三国漢麗劇団物語(BL小説)第13話



十三

「アナタは、私達の誇りよ」
「そうだぞ姜維。あの三国漢麗劇団に入れるなんて、こんな栄誉なことはない。しっかり学んでトップとして舞台に立ちなさい」
 そう言って、幼い姜維に微笑む両親。その二人の笑顔を前にして嬉しそうに照れてみせるのだ。姜維は、自信に満ち溢れて劇団の門をくぐることになる。 ───まさか、取り返しのつかない事態になるなど決して予想だにもせずに。
※※※
 太陽が沈みかける夕闇の淡い光が窓から入る頃、なんとか回復した劉備が曹操に支えられながら医務室から出てきた。するとそこへ。

「あ・・・・・・」 

劉備が鉢合わせになったその男達の姿を目にして足を止めた。曹操もつられて見ると、目の前に背の高い二人の男が同様にこちらに気付いて足を止めたところだった。

「あ、兄・・・・・・あ、いや。劉備様?なんでこんなところに??」
と、一番に言葉を発したのは男達のうちの一人、張飛だ。
「張飛達こそ」
 劉備がキョトンとした様子で言う。その声色がほんの少しかすれていたのを張飛の隣にいた関羽は聞き逃さなかった。

「何かあったのですか?」 

関羽は言いながら劉備の隣の曹操もチラリと見やる。曹操は視線を横へ逸らした。

「あ、いや・・・」
 どう説明すべきか悩んだ挙げ句。

「ちょっと風邪を引いたんだ」
「風邪・・・・・・ですか」
 それならばと納得した様子の関羽は、しかし劉備の隣の曹操が気になった。なぜこの男と?それを問う資格などないが。関羽は出掛かる言葉を喉の出口で閉じ込めた。
「二人はなぜここに?」
 すると劉備が問う。関羽がハッとして視線を逸らした。張飛も同じように劉備を見ないようにしたが表情が怪しげだ。
「・・・・・・何か、あったのか?」
 半ば何かを悟りかけて、劉備がもう一度聞き直す。黙っていればいるほど怪しさが増すというのに、関羽と張飛は気付かない様子だ。そこで確信する。「・・・・・・姜・・・維に、何かあったのか?」 劉備が口にした名前に関羽はなんとか無反応を貫いたが張飛に至っては目が泳いでてバレバレだった。すると劉備は支えてくれていた曹操から離れて駆け出した。それにいち早く反応したのが関羽で、すぐさま劉備を捕まえる。
「姜維に何かあったんだろ!?何があったんだ!」 腕の中で暴れる劉備に関羽は。
「貴男にはもう関係のないことです。姫でなくなった貴男には!」 
宥めたつもりが、劉備は更に暴れ出す。
「何があったんだ!何が!!」 
その様子に、動いたのは曹操だった。関羽の肩を掴んで劉備と引き離す。
「劉備、行け!」 
そう言って関羽を引き止める。劉備は一瞬の迷いを見せたが、すぐに走った。それを張飛が追う。 施設の中を二人の男が疾走する。劉備の足は速く、張飛はだんだんと離されていき。
「くそ・・・・・・」 
やがて荒く息をしながら足を止めた。 
劉備は施設の中のどこにいるかもわからない姜維を探す。関羽達がこの病棟に来ていたということはこのどこかにいるのは間違いない。病室を一室一室素早く見て回った。あの二人の様子からして、きっと普通の部屋ではないだろう。ということは特別な部屋だろうか。個室かもしれない。劉備は走りながら考える。「こら、君!施設内を走るんじゃない!」
 そこへ注意する男の声が聞こえて、視線をそちらに向けた。
「!」 
その男は偶然にも施設の院長を務める華陀だった。「せ、先生!」 
劉備は華陀に迫る。
「誰かと思ったら劉備君じゃないか。そんなに慌ててどうした?」 
華陀は初老にしては皺の多い顔を心配そうに歪めた。「姜維は?姜維はどこですか!!」
「姜維君・・・・・・・・・?」
「姜維はどこにいるんですか!」
「う、うむ。それは・・・・・・」
「劉備様!」 
口ごもる華陀に迫っているとやっと張飛が追いついた。
「張飛君!」 
助け舟が来たとばかりに華陀の困り果てた顔が張飛に向いた。すると劉備もそちらを向いて掴みかかる。「張飛!どこなんだ?姜維はどこなんだ!!」
 ハラハラとしながら華陀が二人の行く末を見守る中、張飛は迷っていた。姜維のことを劉備に話すべきか。こんな必死な劉備をこのまま封じ込めるのを張飛の中の良心が許せるのか。
「・・・・・・・・・206号室だよ。姜維様は、そこに・・・・・・」
 いつの間にかそう口にしてしまっていた。ここに関羽がいたら、きっと張飛も簡単には口を割らなかっただろう。華陀が残念そうな表情を浮かべる。しかし構わず劉備は206号室へと走っていった。
「張飛君、いいのかね?」
「仕方ねぇよ。俺達のせいで姜維は・・・・・・」「・・・・・・君達のせいじゃない」
※※※
