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コーヒー、至福の一杯への道のり

国、品種、農園名。スペシャリティコーヒーを扱う場合、大概こんな順で豆が紹介されることが多い。しかし、2017年4月、丸山珈琲の「Discover Coffe Project」は、”生産者でコーヒーを選んでほしい。コーヒーの個性を語るのは、国より品種より人”の考えで始まった。この年、シングル・オリジンの取材で辿り着いたのが同プロジェクトだった。折しも、この考えを体現するために「表参道 Single Origin Store」がオープンする(2017年9月)タイミングだった。丸山珈琲の商品表示は、このプロジェクトから、生産者名、品種、農園名、国名の順に変わった。約2年を経た、今年9月24日、表参道の店舗が一日ホンジュラス※の生産者デーになるとの案内をもらい、出かけることにした。

<ホンジュラス>ホンジュラス共和国 中米の中央部。グアテマラ、エルサルバドル、ニカラグアと国境を接する。首都:テグシガルバ 人口:約927万人 主要産業:コーヒー、バナナ、メロン、パーム油、養殖エビ コーヒー従事人口:約12万人

シングルオリジンは、スペックじゃない

店は開放的な造りで、この日は中米らしい顔付きやいでたちの人々の姿もあり、ホンジュラスの伝統料理やホンジュラスからやってきた生産者たちのコーヒーや、コーヒーのカクテルなども用意された。

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そして二階では、ホンジュラスのコーヒー産地と人を描いた映像の公開と代表の丸山健太郎さんと生産者たちのトークイベントが行われた。生産者として舞台に上がった女性の一人は、少し早く会場に入った私の前に一瞬座ってニッコリと笑った女性その人だった。映像の中の彼女を見ても同一人物とは思わず、舞台で紹介されて気づいたのだが、その笑顔の素朴で温かなイメージだけが脳裏に残っていた。

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「ホンジュラスは、ガテマラやブラジルなどと比べると小さな生産者が多いんです。皆さんTVCMも影響で、コーヒーは大きな畑で作られていると思うかもしれませんが、小規模生産者の生産風景は全然違うんです。今日来てくれた女性生産者の三人も皆小規模。決して女性生産者を意識的に選んだのではなく、品質の高い豆を作っている生産者が彼女たちだったんです。マリア・サントスさんは、最初出合った頃は10俵だった生産量が50俵になりましたね」丸山さんにそう紹介されると、彼の女性、マリアさんが、はにかみながらこう切り出した。「神様のご加護のおかげで日本に来ることができました。86年にコーヒーの栽培を始めました。子供が5人います。旦那は逃げました。困難もたくさんありましたが、神のご加護でコーヒーを買ってくれる人と出合えました。今、協同組合のメンバーは32人ですが、最初は7人でした。丸山さんと神に感謝いたします」。さっき見たままの素朴さと謙虚さの塊のような彼女の言葉に心が熱くなった。

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凄い絆だ。丸山さんと生産者の築いてきた年月を思うと、シングルオリジン※とはスペックの話ではなく、生産者との関係性の証なのだとあらためて思えた。丸山さんは、年の半分はコーヒー産地を巡っていることで有名だ。その様々な産地の中でも、ホンジュラスは特別に思い入れのある国なのだという。

<シングルオリジン>一般的には単一品種。特定の農場で栽培される特定品種で、スペシャリティコーヒーの枕詞のようになっているが、紅茶や日本茶や、オリーブオイルなどにも同様の発想のものがある。

ホンジュラスに焦がれた理由

「2004年、グレゴリオ・マルティネスという人が、初のホンジュラス・カップ・オブ・エクセレンス※で優勝したんです。彼の農園はレパウラという、とにかく遠くて雲の綺麗なところにあって、なかなか辿り着けない。ずっとラブコールを続けて思いがかなった。今はもう付き合ってないけれど、辛い思いもいい思いもした。彼のおかげで他の生産者にも出会えました。パラドックスな場所が僕にとってのホンジュラス。小規模生産者との付き合い方もここで学んだ。一種の恋愛みたいです。難関を乗り越える喜びがある。奥さんには言えないな」丸山さんは、生産者とのコーディネーター、サロモンさんのことも紹介した。「ある生産者で、コーヒー1俵送るのに税金が6ドルかかるから、それはお前が払ってくれと言われた。車が欲しい、娘が大学行くからパソコン買ってくれ、そんなやりとりに困っていた時にソロモンさんが助けてくれた。協同組合を作ったり、銀行から融資を得たり。彼は大事なパートナーです」

生産者との付き合い方は、教育という面も持ち合わせている。それでもってフェアな関係でなければならない。施すのではなく、質の高い仕事に適正な対価を支払う。「生産者とフェアな関係になるには、情熱や愛だけでなくシステムが必要です」。ホンジュラスに力を入れるようになった背景には、もう一人の人物、サロモン・ベニテスの存在もあった。カップ・オブ・エクセレンスで15位になった時に、彼を訪ねたのだという。

「分厚いトルティーヤと干し肉、芋がでてきた。お母さんがトルティーヤを作り、三人の娘がいて、15歳の長女が背中に赤ちゃんを負ぶってトルティーヤ作りを手伝っていた。その一家を見て、とても複雑な気持ちになったんです。家にはトイレもなかった。もの凄いショックでした。コンペでこんなにいい結果を出しているのに、この貧しさ。ワインだったらグランクリュの生産者です。彼らの生活をあるべき状態にしたい。これも大きなモチベーションになりました。彼の住む農村、カングアルは10年経って、最初は車をもっている生産者が2名だったけれど、今は車を持っていない生産者が2家族になった。最近、カングアルで村長選にでたら勝てるって言われるようになりました(笑)」

<カップ・オブ・エクセレンス>コーヒー生産国で行われるコーヒーの豆の品質を評価するコンペティション。国内と国際審査員によって選ばれる。受賞したコーヒーの農園の評価は国際的に上がり、オークション形式で売買される。

サスティナブルコーヒーとは何か

「今、NYでコーヒーの相場が下がって1ドル。1ドルというのは、農家の生産者コストを割っている価格。赤がNY相場、青が丸山珈琲の買い付け価格です。原価割れしても皆買い付けている。これはサスティナブルとは言えません。丸山珈琲が高い価格で買い付けられのは、日本の皆さんが価値をわかって買ってくれるからなんです。日本人はスペシャリティコーヒーにお金を払う。味の違いがわかるからです。僕は日本人の3割は、スペシャリティコーヒーを理解できると思ってこの仕事をしています。それによって生産者は、家や車をようやく買えるのです」

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国産の食材であっても、私たちはその生産者のことをどこまで知って買おうしているか。ましてコーヒーという遠い国の飲み物を、生産者を意識して買うなんて理想的ではあるが不可能に近い。そう思いがちな壁を、丸山さんの言葉や行動は乗り越えてくる。生産者との距離が近いか遠いか、それは結局のところ物理的な距離ではなく、伝える力がある伝え手の存在と、理解し求める受け手であるかという単純なことなのだ。結局は1対1の関係性。コーヒーであっても、いや、毎日飲むコーヒーだからこそ、あのマリアさんの笑顔を思い出して飲めたら、なんと豊かな一杯になることだろう。私は急いで下のショップで彼女のコーヒーを買おうとしたが、時すでに遅し。全て売り切れていた。でも、至福の一杯への道筋は少し見えた気がする。





今後の取材調査費に使わせていただきます。