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感傷プロフェット試し読み用

序章

大陸一の王国、スキアパレリ。この国が他国と戦争していたのはもう三十年も前の話。現在の国王ナトゥラレスは前王が勝ち取った領土と絶対的な統制力を受け継ぎ国を治めていた。
 歳は六十二を過ぎたがまだまだそのカリスマ性は計り知れない。その証拠にスキアパレリはとても豊かで平和な国として広く知られていた。広すぎる王国をナトゥラレスは見事な統率力を駆使し、維持していた。
 しかし、長きにわたる平和と安寧。それが崩れ去るのはいつも緩やかな前兆の後だ。平和条約を結んでいたはずの国同士でさえそれぞれの駆け引きで優劣を図ろうとするし国境近くでは常に争いは絶えない。
 スキアパレリも例外ではなかった。

「アニクシ様!アニクシ様死なないでくれ!」
 王宮の地下室の奥で必死に叫ぶ声が響いた。
 そこは数本の蝋燭の灯りが揺れるのみの薄暗い部屋だった。その中央にある祭壇のようなベッドの上に横たわるのは今にも息絶えそうな老人アニクシ。
「………王よ、情けない姿ですな」
 横たわるアニクシの隣で彼の名前ばかりを呼ぶのはスキアパレリの国王、ナトゥラレスだ。そんな王を見てアニクシは穏やかに微笑む。その顔に生気はすでにない。
 この部屋には彼ら二人以外誰もいない。
「アニクシ様が死んだら、儂はどうすればいいのだ!」
 王は必死に叫ぶ。するとアニクシは。
「大丈夫。我が息子が、跡を継ぎます。我が、息子は…神の……」
 最後はボソボソと呟き、アニクシは息絶えた。
 王は一人、目を丸々とさせていた。目の前の老人が亡くなったという事実と、その最期の言葉のあまりの衝撃に驚き。
 王は重厚なマントを翻し、老人の遺体をそのままにして部屋を出て行く。
「ナトゥラレス王、アニクシ様は亡くなったのですね?」
 部屋のすぐ外にいた宰相オスクロが王に跪き確認を取る。王からの返事はない。
「ナトゥラレス王?」
「……オスクロ、」
「はっ」
「直ちに連れて来てほしい者がいるのだ」
「どの者をでしょうか?」
「アニクシ様の息子、リオンダーグ様をだ」

