三国漢麗劇団物語(BL小説)最終話

最終話



「待ってください」

 美しいドレス衣装を着た司馬懿が全身黒の正服衣装の曹操を追いかける。

「貴男には全てが無駄だと言うのですか!」

「・・・・・・許せエルダ」

 役名で司馬懿に応える。

 あれから半年ほど時は経っていた。そう、クーデターを起こしたあの日から。

 劇団内は荒れるかと思いきや正気を取り戻した劉協がメディアで自ら謝罪をし、全てを打ち明けた。当然責任問題にまで発展したのだが劉協は心の病を考慮され医療刑務所に入れられることになった。しかし、幹部だった老人たちに比べ刑期は著しく軽いものとされた。何より、劉協はしっかりと正気を取り戻していて、フラッシュバックの懸念があるだけだった。

「劉備のおかげだ。罰は軽いが罪は大きい。ここを出たら劇団を立て直す努力をしようと思う」

 そう劉協は語った。

 玄武蜀組は黄忠、趙雲、馬超が抜けてしまったが関羽と張飛、そしてケガから回復した姜維がまだいる多くの団員達を率いることに。更に、現在仮という立場ではあるが諸葛亮がこの劇団をまとめることになった。火傷の痕が左頬に残った姜維を側で見守りながら・・・・・・。

 青龍魏組と朱雀呉組、加えて白虎漢組は以前と変わらずだ。そして今日には無事舞台の公演を迎えられたのだった。『月下の人』の舞台を先に終えた朱雀呉組はファン達との交流に勤しんでいた。そんな中、あの兄弟の姿だけがなかった。場所は医療施設内のある病室へと続く長い廊下。兄弟はお見舞い用だろうか。淡い色の花束を持って歩いていた。

「おや?」

 そんな二人を見かけて、院長の華陀が歩み寄る。

「今日も彼のお見舞いかね」

と、声をかけると二人は足を止めた。

「はい」

 返事をしたのは孫策だ。

「でも彼はいつ目が覚ますかわからんよ。もしかしたらもう目覚めないかもしれない」

 華陀が残念そうに告げる。すると。

「僕たち、彼に謝らないといけないんです」

 孫権が力無く笑いながら言った。ほう?と、華陀が興味を示す。

「彼は心優しい男だ。きっと意識がなくてもちゃんと気持ちは届いているさ」

 笑って孫権を励ました。

「わかってます。僕たちは許されてます」

 という孫権に続いて孫策が頷いた。

「あの時、アイツは全て許すように泣いてた。あんなに傷ついた顔だったのに、慈愛に満ちていた。だからこそ俺たちはやっぱり謝らないといけない。気持ちを伝えなければならないんだよ。それがケジメなんだ」

「そうか」

 兄弟の強い気持ちを知り、華陀はニコリと微笑んだ。

 パタパタパタ!和みさえ生まれた彼らの横を看護師が慌ただしく駆け抜ける。

「ん?おい、どうした?」

 華陀が声をかけた。すると看護師が足を止めた。

「あ、院長!大変です。あの患者さんが、意識を!」

「!!」

 慌てる看護師の後ろに一人の影が立っていた。その影を見て、兄弟は目を丸めた。

「あ、あの、あの時は!」

「ごめんなさい!!」

 思わず兄弟は交互に謝罪の言葉を口にした。 そんな二人を彼はキョトンと見つめていたが、すぐに微笑んだ。

「良かった。意識を取り戻したのだな・・・」

と、華陀がその光景を見守る。すると彼は孫策と孫権の肩をポンポンと優しく叩いてから歩き出した。

「ああ、これこれ!まだ歩いちゃいかん!」

 その様子に華陀が慌てだす。しかし、彼は歩みを止めなかった。ゆっくりゆっくり歩みを進める。孫策と孫権がそんな彼を支えて一緒に歩き出した。

 どこへ向かおうとしているのか。華陀もまして兄弟たちもわからなかったが彼の足はゆっくりだがしっかりと進んでいくのだった。


※※※


「こんなことはおやめください!シュウ覇王!」

「わかっていたのだろう?我がこの世を手に入れたいと!」

 青龍魏組の舞台、『覇王』はもうすぐクライマックスを迎えようとしていた。何もかも手に入れようとした覇王シュウが、隣国のエルダとの愛に溺れ全てを棄てる。そのラストへ向け、空気が張り詰め緊張感と言いしれぬ高揚が舞台と観客席を支配していた。その時だった。ギィッと小さく劇場の一番後ろの入り口の一つが開いた。しかし観客達はそれに気づかない。舞台上にいる司馬懿もだ。しかし、役に入り込んでいた曹操の視界にその時ばかりはなぜだか開いた入り口に気を取られてしまった。本当に、なぜだろう?不思議な感覚だった。

