三国漢麗劇団物語(BL小説)第10話







 真っ暗な空間に大きな円卓。革製の立派な五つの椅子が等間隔でその円卓を囲む。今時珍しい蓄音機からはどこかで聴いたことのあるようなクラシック音楽が流れていた。パラパラと資料を捲るのは、椅子に座った四人の男。一通り資料に目を通すまで黙っていたその中の一人がいち早く読み終わってから顔を上げた。

「いつの間にか、こんなことになっていたとは・・・」

 それをきっかけに他の三人も一斉に顔を上げる。

「許されるわけがなかろう。あの御方・・・劉協様の寵姫となるべきなのは劉備だけだ」

「そうだぞ。我らが留守にしている間に劉備が勝手なことをしたのだ。だが劉協様からお叱りを受けるのは我らなのだぞ!」

「しかし、誰がこんなことを許したのか」

「劉備の独断ではないのか?マスコミにもリークして既成事実を作ったのだろうよ。でなければ我々の決定待たずしてこんな短時間に寵姫を代えることなど・・・・・・」

「ふふふ。皆様勘違いしてませんかね。寵姫についてどこのマスコミも書いてはいません。書いてあるのは劉備が玄武蜀組のトップから退いたということだけ。そもそも寵姫という存在を知るのはこの劇団内でも一部の者のみ。劉協様のもとに、劉備を返すことは容易ではないですか?」

「では、玄武蜀組トップでなくてもいいと?単なる一劇団員でもいいというのか?」

「トップにこだわる必要はありませんよ。それに、劇団員でなくてもね。そのほうが都合もいいのでは?常に劉協様のもとに劉備を置いておける。余計なことに時間を割かなくて済むでしょう?」

「ははは!盧植の言うとおりだ!もう劉備は劇団員ではなく劉協様の寵姫役のみで決まりだ!」

「盧植と何進がそう言うのなら・・・なぁ?王允」

「于吉殿、我々は劉協様のことを第一に考えていればいいのだよ。まして何進殿、盧植殿が決めることでもないのだ。まずは、劉協様の意見を仰ごうではないか」

 そうだなと、四人は一斉に腰を上げた。


※※※


 その日は、朝から強い雨が降っていた。灰色の雲の隙間からは雷の存在が確認できる。それでもいつものように稽古をする劇団員達。レッスン場はある程度防音ではあるが、屋根に当たる雨粒の音が微かに聞こえてくる。

「見てしもたー!」

 朱雀呉組でひときわ大きな声を上げるのは劇団員の一人、凌統だ。

「凌統、どこに行ってたのかと思ったら外にいたのかよ」

 甘寧がストレッチしながら呆れたように言うと、凌統はなぜか親指を立てて得意顔を見せる。

「とりあえず、頭濡れてるぞ。ちゃんと拭いとけ」

 甘寧がタオルを投げてよこした。凌統は受け取ると頭にそれを被って彼の隣にしゃがみこむ。

「見てしもたんやて」

「何を?」

 ストレッチを続けながら凌統の相手をする甘寧がウンザリしながら耳を傾けてやる。すると凌統は含み笑いをしながら。

「く・る・ま!」

「車ぁ?誰の?」

「幹部達の!」

「・・・あいつらやっと帰ってきたのか。今回はどこで誰と密会してたんだろな」

「どーせまた政界トップとやで!この劇団からは莫大な資金が生まれてるやん?今度の公演でどれだけの金が動くことか!あー怖いなー!」

 言いながらわざと震えてみせる。その様子を呆れて見ながら甘寧はストレッチを止めた。傍らに置いていたスポーツドリンクをひと口飲んでから。

「玄武蜀組のこと、どうなるんだかな」

 溜め息混じりに言うと、ワシャワシャと頭を拭いていた凌統の動きが止まる。

「それもそやな。でも、次の乙女トップ決めるんも公演と同じくらい大イベントやで?金が流れてくるとこがちゃうだけで」

「こっちにとばっちり来ないことを祈るのみだな。蜀組は蜀組で勝手にやってくれってな」

「そゆことー!」

 二人の会話がちょうどひと段落したところで、集合の声が掛かった。集まる団員達の中にあの兄弟の姿がない。

「あれ?今日も孫策さんと孫権さんお休みなんですね?」

 陸遜が何気なく呟くと、周りがざわついた。あの、劉備との一件があってから二日経っていた。昨日と今日、兄弟は稽古を休んだのだ。まだ劇の公演まで三週間あるが、心配する朱雀呉組の劇団員達。

