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入院生活とMMMと私

 今日は7/24、UNISON SQUARE GARDENの16周年の記念日。おめでとうございます! そんなおめでたい今日、せっかくなので私がユニゾンにハマったきっかけについて書き並べたいと思う。

 先日、8枚目となるニューアルバム「Patrick Vegee」の発売日が2020年9月30日となることが発表された。私にとっては、初めてユニゾンのアルバムをリアルタイムで待つことになる。約2年半前にリリースされた前作によって私はユニゾンにハマることとなった。せっかくだから懐かしむと同時に思考整理の意味も兼ねてまとめてみたい。


○私がUNISON SQUARE GARDENにハマったきっかけ

 中学高校時代にTwitterやYouTubeに入り浸っていた私は、シュガビタ前後(高3頃?)からユニゾンの名を認知していたと思う。とはいえ当時はそこまで音楽が趣味というわけでもなく、受験勉強をしながら、言うなれば恋愛にうつつを抜かすのが趣味になっていたような一般的な高校生だった。某メンバーらが卒業している大学を受験し(そしてその後入学し)たときには、そこがユニゾンの“聖地”であることは認識していなかった。当時からユニゾンにハマっていたら、今頃私は「ユニゾンの後輩ー!」と言いながら大学を卒業していただろう。いやあ、人生って何があるかわからないね。

 そんな私がユニゾンにハマったのは、2018年夏、MODE MOOD MODEツアーで生のユニゾンを見たときだ。確実にあの瞬間だと思い出せる。2曲目フルカラープログラム、3曲目シュガーソングとビターステップという連続コンボで脳を揺すられたあの瞬間から、私はUNISON SQUARE GARDENに驚く程にハマっていった。
 しかし、ライブに行くにはチケットが必要だ。その大阪城ホール公演のチケットも、誰かに誘われてとかではなく自分で取ったものだった。だから、本当にハマったのはその前なのでは? とも言える。まあ、そこまで厳密である必要はないんだけど。そして、そこに関係してくるのが「入院生活」だ。

○20歳、大学1年の春休み、入院生活

 2018年2月、私は大学生として初めて迎えた春休みを、病院のベッドで過ごしていた。元々、大学生になったら手術をすることは決めていたから予想外ではないのだが、友人たちが旅行や合宿、サークル活動や免許合宿に勤しんでいるのをインスタで見ながら病院で暮らすのはやはり苦しいところがあった。
 急病でもないし、手術自体はその道で有名な医者を紹介してもらっていて、ちゃんと無事に成功したから私はそれなりに元気でいた。が、口元の手術だったため、術後2週間は固定のために口が動かせなかった。上下の歯を固定しているため、口を開けない、喋れない、食べれないという生活。三度の飯より飯が好きな私にとっては、そしてかつて「ノンストップスピーキングマシーン」というあだ名をつけられた過去を持つ私にとっては、自分で望んだ道とはいえ、その2週間はどうにも苦痛であった。
 毎日朝早くから起こされて、朝食(流動食)を摂取し、診察してもらい、昼食(流動食)を摂取し、シャワーを浴び、面会に来た家族と筆談で会話し、新聞を読み、夕食(流動食)を摂取し、テレビを見ながら夜が更けていくのを待ち、消灯時間に寝る、というルーティンの日々。時々Amazonプライムで見るアニメ(当時はポプテピピックが流行っていた)で、口を動かせないながらも笑ってみたりしていた。本当に楽しみがない日々だったから、“クソアニメ”を見て声にならない爆笑を一人でしていたのだった。

○ライブに救いを求めた

 そんななんの彩りも無い日々に、父が差し入れで持ってきてくれたのが「ミュージックマガジン」だった。毎年、1月号は前年のアルバムのレビューがまとまって載っていて、よく実家で購入していたものだった。アルバムなんて自分で買わない貧乏学生だったから、特に引っかかる作品があったわけではない。しかし、雑誌の中には広告で様々なバンドのリリースやライブの告知が載っている。それを見たときに、ふと「ライブ行きたい」と思いついた。
 四人部屋の病室で、ろくにベッドから動けないまま窓かスマホを眺めるしか無い日々だったが、そこからは対極にあるライブという空間に、久々に行ってみたいと思いついたのだった。
 ここでは誰のライブとかいうことは全く考慮していなかった。ただ、非日常としてのライブを欲していた。じゃあ誰のライブに行くか、と考えたときに、ある時母が言った「UNISON SQUARE GARDENって知ってる? ライブのクオリティが凄いんだって、口から音源だよ、テレビで見た」という言葉。Uta-Tube(NHK名古屋制作、中部圏で放送)という番組でのユニゾンのスタジオライブが印象に残っていたそうだ。
 そんなわけで、ユニゾンの存在を思い出す→ネットで探す→ちょうど大阪城ホール公演の先行受付中→とりあえず2枚で申し込もう→当選→入金→あれ私ユニゾンの曲そんな知らんやん→アルバム借りる→ハマる→ライブ行く→どハマりする、という感じにトントン拍子で沼に落ちていくこととなったのでした。