 夕陽はすでに沈みきっていた。部屋の電気は点いているのに妙に暗く感じるのは、部屋が隔離されているからだろうか。真っ白な天井の何もない一点を姜維は右目だけで見つめていた。左側の頬がとてつもなくヒリヒリジンジンとして痛みはそこに集中していたが、もはや体中が痛くてたまらなかった。しかし、まだ麻酔から醒めたばかりの姜維は静かに息をするだけだった。痛みとは反比例してぼやけた頭の中で状況を整理しようとしている姜維を邪魔する思い出。夢を見ていたのだ。両親の夢を。貧乏だった家庭で生まれた姜維の夢は三国漢麗劇団に入ること。しかしレッスンにも通えず独学で勉強して近くの海で毎日発声練習をした。そこへたまたま通りかかった男にスカウトされて。それが諸葛亮で。両親は喜んだ。劇団に入ることになって、お金もたんまりともらえて、たぶん両親は今裕福な暮らしをしているだろう。
 嬉しくて、トップになればもっと両親を喜ばせられる。そして、自分にいつの間にかプライドも備わった。劇団総監督の諸葛亮との甘い時間を過ごすことで、それは確実的なものになり、愛する人と将来を約束されあとは着実にトップへと上り詰めることができるわけだ。
 しかし、自分の入った玄武蜀組にはおかしな存在がいた。そう。『姫』だ。
 姫にならない限り、真に上り詰めることはできない。
 両親もいつしか手紙さえ寄越さなくなった。噂では豪遊に豪遊を重ねて、息子のコネで好き勝手暮らしているという。劇団に入ると退団するまでは外の世界にはなかなか出る機会がない。家族と疎遠になるのは団員の間ではよくあることだ。その代わり、お金ばかり団員だけではなく家族にも流れ続ける。そうやって、劇団の幹部達はわざと団員を家族と疎遠になるよう引き離し金儲けのために意のままにするのだ。
 大昔にあった遊廓のような。親は、ちょっと小綺麗な息子を売り飛ばして、金をもらって幸せを得るというような。
 団員達の家族全員が金に目が眩むわけではないが、たぶん大半の者が金の亡者ではあるだろう。それほどの大金が家族には支払われるのだ。今のこの世の中は少しの貧富の差が命取りになる。金のあるものが偉く、無いものはいつまでも虐げられる。そんな世界なのだ。
 姜維は両親と自分のために姫になることを目指した。姫になれば、両親は喜ぶ。そして自分は完全な地位を獲ることになる。愛する人、諸葛亮の想いに応えられる。
 その結果が、これなのか。姜維の右目から大粒の涙が流れた。
 その時、扉の外がやけに騒がしいのに気付いた。隔離されているといってもここは普通の病室のすぐ近くだ。だから誰かが入ってこないように扉の前に見張りが立っていたのだが、どうやら揉めているような争う声が聞こえる。姜維のぼんやりする思考が何かを察した。どこかで聞いたことがある声。しかし、ちょっと声色はかすれている。
「姜維!」
 しばらくして勢いよく引き戸式の扉が開いた。「ま、待ちなさい!劉備さん!」
 扉を見張っていたガードマンが病室に入ろうとする劉備を止める。しかし、姜維はその様子を見ることのできない状態だった。
「離せ!」
 どこかか弱さのある劉備だが、そのときばかりは不思議と物凄い力でガードマンを引き剥がした。そしてベッドに横たわる姜維の側へ歩み寄る。「・・・!・・・・・・・・・」
 劉備は汗だくの顔を凍らせた。包帯でグルグル巻きの顔の姜維を見て・・・・・・。 右目のところだけ包帯は巻かれていなかった。姜維のうっすら開けたその右目が絶句の劉備を見つめる。
 ああ、劉備様だったのか。
 声を出したかったが姜維の喉は煙を吸い込んだことによって火傷していて痛みが走ったので出すに出せなかった。そんな姜維を見ながら劉備はゆっくりその場に崩れる。ワナワナと震えが止まらず、それは怒り、悲しみ、後悔、どの感情が正解なのか。否、全て正解なのかもしれない。
「おい!劉備!」
 そこへ曹操がやってきた。ガードマンはまた止めようとするが曹操の少し後ろにいた関羽が止めなくていいと首を静かに横に振ったのでそれ以上何もしなかった。曹操は部屋に入って姜維の姿と膝を折ってしゃがみこむ劉備を目撃する。そしてとりあえず劉備の側へ近づいた。
「劉備・・・・・・」
 何と声を掛ければいいのかわからない。劉備にも、姜維にも。
「兄貴!」
 開いたままの扉の外で、関羽と合流した張飛。
「張飛・・・・・・」
「すまねぇ。でも、劉備様の必死な様子見て・・・・・・」
「いや、もういい。私も曹操を連れてきたのだから」「・・・・・・・・・そか」
 関羽と張飛も部屋に入り、扉を閉めた。重い沈黙の中。姜維が透明な酸素マスクを曇らせながら深く息をする音だけがやけに響く。
「・・・・・・・・・だ」
 すると、劉備が何か呟いた。姜維以外の三人が劉備に注目する。
「・・・・・・同じだ」
「劉備?」
 すぐ隣にいた曹操が微かに聞き取った。
「同じだ・・・・・・」
「・・・・・・何がだ?」
「公孫瓚のときと・・・」
「・・・・・・・・・?」
「公孫瓚も、あの方に・・・・・・」
「あの方?」
 曹操はあの方というのが誰だか知らない。すると曹操がチラリと関羽と張飛に視線を向けた。その視線に二人は今度は一切逸らすことなく見つめ返す。
「兄貴、曹操に言ってもいいか?」
「・・・・・・仕方ない」
 短い返事を聞いて、張飛は話し出した。
「曹操、アンタに話してやるよ。全ては無理だが一部始終をな」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?