三国漢麗劇団物語(BL小説)第18話



 十八

 ずっと、好きだった。劇団で初めて見かけた時から、ずっと。曹操は、青龍魏組でありながら他の組の団員である彼のことが好きでたまらなかった。 いつの間にか、トップとして舞台に立つようになって。組トップが他の組のトップを好きだなどとはタブーも通り越していたのに。故にサロンで見かける彼を恋しく気にかけることしかできず。
 好きだと、伝えなければならない。伝え、なければ。
※※※
 クラシック音楽が軽快に流れている。それと同時に笑い声も聞こえる。円卓を囲む五つの革の椅子。真ん中だけ空けられたそこに座るべき人物はいない。今は。
 他の四つの椅子に背骨を丸めて、あるいはふんぞり返って座っているのは劇団幹部の老人たちだ。笑い声は彼らからのものだった。
「まったく、手こずらせてくれたな。結局、劉備は劉協様のもとへ返すことができたから良かったものの」
と、満足げにグラスに入った赤ワインを一気に飲み干すのは老人たちの中でも最年長の于吉だ。
「今頃劉協様はお楽しみであろう。お盛んなことだ。劉備が女であれば跡継ぎも作れたものを。いくら美しくても男の体ではさすがに子は産めぬ。そこが実に惜しい」
 言いながら静かに笑うのは王允。その隣で盧植が含み笑いをする。
「劉協様を狂ったまま抑えつける効果があるだけでありがたいでしょう。何せここは、我らの天下ですよ」
「盧植殿の言うとおり。この劇団はいくらでも金を生み出すことができる。・・・・・・おい!酒がないぞ!」
 グラスをブンブンと振り回しながら酔っ払っている様子の何進。その言葉に部屋の隅に立っていた趙雲が慌ただしく新しいワインを用意しだした。それを細い目で見守るのは黄忠だ。彼らは姫を護るフリをして老人たちの指示通り動く、言わば駒。趙雲、そして馬超は実はお偉方の子息で、大した美貌も実力もないのに親が金を積み劇団に入ることができた。もちろん、幹部たちがその金を掌握し、そのまま彼らを直属に部下としたのだ。
 そして。
「そろそろお前も幹部として昇格させてやらねばな」 
于吉が黄忠に告げた。黄忠は幹部に最も親しい劇団員だ。
 すると黄忠は表情を少しも変えず隣にいる男をギロリと睨む。
「ああ、黄忠気にするな。この男も我々の仲間に入りたいそうだ。この金の生まれる劇団の甘い蜜を吸う・・・な」
 于吉の言葉に黄忠はフンと鼻から息を吐いた。そんな隣の黄忠を疎ましげに思いながら立つのは。
「なぁ?諸葛亮」
 そう。諸葛亮だった。
「劇団総監督の君が仲間になってくれて嬉しいですよ。これでもっとこの劇団を我らの意のままに操れますからね」
 盧植のニヤニヤとした顔を無表情で見つめる諸葛亮。
「この世の金という金が手に入る・・・・・・!ハハハハ」
 于吉が笑うと、他の老人三人も高笑った。その時だ。
 コンコンコン!と、扉を何度も叩く音がクラシック音楽に負けぬほどに鳴り響いた。
「なんだ?こんな時に」
 一気に気分を落とす老人たちを気にしつつ趙雲が内側から扉を開けた。するとドンとそれを押しのけて慌てて入ってきたのは馬超。
「慌ただしいぞ。どうした?」
 不機嫌を露わにする老人たちのうち、一番険しい表情の王允が問う。
 馬超は走ってきたらしく息を切らしていた。
「な、流れてます!」
「?」
 馬超の言葉に、一瞬意味を考える一同。すると馬超がゴソゴソと何かを取り出した。
 タブレットだ。
「!?」
 その画面をよーくよーく見てから一同の顔付きが青ざめる。
「ここではないか!」
と、于吉。
「そうです!今この場所でのやり取りがリアルタイムでネットに流れてます!!」
「どういうことだ?!」
 カメラをキョロキョロと探すが見つからない。しかし映し出されている元を辿っていくと一人の人物に行き当たった。それに一番最初に気付いたのは黄忠で、黄忠の視線の先には。
「諸葛亮!?」
「どういうことだ!」
黄忠が発した名前に腰掛けた椅子を弾きながら立ち上がる老人たち。
「・・・・・・これ、ですか?」
 諸葛亮はネクタイピンを外してみせた。それと同時にタブレットに映し出されている映像も動く。
「ど、どうして!?」
 誰もが驚いていた。しかしもう後の祭りだ。
 諸葛亮は無表情のままで口を開く。
「クーデターです」
「は?」
「劉備は今頃曹操に助けられてますよ。私は、関羽たちに頼まれこの小型のカメラを付けてここに来ました。そして、凌統がこの映像をネットに流してます」
「なぜ裏切る!?金が欲しくないのか!!」
と誰かが叫んだ。
「金?・・・・・・そんなものいりませんよ。私はようやく気づいたのです。本当に大切なものに。そして、その大切なものを傷つけられた。・・・・・・一生消えないかもしれない傷をつけられた。やったのは劉協様ですが、そもそも劉協様を狂わせることで裏で牛耳っていたのは貴男方だ」
「そうだぜ!」
 そこへ駆けつけたのは張飛と関羽だ。
「メディアに通じてる凌統に協力してもらって全て流させてもらった!問い合わせ殺到だぜ?これはどういうことなんだってなぁ!」
「ば、馬鹿な・・・・・・」
 ヘナヘナと崩れ落ちた老人たち。他の者は青ざめたまま立ち惚けたままだ。
「ネットだと拡散も早いだろう」
 という関羽の言葉に。
「この劇団が終わるぞ。世界中に混乱が起きる可能性だってあるかもしれない」
 黄忠が青ざめながら吐き捨てた。
「そんなの、覚悟の上だ」
 関羽、張飛、諸葛亮の眼差しはとても強く。
「愛する者を犠牲にしてまで成り立つ幸福なんてないんだよ」
 意志のあるものだった。
「・・・・・・くっ!」
 そんな彼らの前で、黄忠は膝をついて悔しさを爆発させる。震える馬超の手で掲げられるタブレットからは絶望とクラシック音楽のみが流れていたのだった。
※※※
 ずっと好きだった。
 伝えよう。
 そこから、何が始まるか終わるかなんてわからない。
 大切な貴男に、曖昧な言葉じゃなくて、好きだったと。
 ずっと、ずっと好きだったと。

 ──現在、劉備は出血多量で意識不明の重体。

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