○城ホール公演の記憶

 入院していたのは2月の3週間弱で、その間に申し込み→当選→入金が終わっていたのだが、「でもライブ7月末やん、まだまだやな」と思ってしまっていたから、そこから音源に行くまでが長かった。MODE MOOD MODEは退院直後に親に頼んで買ってもらったから聴いてはいたけど、それ以外は全く触れていなかった。なんならライブ1か月前に慌てて最寄りのTSUTAYAで全アルバムを借りて聴いた。
 そして迎えた2018年7月31日。試験期間真っ只中で、翌々日に試験を控えながら、その日も午前中に憲法の試験を受けた後で会場に向かった(ちなみにその憲法は単位を落としたが、他はちゃんと取ったよ!)。当時受験生だった妹も地元から関西に上陸し、2人で城ホールのスタンド席からユニゾンを初めて目撃することとなった。

 この公演はのちに音源化されることとなり、今も私はしょっちゅう聴いている。今でも1~3曲目を聴くと、あの時の興奮が蘇ってくる。会場で買ったばかりのラババンを手首にして、腕を振りまくって、汗と涙を流したあの日。確実にあの時から、私はUNISON SQUARE GARDENに落とされた。

○それから

 城ホールから自宅に帰るのに、JRは混みそうという理由で京阪京橋駅を目ざして会場から歩くも周囲に同じ目的地の人がおらず、軽く迷子になった。方向音痴つらい。それからもライブの帰りに最寄りよりちょっと離れた駅まで歩くことはよくあるんだけど、大抵迷子になっている。Googleマップ見てるのになあ、おっかしいなあ……?ライブの非日常から自分の心を日常に呼び戻すためには必要な時間なのかもしれない。

 その後は着実にユニゾンにハマり、翌年のENCOREツアーは外れたけれど年始にファンクラブに入会、舞洲先行に申し込み、uniっとbusを当て、ftH7に行き、……と、しっかりとライブに行く楽しみを覚えた。ユニゾンだけでなく他のアーティストのライブに行くのもハードルが低くなり、「趣味は音楽を聴くこと、ライブに行くことです」と自己紹介で言えるようになったくらいだ。

 振り返ってみると、私がライブに行くようになったのはあの城ホ公演からだし、そのチケットを取ることになったのは入院生活があったからだ。そう考えると、人生のどこできっかけが眠っているかわからないし、案外簡単に人生って変わってしまうんだな、と思う。なんにせよ、ユニゾンに出会って日々が彩られ、楽しくなっているのだから、私にとっては幸運な出会いだ。

○これから

 実は私が最後にUNISON SQUARE GARDENのライブに行ったのは昨年12/20、大阪オリックス劇場公演だ。実に7ヶ月もの間、生ユニゾンを見ていない。まあそれはこういう時勢だから仕方ないとはいえ、就活が終わり暇して過ごしている私にとってはやや辛い。時間も体力もあるのは今年度いっぱいだし、地元で就職したらもう頻繁にはライブに行けないだろうな、と思うと結構きつい。
 とはいえ、ユニゾンは新しいことを色々と考えてくれているし、アルバムは出るし、オンラインライブもある。絶えず楽しさを提供してくれるユニゾンには、感謝しかない。

 しかし、こうして与えられるばかりで良いのか? と多少の戸惑いはある。私は絵は描けないからファンアートはできないし、歌も楽器も得意ではないからから歌ってみた/弾いてみたもできない。だからといってこうやって文章を書いても、これは自己満足だから特に「人に与える」ものになっているわけではない。というわけで結局は与えられるものを喜ぶことしかできないのだが、これからも何らかの形で還元できる方法は模索していきたい。就職して社会人になったら何か出来るかな、あわよくば仕事でユニゾンに関われないかな、なんてちょっとの下心を持ちながら、色々と考えている。

 なにより、あの時出会ってハマったUNISON SQUARE GARDENが、私からは遠くても楽しく活動してくれているのが私にとっては喜ばしいことだから、彼らの活動を日々見守り楽しむというファンとしての生活は続けていきたいと思う。

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