三国漢麗劇団物語(BL小説)第11話
十一
ジジッ。
「つッ・・・・・・」
一瞬の痛みが肉の焼ける臭いと交わる。痛覚を刺激しながら肌に押し当てられるタバコの火は香ばしく煙を昇らせて消えた。その場に上半身裸で土下座させられ両手首を後ろ手に縛られた姜維。彼の白く滑らかだった広い背中には、真新しい切り傷と細く長いミミズ腫れと、何度もタバコを当てられたらしい火傷の痕がまんべんなく広がっていた。
「はぁはぁ」
何度も繰り返される体刑に姜維の顔は苦痛に歪められていた。すると、火の消えたタバコをピンっと跳ね棄てて、劉協は足で思い切り姜維の腹を蹴り上げた。
「ぐっ・・・!」
呻いて咳き込む彼の背中を劉協は踏みつける。
「苦しそうな声出すんじゃねぇよ。これはお遊びなんだから、もっと楽しそうに・・・」
言いながら足を浮かせるとその背に思い切り振り下ろした。
「わ・ら・え!」
ぐりぐりと靴底が姜維の背中を抉る。
「は、申し訳・・・ありません!」
なんとか笑ってみせる姜維の髪の毛を劉協は鷲掴んだ。
「おいおいおい、お前乙女役だったんだろ?その気持ち悪い笑顔はなんだ?俺をバカにしてるのか?」
「い・・・いいえ!」
姜維は、汗だくの顔をくしゃっとさせてさらに笑う。
劉協はそんな姜維の笑顔に目を細めた。風がどこからか入ってくるのか部屋中に吊された白い布とともに、かすかに劉協と姜維の髪を揺らした。掴んだ髪の毛をパッと離すと、劉協は何かを考えるように姜維から離れる。劉協の纏う真っ黒なローブの、余った裾が床をスルスルと擦った。
「気持ち悪い」
天井から吊された布に触れながら劉協が呟きだす。
「気持ち悪い気持ち悪い。ああ気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い」
ただならぬ雰囲気に姜維の心拍数が上がっていった。何が起こるのか、今度は一体何をされるのか。焦り、恐怖する。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」
「り、劉協様?」
「黙ってろ!今良いところなんだよ!」
「っ!?」
劉協の言葉にもはや意味がわからず、姜維の胸を緊張感が支配した。するとビリビリと布を天井から引きちぎりながら、劉協は笑い出す。
「うるせっつってんだろ。ああ気持ち悪い気持ち悪い。あの必死な顔、気持ち悪い気持ち悪い。ヒヒ・・・ヒ」
姜維には訳が分からなかった。劉協のそれはまさに発狂に近かったからだ。何がスイッチだったのかはわからない。これまで何度も劉協の虐待に耐えてきたが、こんな彼の姿は初めてだった。
※※※
「これでいいのかな」
「・・・・・・」
「なぁ!」
「うるさい」
大きな扉の両端をそれぞれ守衛するように立つ背の高い男二人。そこに電灯はなく二人の更に頭一つ分の高さにある蝋燭の灯りのみがユラユラ風も無いのに揺れていた。片方の男は自分よりわずかに背の高いもう一人に縋るような視線を送るが、相手は真っ直ぐ前の壁をただ見ているだけだ。その様子にこれ以上は無駄だと感じたのかしょんぼり下を向く。
「・・・・・・兄貴はさ」
「張飛、私のことを兄と呼ぶな」
その言葉に一瞬ぐっと下唇を噛んでから。
「か、関羽はさ、納得してるのかよ」
言い直す。すると相手の男関羽はフゥッと大きなため息をついた。
「ここに立つたび同じことを訊くな」
「だってよ、兄・・・あ、いや、えと、劉備様がこのままじゃ・・・」
「姜維様が姫になってもう一ヶ月経つ。今更我々が何をしても無駄だ」
「俺たち、バラバラになっていいのかよ・・・」
「時代は変わる。古い時代から新しい時代に」
「・・・・・・意味がわかんねぇ」
「そのままの意味だバカ」
張飛は視線を関羽から後ろの扉へと向ける。
「姜維様・・・いや、姜維はどれだけ保つかな」
「劉備様は七年耐えた」
「なんで劉備様は姜維に姫を譲ったのかな」
「・・・・・・さぁな」
「あの日、謹慎ルームの中で何があったんだろ」
「・・・・・・劉備様の傷を見たんだろうよ」
「だったら!」
突然声を張り上げた張飛を視線だけで諫める関羽。