 長きにわたる平和と安寧。それが崩れ去るのはいつも緩やかな前兆の後だ……。

  第一章

 深い森の中を二頭の馬が駆ける音。普段聞かない音に鳥や小動物が驚き逃げていく。
 馬達は森の奥の小さな小屋の前で足を止められぶるぶると唸った。
「ここですか?スティネル将軍」
 茶色い毛の馬に乗る若い騎士の男が前方の黒い毛の馬に乗る全身黒ずくめの男に尋ねる。
「そのはずだ」
 二人は馬から降りて手綱を引きながら。
「誰か!誰かいないか!」
 小屋に向かって声を張り上げた。しかし、鳥達がバサッと逃げていったのみで小屋からは返事がない。
 黒ずくめの男、スティネルは若い騎士に視線で中を探れと指図した。
 若い騎士は扉をノックしてみる。しかし返事はなく、小さな窓から中を覗いた。中は昼にしては薄暗いが誰もいないようだ。
 若い騎士がスティネルに向かって首を横に振った。
「出かけてるのかもしれませんね。どうします?」
 その時、スティネルが何かの気配に気付いた。視線だけをギロリと走らせる。殺気が放たれて、若い騎士が思わず息を飲んだ。
「……そう遠くない。行くぞフェルデ!」
 何かを感じたスティネルは馬に跨がり駆ける。若い騎士、フェルデも慌てて馬に乗って後を追った。
 馬で駆けるほどに森の中がざわつく。しかし構わず馬で進む二人。やがて昼だというのに不気味な暗闇が現れ、馬達が何もしていないのに急に止まり前脚を振り上げた。
「うわぁ」
 フェルデが思わず馬から落ちてしまう。スティネルの方は落馬せずに馬を落ち着かせながら目の前を睨みつけた。
 何か、いる。
 それは鳥ではない。小動物でもない。もっと大きな、大きな大きな何か。
 スティネルが馬から降りて手綱を放し剣に手をかけながら前方へ歩む。フェルデも慌てながら後をついていく。
「なっ」
 少し進んで草木のない少し開けたところを見つける。その時、フェルデが思わず小さな声をあげたのだ。
 その、森が開けたところには、何とも立派すぎる大木が存在していた。
「き、気持ち悪っ」
 フェルデが言った。もちろん、大木に向かってだ。
 なぜそんな言い方をしたかというと。
 形は確かに大木なのだが、表面はなまめかしくヌメっとしていて大木から生える無数の枝という枝がウネウネと動き、まるで触手のようだった。腐った枯れ葉がバラバラと落ちてくる。
「こ、こいつはあれですか?」
 フェルデが恐る恐る隣のスティネルに思い当たるものの確認を求めた。
「……キラーツリーだな。それも特大の」
 スティネルが落ち着いた声で答えた。
 キラーツリーとは木がモンスター化したものとされる。しかしこれほどの大きさはなかなか存在しない。
「あ、あそこ見てください!」
 フェルデが指さしたのは空中。触手と化した枝が集まっていた。
「あれ、人ですよ!」
 フェルデの言葉に耳を疑った。スティネルは目を細める。
 確かに、一人の人間が触手に絡まっている。
「あれ、し、死んでるんでしょうか??」
「……助けるぞ」
 スティネルが剣を抜こうと柄を握った。その時だった。
「待って」
 二人のすぐ後ろから声がしたのだ。
 気配に気付かなかった二人はその声で後ろに人がいたことに気付いた。慌てて振り向くとそこには銀髪の青年が立っていた。
「あ、アンタは??」
 フェルデが警戒する。
「……名乗る必要ある?」
 青年はツンと言い返した。
「な、」
 想定外のことに絶句するフェルデ。
「……あの人間の知り合いのようだが、助けなくていいのか?」
 スティネルが殺気を放ちながら尋ねる。
「いいよいいよ。お仕置きしてるだけだから」
「は?」
 あっけらかんと答える青年の言葉に間抜けな顔になるスティネル。
「ほら、よーく見てごらんよ。気持ちいいことしてるだけ」
 クククっと面白そうに笑う青年。二人は再び触手に絡まる人間を凝視してみた。
 触手がその人間の服の中をまさぐっている。触手から絶え間なく溢れる液体が体中をドロドロにさせて。口にも触手は入り込み。
「彼女をわざとキラーツリーに犯させているのか!」
「……ふふ」
「何笑ってんだ!スティネル将軍!彼女を助けましょう!」
 怒りに震えるフェルデがスティネルを促して共に剣を抜いた。キラーツリーは巨大なくせに一人の人間を侵蝕することに夢中で二人に気付いていない。走りながらフェルデは侵蝕に夢中な触手を、スティネルはキラーツリーの巨大な根本を。
「おおおおおおおお!」
 雄叫びをあげながらスティネルは根本に斬りつける。遥かに短い剣だったが斬りつけた瞬間光を放ち巨大な大剣となった。それは見事に巨木の根本半分ほどを裂いた。
「へぇ、やるじゃん」
 銀髪の青年がヒューと口を鳴らした。
 フェルデのほうは触手達を犯している人間から切り離す。
 触手から解放された彼女を抱えて地面に降り立った。
 キラーツリーは巨大なだけで特に生命力が強くはなかったようで切り裂かれた根本から煙のような黒い生気を放ちながら一気に朽ちていった。
「女は生きているか?!」
 スティネルが剣を鞘に戻しながらフェルデに歩み寄る。
「はい。何とか息してます!」
 安堵が広がった。そこへ、パチパチと手を叩く音が聞こえる。
 スティネルとフェルデがギロリと冷たい視線を向けた先には銀髪の青年。
「貴様、何者だ?モンスターを使って女をいたぶるとはどういう」
