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山本タカト展『JAPONESTHETIQUE』

もう会期は終了してしまったのですが、先日山本タカト氏の展覧会に行ってまいりました。

会場は先日丸尾末廣展が行われたギャラリー素形。

前回これに訪れた際に、スタッフの方に「次は山本タカト展やります」と伺ったので、

「何と責めるラインナップ! =͟͟͞͞(꒪ᗜ꒪ ‧̣̥̇)」

となりつつ楽しみにしていた次第であります。

山本タカト氏は自らの画風を『洋風ポップ』と銘打ち、日本画のテイストをベースにしながらも、洋画のエッセンスを取り込み、自分のスタイルへと昇華されている方でもあります。

その画風は極めてエロティックであり、この方の描く幽霊や妖怪、特に雌型のものは非常に美しく、凄惨な状況を描いているものでも、美しさが際立つ。

二枚目の偽義経は最近映像化が発表された劇団☆新感線のイメージポスターだったので、目にする機会も増えているのではないでしょうか?

多くのアーティストにもジャケット画などを提供されており、MUCCの『脈拍』なども手掛けられております。

この両者のコラボレーションは非常に相性の良いものであったと思います。

山本タカト氏の絵を僕が知ったのは、何だったかなと思ってみたのですが、あるグループ展で目にしたのが最初でした。

今考えても不思議なのですが、既にかなり有名だった筈なのに言うなればまだ素人に少し毛の生えたような方々の展覧会に出されていたのを拝見した時でした。

その時見たその筆の繊細さと、モチーフの興味深さにしばし動けなくなったのを覚えています。

日本画のテイストでありながらも、洋風の美しさをモチーフにするその手法は三島由紀夫を彷彿とさせるものと解釈していました。

このやり方は、既存のモチーフのものをオリジナルにするという事に関しては無敵であると思います。

古き良き古典の世界観を現代に分かりやすく提示する事が出来る。

それは一生掛けても絶対に尽きることのないモチーフに溢れているのですから。

これは決して作家としてディスっている訳ではなく、それを表現できるスキルがとんでもないということです。

そして更に数多の作家が歴史上の人物をモチーフとした作品を制作し、その際にもイメージヴィジュアルを手掛けることも出来る。

そうやって需要に困らないやり方というのは長く続けていくというには、非常に重要な事だと思います。

そして、山本タカト氏の絵には僕はいつも癒しを得ます。

この人の絵には『死の優しさと美しさ』があります。

死って誰にも分からないじゃないですか?

臨死体験とかはあるのかもしれないですけど、誰にも死んだ後どうなるかなんて分からない。

だから死というものには恐怖心が絶対に付き纏う。

その死の瞬間、命が絶たれ、自分がその世界に何の影響も与えられなくなってしまった用のない骸になった自分が無惨なものであるのは哀しい。

という感情が僕にはあるんです。

最期を華々しく飾りたいというのは、誰しもあったりするんじゃないのかな?

そういう心持ちで山本タカト氏の絵を見ると、登場している人物に憧れを抱いてしまうんです。

どんな凄惨な状況であれ、命の最期を華々しく美しく終えられたという羨ましさ。

美しいものに手を掛けられて死の世界への旅立ちを許されるという事は、この上ない生の全うの仕方なのではないでしょうか?

こんな最期を迎える事は出来る事はないと思うが故に、憧れるんでしょう。

安らかな死というものを求めるよりも、美しい物の手に掛かって死にたいと思うのは歪んでいるとは思いつつ、この概念は捨てきれない自分が居ます。

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