図です。

図 ジェフ・ベゾスのナプキンメモ

顧客がよい経験をすると、サイトに訪れる人が増えてトラフィックが増えます。そうするとサプライヤーが増え、品揃えが充実する。これはみなさん自身も経験していることですよね。そうして品揃えが充実するとさらに多くの人が訪れる。そうして事業が成長するわけです。

そしてもうひとつ、線が出ていますが、成長すればするほど低価格で提供できるコスト構造が生まれる。これはつまり、バイイングパワーがつくということですね。そうして低価格で提供できるようになるので、顧客の経験がさらに向上する。

我々が目にしているのは、1兆3000億円のEC売上をあげるアマゾンが13%で成長している姿です。一方のヨドバシカメラは、10分の1以下の1100億円のEC売上で、成長率は3%を切っています。ECサイトという意味でアマゾンの一人勝ちだし、その差は広がる一方なんです。

なぜこうした現象が起こっているのかというと、さきほどのループによって動的なビジネスモデルの変化、進展があるからなんですね。こうしたループをシステム思考では自己強化ループと呼びます。試しにビジネスモデル・キャンバス上に書いてみると、こうなります。

逆に言うと、こうしたループを描かないと、ビジネスモデル・キャンバスはスタティックになってしまうんです。いわゆるスナップショット的に、2019年3月のビジネスモデル、というように、財務諸表で言えば貸借対照表(BS)的な図なんですね。それを動的に捉えるシステム思考的なアプローチが、自己強化ループです。

こうしたループを組み込んでおく利点としては、先行者優位を維持できること。ヨドバシカメラはじめ、後発他社は容易にキャッチアップできません。また、ジェフ・ベゾスが社内コミュニケーションで使っているように、競争戦略を明確化できるという利点もあります。また、事業自体をスケールさせる戦略を描ける。事業の初期の頃、ベンチャーキャピタリストに「こうやって事業を成長させるんだ」と説明することができるわけです。

競争優位の5つのレベル

こうした自己強化ループによる競争優位の構築を、一橋大学の楠木建先生の競争優位のレベルで見ていくと、レベル3の「戦略ストーリー」にあたります。一貫して自己強化ループを回していくことによって、競争優位を維持していくわけです。

図 競争優位の階層(楠木建)

レベル0は、「外部環境の追い風」。たとえばAIブームのように、AIと名前がつけば投資がつくような状態は、レベル0といえます。そこから、昨今のQR決済は、レベル1の「業界の競争構造」。乱立しているなかで、PayPay、Line Pay、楽天Payの3社が抜け出そうとしている状況は、少しでも先行したところが優位となる段階だと言えます。

レベル2の組織能力、ポジショニングは、さきほどみてきたようなビジネスモデルの2つの要素、ケイパビリティとポジショニングが該当します。ポジショニングは、価値を高めれば価格が高くなる、価格を下げれば価値を犠牲にしないといけないというトレードオフがあり、また組織能力には暗黙性があることによって、優位性が確保できます。

そしてレベル3が、今見てきた自己強化ループによる「競争ストーリー」です。顧客が増えるとサプライヤーが増えて品揃えがよくなり、さらに顧客が増えるという、一貫した交互効果が発揮されています。

レベル4の競争優位、クリティカルコア

さて、その「戦略ストーリー」のさらに上に、レベル4の「クリティカル・コア」というものがありますが、こちらも紹介したいと思います。

たとえばキーエンスという会社があります。2006年の数字ですが、営業利益率がなんと51.4%です。どうしてこんな利益をあげられるのかを、ビジネスモデルの観点から分析するというワークをやったりしています。

ビジネスモデル・キャンバスに描くとこんな感じになります。改善提案とともに提供される製品は、粗利80%の値付けをしています。キーエンスは原則として値引きもしません。他社にないものを売っているので、顧客はキーエンスを選ばざるをえないんです。

しかしなぜ、他社はキーエンスのような高付加価値製品をつくれないのでしょうか。

キーエンスはファクトリーオートメーションという分野でセンサー類を売っています。安いものであれば数千円、数十万円のものが多い。こうした低価格のものであれば、通常は販売代理店を使うんです。ところが、直販営業をするんです。

この直販営業がまたすごい。粘り強く営業したり、生産現場に入って具体的な改善提案とともに商品を販売するんです。こういう体制は、他社はなかなか構築できません。こういう直販営業体制があるからこその、ニッチな製品なんですね。

それから、通常の経営のセオリーであれば商品点数は極力減らすべきなのですが、数千種類ものバラエティを誇っています。そうすることで、かなりマニアックな、他社にないものをたくさんカタログに載せられるんです。他社はここまで揃えられません。もっと汎用性の高い製品を大量生産するしかない。なぜか。

そうしたラインナップを支えているのが、多品種少量生産です。製造協力会社を使うファブレス体制をつくることで、フットワーク軽く、多品種を効率よく生産する。その生産管理もキーエンスならではの強みです。同じ業界の他社は自社ラインをもっていて、ファブレスはできればやりたくないわけです。

こうした「直販営業」「数千種類ものバラエティ」「ファブレス」というのは、実は競合他社にとって不合理な判断なんですね。しかし、ビジネスモデル全体では合理的につながっている。他社は、販売代理店を使い、自社ラインで製造しているから、あまりマニアックな、数の出ない製品は提供できないんです。

直販営業だから現場ニーズに対応する製品ができ、バラエティをもつことで他社にない商品をラインナップができるんです。部分不合理ではあるものの、全体としては合理的な「賢者の盲点」を突いているんです。

部分的にであっても不合理だから、他社が真似しない。できないというよりも、したくない。だからキーエンスに追随できない。キーエンスは、真似されない世界で高収益を誇っているわけです。これがクリティカル・コアによる競争優位です。

イノベーションを生み出す3つのプロセス

こうしたクリティカル・コアによるビジネスモデル・イノベーションを生み出すためには、3つのプロセスが必要です。最初は「構造化」。既存の業界の構造を捉える。そして、そこに部分不合理な要素を入れる「想定外の要素の投げ入れ」。そしてその部分不合理を含みながら、全体合理性を実現する「再構造化」です。

構造化は、こういう構造をつくれば同じようなビジネスが立ち上がるという意味で、再現性のあるサイエンス的な思考です。同じ実験結果を、別の日、別の場所でも再現できるわけです。日本文化の言葉で言えば、先生の型を「守」るということになります。

一方、不合理な要素を入れるのは、「破」です。型をやぶるアート思考です。常識を打ち破り、枠を取り払うようなプロセスです。

そして最後、その不合理な要素を新しい構造として成立させるデザイン的な思考。オリジナルの型から「離」れて、新しいビジネスモデルを生み出すということになります。イノベーションとは、「破」と「離」というプロセスです。

このプロセスは、さきほど近藤さんが紹介されていた「逆説の構造」ともつながってきます。定説という型を破ることが、イノベーションを生み出すためには欠かせないのです。

そして、ビジネスの構造を捉え、構造を壊していくためのツールとして、ビジネスモデル・キャンバスが活用できるのです。

図 近藤哲朗氏の投影資料より

未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。