「女じゃないよそれ」
「は?」
 スティネルが、間抜けな顔になった。その横でフェルデが何かに気付いて「あ、」と小さく声をあげた。
「男ですこの人」
 気絶しているのが女だと思っていたがよく見ると男だということに気付いたのだ。
 触手に犯されていたときは遠目だったとはいえ彼を女だと思い込んでいた二人。いや、キラーツリーが触手で犯している相手がまさか男だとはさすがに思わなかったのだ。
 しかし、キラーツリーの体液まみれのその男はそれでも端正な顔立ちに見える。髪は肩までの黒髪で、華奢な体、色白だ。しかし何だか違和感が。
「で、お前たちは何者なの?」
 銀髪の青年が訊ねる。
「……まず貴様からが先じゃないのか?」
 スティネルが苛立ったように言い返した。
「だから、何で名乗る必要あるのさ」
 苛立ち返す青年。それを見てらちがあかないと思ったスティネルは怒りを鎮めるように深く息を吐いてから。
「私はスティネル。こっちは私の部下のフェルデだ。探している者がいる」
「ふーん。探している者って?」
「それは言えない」
「ふーん。ま、別にどうでもいいけど。その人返してよ」
 青年は彼らに歩み寄る。
「スティネル将軍、この男を渡していいんでしょうか?保護したほうが」
「フェルデ、王からの命令を優先させるべきだ」
「でも」
 青年に聞こえないように小声で耳打ちしあう二人。
「何コソコソしてるのさ。さぁ、渡してよ」
 目の前で足を止めた青年。
「お、お前、またこの人を変な目に遭わせるんじゃないだろうな!」
 フェルデが声をあげた。
「だったら何?なんか文句あるの?」
「ふざけてるのか!命を落としたらどうするんだ!」
「えー、そんなこと言われてもー。それなら勝手に逃げるんじゃない?」
「逃げられなかったからこうなったんだろう!」
「死んでないじゃん」
「あのなー!もしものことがあるだろって言ってるんだよ!」
「だから、そのもしもが起きるなら逃げるんじゃない?」
「お、お前、な、な」
 会話が成り立たなくてフェルデはもはや言葉にならない。
 二人のやり取りを見ていて、スティネルはふむと何かを悟った。
「銀髪の青年、もしかしてアニクシという名を知っているか?」
「スティネル将軍!こんな奴にその名前を軽々しく!」
「どうだ?」
 慌てるフェルデをよそにスティネルは落ち着いてジッと青年を見つめた。
「ああ、知ってるよ。死んだんでしょ。その人が言ってた」
と青年は答えた。
「な、なんで王宮に仕えるものでも一部しか知らないことをお前達が知ってるんだよ!」
「と、言われても。アニクシは僕たちの父親だからね」
「………は、え?」
「やはりな」
 フェルデが困惑する横でスティネルが納得した。
「失礼いたしました」
 スティネルは言いながらひざまずいた。
「ナトゥラレス王の命によりお迎えに上がりました。アニクシ様の御子息、リオンダーグ様」
 スティネルの様子にようやくフェルデも悟りひざまずいて頭を深々と下げる。
 キョトンとする銀髪の青年。
「……ああ、違う違う」
「え?リオンダーグ様じゃ?」
「それはその人」
 キラーツリーの体液まみれの黒髪の青年を指さす。
「え」
「僕預言者じゃないよ。先のことなんて見えないし。見えるのその人のほうだから」
「あ、だからもしものことがあるって知ってたら逃げるって、そういうことか」
 誰にも聞こえないような声でボソボソと独り言を言うフェルデ。
「……って、納得できない!偉大なる預言者、アニクシ様の御子息をこんな目に遭わすなんて、なんて罰当たりなことを!って、貴男も御子息だっけ?」
「アニクシの息子は僕たち二人。これでも双子なんだけど、似てないってよく言われるー」
 あははと笑う青年。
「僕、その人の双子の弟、エルネキアだよ」
「エルネキア……様?双子?」
 聞いたことのない名前にスティネルもフェルデもなんとか理解しようとする。しかし先ほど感じた違和感はエルネキアとこのリオンダーグが確かによく似た顔立ちだということだ。
「スティネル将軍、王はリオンダーグ様のみをお連れしろとの仰せでしたが、エルネキア様…もお連れするのですか?」
「………」
 スティネルは小声で訊ねてくるフェルデをチラリと見てから。
「我が王の元へリオンダーグ様をお連れしたいのですが」
 正直に話を切り出した。
「奴隷にでもすんの?」
 エルネキアがクスクス笑いながら言う。
「そ、そんなわけないだろう!アニクシ様の跡を継いでもらうのだ!」
 フェルデが声を荒げる。
「冗談の通じない男だなぁ。大丈夫。その人は僕の奴隷だからー」
「な!」
「フェルデ!冗談だ。聞き流せ」
 エルネキアに噛みつきそうなフェルデを諫めるスティネル。
「その人を連れて行くなら僕も行くよ」
「わかりました。では、参りましょう」
「あ、あの、スティネル将軍?」
「どうしたフェルデ?」
「リオンダーグ様をこのお姿のまま連れて行くというのは……」
「………あ、ああ、それもそうだな」
「この近くに湖あるよー」
 エルネキアの案内で湖へと向かいリオンダーグの体を清めてから王宮へ向かった。
 しかしまだリオンダーグは深い眠りの中にいる。

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