「す、すまねえ。でも、だったら尚更、姫になんかなりたかねえだろ?ほぼ毎晩体を弄ばれるんだぜ?姫なんて名前で誤魔化してはいるが単なる奴隷だろ?」
「その奴隷から解放された劉備様に、また奴隷に戻れとお前は言ってるのか?」
「・・・・・・いや、あのそれは・・・、でも劉備様が!」
「劉備がどうした?」
そこへ突然横槍が入った。驚いて二人は視線を声の方に向けると、そこには暗闇から浮かび上がる四つの影があった。
劇団の幹部達だ。
「戻られたのですか」
関羽が彼らの前に進み出る。そんな関羽に四人の老人達は汚いものでも見るかのような侮蔑の視線を向けた。
「しばらく留守にしていただけでこれはどういうことだ?」
「我らの許可なく寵姫を代えるなど許されるとでも思っているのか?」
「説明しろ」
矢継ぎ早に迫られ関羽は押し黙った。張飛に至っては目を泳がせながらうつむいている。そんな二人の様子に幹部の老人達はやれやれと嘲笑った。
「貴男方に寵姫のことを任せていた我々にも責はあります。今すぐ、劉備を連れてきなさい」
幾分、穏やかな口調の老人盧植がさらりとその名を口にすると、張飛が顔を上げた。
「劉備様を連れてきてどうするんだよ!もう姫じゃねえのに!」
「頭の悪い男だな。劉備には寵姫に戻ってもらうのだよ」
「そう。何進殿の言葉のとおりです。さぁ、連れてきなさい」
そんな!と、焦って口をパクパクさせる張飛とは違い、関羽は数秒目を閉じてから冷静に。
「劉協様はもう姜維様を姫として扱っています。やっと慣れてきたところなのにまた戻せと?」
言い返す。すると重苦しい空気が一瞬だけ流れた。
ドッ。
老人の一人于吉が、不自由な片足を僅かに支えていた長い杖で目の前にいた関羽の胸を突っついて睨み付けた。
「退け。劉協様に訊けば済むことだ。決めるのはお前たちではな││」
「アアアァァアア!」
「!?」
押し問答を繰り広げていると、扉の中からただならぬ叫び声が漏れ聞こえてきた。関羽達が驚いて扉を開けると、そこには。
顔を床に押し付けている上半身裸の姜維と、それを見ながらケラケラ笑っている劉協。そしてその周りの布が紅く燃え上がっていた。
煙たさと、紅い炎と、焦げて白が黒になった大量の布と。一酸化炭素の充満するその部屋はまさに地獄絵図だった。叫び声を上げたのは劉協か、否。姜維だ。
「張飛!消火器持って来い!」
言って関羽は縛られたままの姜維の手首の縄を急いで切る。
「劉協様!こちらにぃ!!」
「お怪我はありませんか!」
幹部の老人四人はそそくさと劉協を部屋から出そうとした。しかし劉協は動こうとせず笑い続けている。
「ヒヒヒヒヒヒ!気持ち悪い!気持ち悪いんだよ!ハハハハ!お前の笑顔は気持ち悪い!あの女思い出す!だからメチャクチャにしてやったんだよーだ!」
劉協の言葉が微かに耳に入ったのか、関羽が姜維の顔をマジマジと覗き見た。たぶん炎を当てられたのだろう。左側の顔が火傷で赤く爛れていた。とりあえず、姜維の意識が無いのを確認した関羽は慌てて彼を抱きかかえて部屋から出る。それと入れ違いで張飛が消火器を両手に二本ずつ携えて一気に火を消していった。火が完全に消えた頃、劉協と幹部達の姿はすでにそこにはなかった。姜維も劇団敷地内にある医療施設に直ちに運ばれたのだった。
※※※
翌日。昨夜の騒動のことを劇団員達には全く知らされることはなかった。
太陽が空の真上に昇る頃、突き抜けるような青空をベンチに座ってぼうっと見上げていた劉備。もちろんそんな彼も昨夜のことは知らない。
「やぁ、劉備君」
そこへ、偶然通りかかった一人の男。
「・・・・・・公孫瓚」
そう名前を呼ばれるとその男、公孫瓚は座る劉備の前に立つ。ちょうど太陽光が遮られて、劉備は影に覆われる。
スッと公孫瓚の顔が劉備に近づいたかと思うと、二人の唇が軽く触れ合った。公孫瓚にとって、まるでそれは挨拶のようなものだったらしい。すぐに離れて、劉備は無表情でそんな彼を見つめる。
「僕の代わりに七年間も姫としてよく頑張ったね。劉備君、君はやっぱり・・・綺麗だ」
右側の皮膚をキリキリと引きつらせて、公孫瓚はニコリと笑顔を作った。
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