「稽古熱心な奴らなのになぁ」

「なんかあったんかな?」

 甘寧と凌統も密かに彼らを心配するのだった。


※※※


「ぬぅ」

 昼。広い食堂の中にいくつかあるテーブルを丸々一つ占領して、椅子に座った男が唸る。

「ぬっ!?・・・ぬぬっ!」

 何度か不気味に低い声を上げてみせると、彼を囲んで立つ三人の男が彼の手先に注目した。

「で?」

「なんと?」

 手先にあるのは花札だった。花札をひし形に一枚ずつ並べてそれを見て唸っていたのだ。

「こ、これは!!」

 唸っていた男、張角は驚きの声を上げ。

「不吉なことが起きそうだ!」

と続けた。

「不吉なことねぇ」

 呆れるのは大柄の男、孟獲。すると隣の一回り小柄な男、袁紹がやれやれと首を振った。

「な、なんだ!お前たち!私の占いが信用できないのか!?」

 張角が思わず立ち上がる。

「董卓が退団処分させられて俺たちには十分不吉なことが起こったじゃないか。そもそも、この占いはなんだ?」

 残るもう一人、落ち着いた口調の男、呂布が張角を突っ込む。

「何だと言われても、花札占いではないか!」

「そんな占い、聞いたことないし」

 呂布の冷たい突っ込みに張角が顔を真っ赤にさせた。

「と、とにかく、我々白虎漢組のことを占ったのではない!この劇団全体のことを占ってやったのだ!」

「占ってやったのだと言われても、頼んでない」

「まぁまぁ、呂布。張角の占いはそれなりに当たる。それなりに、な

 『それなり』とやけに強調して袁紹が呂布と張角の二人を宥めようとした。しかし張角に睨まれた。

「俺たち白虎漢組の中から姦淫行為した奴が出たんだぞ?ただでさえ俺たちって肩身の狭い思いしてきたのによぉ。董卓のヤロー」

「孟獲、そのことはもういいだろう。過ぎたことだ」

 また袁紹が宥め役になる。

「袁紹は董卓と仲良かったくせにやけに冷めてるではないか」

 言いながらしかしさほど興味はないようで花札を片づけ始める張角。それをわかってて袁紹も特に返事はしなかった。

「まぁ、董卓の姦淫行為の噂は後を絶たなかったからいなくなって清々するけどなぁ」

と、孟獲が意味ありげな視線を遠くへ向けた。

「白虎漢組の中にも董卓の犠牲者が・・・・・・ほら、噂をすれば」

 その視線の先には昼食を食べに来たらしい一人の男の姿があった。比較的大柄な団員の多い白虎漢組の中で、その男は小柄で細く、色白で儚げな美貌を放っている。

「嗚呼、公孫瓚か」

 四人はその男、公孫瓚に見惚れた。

「白虎漢組の事実上の乙女役トップだからなぁ」

 孟獲がトロンとした視線を彼に送った。そんな隣で花札を片づけ終えた張角がそういえば、と思い出したように口を開く。

「確か昔、玄武蜀組の劉備とよくその美しさを比較されてたではないか。劇団のツートップとして一時期話題だったぞ」

「八年前だろぉ?俺は入団したばかりだったからあんまり憶えてないけどな。呂布も知らないだろ?張角が憶えてるなら袁紹さんも憶えてるのか?」

 孟獲の言葉に、なぜか呂布と袁紹が互いの視線を合わせた。そしてどちらもそれをゆっくり外すと先に袁紹が口を開く。

「私も詳しくはないがな」

と、短く答えた。すると呂布はジッと遠くで食事している公孫瓚の顔を見ながら首を傾ける。

「あいつは・・・、あの顔になったから白虎漢組に降格したのだろ?」

 彼の言葉に今度は張角と孟獲が視線を合わせた。

「うーん。あの痕なぁ。目立つもんなぁ」

 孟獲の言葉は、公孫瓚の右頬から首筋、鎖骨にかけての火傷の痕らしき皮膚の爛れを指していた。

「左側から見れば劉備と比較されてたことは察するがな」

 袁紹がそう言うと頷く後の三人。

「!!」

 しかしすぐそれぞれの視線が泳ぎだす。公孫瓚の視線がこちらを向いたからだ。きっと気付かれたのだろうがそれでも慌てて見てなかったという振りをしてみせた。そんなバレバレな装いに公孫瓚もすぐ目を伏せた。美しい長い睫がピクリと動いたことは距離のある彼らには気づかれることはなかった。

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