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ワルシャワの点灯おじさんの話

私は20代の頃旅行が好きで、時間を作ってはあちこち旅をしてきた。時には一人で時には友人と。国内旅行も好きだけど、行ったことのない国に行く度にもっといろいろなところに行ってみたいと興味をかきたてられた。今は家庭もあるし、自由に一人旅はまず難しいけど、そのうちに。。。

今でも時々ふと懐かしく思い出す景色、風景がある。旅行できない今はちょっとそんな思い出シリーズ?で浸ってみる。

25年くらい前の話。

姉夫婦がポーランドのワルシャワに3年ほど住んでいた時期がある。義兄がワルシャワに赴任となり、夫婦で引っ越した。ポーランド。ちょっと珍しい。キュリー夫人の生まれた国。他には。。。音楽家ショパンの出生地。聞いたことはあるけれど、気に留めたこともなかった。俄然興味がわいた。

5年務めた会社を辞めて、どうしようかなあと将来の方向性をぼんやりと模索していた時期と重なる。そうだ、ポーランドに行こう、京都に行くように旅立った。そして約1か月間、姉夫婦の住むワルシャワに滞在した。

ヨーロッパには何度か旅行していたけど、東欧は初めて。すでに何か月か滞在していた姉夫婦にいろいろと教えてもらいながら、観光する。郊外も含めいろいろなものを見た。今でも心に強く残っているものがいくつかあるのだけど、今日は一番びっくりした点灯おじさんについて話したい。

姉のところに来てから1週間ほどたって、時差ぼけも克服し近所のお散歩にも慣れたころ、姉が変なことを聞いてきた。

姉:「ワルシャワの街灯はガスなんだよ。知ってた?」
私:「へー、そうなんだ。情緒あるね。」
姉:「どうやって明かりがつくと思う」
私:「発火装置が自動で時間になるとつくとか?」
姉:「はずれ~。」

姉、妙にうれしそう。

「私もそう思ったんだよねえ。でもね。灯していくんだよ、おじさんが。知らないうちにどこからかやってきて、一つ一つ火をつけてくの。」と。

そんなわけはない。だってワルシャワの町は大きい。町の中心地はバジェンキ公園という素敵な公園を真ん中に、碁盤の目のように広がる主要道路は市内東西南北にどこまでも続く(ように見える)。

それにガス灯はとても背が高い。多分釣り竿くらいの長さがないと届かないし、よく見ると街灯のガラスのケースに小さなドアがついていて、それをどうやって開けるかも想像つかない。

「絶対無理、そんなの。」という私に、5時くらいになったらその「おじさん」が来るから窓から見てたらわかる、だって。からかわれているのか本当なのか。。。

とにかく5時くらいに見張ってみようと心に決める。

でもいつも見逃す。気づくと明かりがついている。本当にちょっと目を離した隙に見逃してしまう。こうなったらもう意地でも見たい、明かりがつく瞬間。

ということで、その日は4時半からずっと窓に張り付いていた。トイレにもいかない。どんな誘惑にも負けない。のどが渇いてもいいように水を片手に、ただひたすら外を眺めて待った。

「来た!!」

待つこと20分強。遠くの方のガス灯に明かりがつくのが見える。

ガラスに顔をくっつけて遠くを見ようとするけど薄暗くてよく見えない。ポッ、ポッと音が聞こえそうな明かりの点がどんどん近づいてくる。窓ガラスは凍りみたいに冷たいから長いことはくっついてはいられない(冬だったので)。でもかなりのスピードでどんどん点灯されていく。「すごいじゃんこれ!」

おじさんが見えた。普通の格好の普通のおじさん。手には長い棒を持っている。おじさんは一定の速さで歩きながら手に持っている長い棒の先についたフックで器用に小窓をあけ、次の瞬間にはもう灯がともっている。

あの細い棒は超ロングチャッカマンだ。

超高速で私の目ではしっかりと確認できない。点灯時に若干足は止まるがそれも一瞬。すごい。どんどん明かりをつけながら前進していき、ものの数分でおじさんはまた小さくなっていった。明かりをつけながら。。

これは見逃すな、と思った。本当にあっという間だった。

おじさんが去った後、通りはきれいに明かりがつき、いつもの静かなワルシャワの夜景が広がる。

やっと見られた達成感。神という言葉を乱用するのは避けたいけど、それでも目の前で起こった神業に、そして夕暮れ時にあまりに淡々と火をつけていくおじさんの「なんでもない」感じに心が震えた。

映画をみているみたい。

私の知らないことはまだまだ沢山ある、そんな当たり前のことを目の前に突き付けられた感じ。多分、私は感動した。

今でもおじさんのことを思い出す。その光景がまだ見られるのかはわからない。でも、ポーランドに来てよかったと思えた出来事のひとつ。

なかなか新しいことに巡り合うことのない今でも、この時の光景を思うと少しだけ心が弾む。

後で姉も私と同じように何日か見張って、見られたときはすごくうれしかったと話してくれた。またいつかガス灯点灯おじさんの神業を見に行きたい。

残念ながら写真は撮れずじまい。yoko20さんのレトロな街灯の写真がなんとなくあの時のワルシャワのガス灯の雰囲気に似ていたので使わせていただきました。。。

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