「この世を選ぶか、私を選ぶか、その口からどうかお聞かせください!」

 エルダ役の司馬懿がシュウ役の曹操に最後の台詞のバトンを渡した。ここで、欲しいものはお前だエルダと叫んで幕は降りる。だが、曹操の視線は舞台の入り口に魅入ってしまっていた。

 そこに、立っていたから。


 彼が。


「・・・・・・曹操?」

 セリフのタイミングになっても叫ばない曹操を舞台裏から不振げに見ている脚本家の孫尚香。しかし、次の瞬間。

「欲しい・・・・・・」

 曹操は感情を、気持ちを、溜めて溜めて溜めて、呟き、そして。

「欲しいものはお前だ!エルダ!愛している!!」

 その瞬間の曹操は確かに司馬懿に向かって叫んでいた。しかし、気持ちは違った。彼に言ったつもりだったのだ。舞台の上で役を演じながら彼への告白を司馬懿へ、役へ、ぶつけた。

 観客達はそれがエルダへのセリフだと信じて疑うことはなかった。故に素晴らしすぎるラストにすぐにスタンディングオベーションで拍手を贈った。

 そして、カーテンコール。お辞儀で挨拶する役者達の真ん中にいた曹操が鳴り止まない拍手の中、舞台の上から観客席に飛び降りた。驚いてしかし、黄色い悲鳴を上げる観客の女性達には見向きもせず走った。観客席と席の間の長くゆるやかなスロープを。そして中央辺りで足を止めた。目の前には、彼の姿。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 二人を見て、突如静まり返る観客。ずっと病室で寝ていた彼の寝間着姿に絶句した者も多かった。しかし、その美しさは不思議と際立っていた。

「・・・・・・ぁ」

 曹操は何か言いかけて押しとどまった。

 伝えようと思っていた。何度も。もう伝えられないかと思っていたから後悔していた。だのに、いざ、目の前にすると恥ずかしくなる。舞台の上なら素直になれるのに。

「曹操」

 幾分かやつれた声にビクついた曹操。

「聞かせて」

と、ニコリと微笑む。次の瞬間、そんな彼を抱きしめていた。強く抱きしめていた。

「好きだ。劉備!」

「ああ」

「愛してる!」

「舞台からも伝わっていたよ?」

「くっ」

 あの曹操が涙をこらえ、劉備が代わりに涙を流した。

「やっと言えた・・・・・・お前にやっと!」

 パチパチパチパチ。

 いつのまにか入り口から見ていた関羽と張飛が拍手をすると、孫策と孫権もやれやれといった雰囲気で手を叩いた。それにつられて観客席からも拍手と共に歓声が上がった。祝福されている二人をムスッと不機嫌そうに睨んでいた司馬懿に慰めるように頭をポンポンと叩く曹丕。するとなぜか顔を赤らめる司馬懿。その、新たな恋の始まりを苦笑いながら見守る夏侯惇や張コウ。

 拍手喝采の中、曹操は劉備に今度は躊躇することなく口づけした。

 ヒューヒューと野次られるがそれも心地いいと感じるほど二人を誰も止めることはできなかった。

「良かったね。劉備君。キミは、幸せになるんだよ」

 歓声が漏れ聞こえる劇場の外で、一人の青年が微笑みながら目を閉じた。そして、吹っ切ったように頷いた。

 晴れ渡る青空の下、バイバイと手を振る。

「ねえ、あの人劉備様に似てない??お姉ちゃん」

「えー?どの人ぉ?」

「ほら、あの人」

「だからどの人??」

「あ、行っちゃった」

そして小喬はこう続けた。


 ──右頬は爛れていたけれど・・・・・・。と。


おわり

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