三国漢麗劇団物語(BL小説)第14話



十四



「今から8年前、姫は誕生した」

「最初の姫は劉備様じゃなく、当時玄武蜀組乙女役トップの公孫瓚だったんだ」

 関羽と張飛が交互に話し出す。

 そう。それは八年前に遡るのだ。

 八年前、当時の玄武蜀組に、十五歳の劉備と二つ年上の十七歳の公孫瓚はいた。二人は多少の違いはあれど、外見の美しさは同格でまるで双子のようだった。しかし、劉備と公孫瓚には才能の点で大きな違いがあった。劉備は平凡な才能しかなく、しかし公孫瓚は天才的だったのだ。公孫瓚は十七歳ですでに玄武蜀組乙女役トップとなる。

「そして姫として見出された」

 関羽が言うと、曹操は。

「姫とは一体何だ?」

 一番根本的な疑問を口にする。

「あの方を鎮めるためのもの。生け贄、慰め者、奴隷・・・・・・」

「あの方というのは?」

「・・・・・・・・・この劇団の会長、劉協様だ」

「!?」

 劇団創始者の子孫である劉協。名前だけが一人歩きしているが、その存在は外にも劇団内でもトップシークレットだ。マスコミはその謎めいた存在をよく面白おかしく取り上げたりはしているが、劉協自体公には一切姿を見せないままだった。

「なぜ、トップシークレットなのか、それはまだ会長が幼いからだ」

「ちょっと待て。前会長が亡くなってだいぶ経つ。前会長の子どもである劉協が幼いはずがない。最低でも30は越えてるはずだ」

「・・・・・・それは」

 曹操の鋭い指摘に言葉に詰まる関羽。そして言いづらそうに俯いてしまう。

「何なんだ?」

 曹操がイラついたように関羽から張飛に視線を移した。

「え、えっと、その」

 張飛がしどろもどろになって頬を掻く。すると。

「劉協様は精神的に幼い方なんだ」

 劉備が言い放った。

「どういう意味だ劉備?」

「そのままの意味だよ。劉協様は精神を病んでいる。確かに年齢はすでに30半ばだ。だけど精神は幼児のままで停まっている」

 そんな違う意味で未熟な劉協を会長の座に置くのは劇団にとって非常に酷なものだと考えたのが劇団幹部の何進、于吉、盧植、王允の老人四人だった。そして好き勝手な独裁体制をとるようになったのも前会長が亡くなってから。とりあえず劉協を会長の座に置く形は取っているが劉協は劇団のことには一切関与できない。

 しかし、劉協がいつまともな精神を取り戻すかわからない懸念があった。それを恐れて四人の老人は彼の精神をそのまま保つための秘策を考える。

「それが姫だ」

 そこまで聞いて、曹操は絶句した。単なる劇団内のトップではなく、裏でそんな事態になっていたとは。幹部達は、子どもに玩具を与えて喜ばすように、劉協に生け贄を与えたのだ。それもとびきり美しい最高の人間を。それが、八年前だった。四つの組の中で一番美しく優秀な、『姫』と呼ぶに相応しいのが当時の公孫瓚だったのだ。公孫瓚は約一年、姫として劉協に仕える。

「そして、あの事件が起きた・・・・・・」

 劉備がグッと唇を噛んだ。その様子を見かねて。

「劉協様は、姫っていう奴隷を本当に玩具みてぇに扱ったんだ。そして、公孫瓚に熱湯をかけた。公孫瓚の顔の右側が爛れてるあれはその時できた火傷の痕なんだよ」

 張飛が吐き捨てるように言った。

「・・・・・・私に、才能がなかったから公孫瓚が犠牲になった。私達は双子のようだと言われていたのに、彼だけが犠牲に・・・・・・。だから、彼のために私は姫になるための努力をしたんだ」

「劉備・・・・・・、じゃあお前の体中の傷痕は・・・・・・」

「劉備様は他の者が酷い目に遭わないよう必死に劉協様に取り入り、完璧に気に入られた。だから七年も持ちこたえた。毎晩のように虐待されながら。でも・・・・・・」

 関羽は姜維をチラリと見た。

「限界なんて、とっくに過ぎていたのですよね、劉備様」

「だって、七年だぜ?」

 関羽の言葉に張飛が更に言葉を被せる。すると劉備は姜維の顔を見つめながら。

「だが、またこうなった。また、また・・・同じ過ちを」

「劉備!お前のせいじゃない!」

 曹操は涙を浮かべる劉備の肩を抱いた。強く、強く。

「誰も・・・・・・悪くない。誰も」

 残酷すぎる全てを知った曹操は切なくてたまらなかった。姫という存在が、どれほどの重大さか。その重みを七年も背負った劉備や、一生消えることはない傷を負った者達のこともひっくるめて、嘘であってほしいと思うほど切なかった。

「曹操、なぜ貴男が泣くんだ?」

「!」

 曹操は劉備より先に涙を流していたことに気づく。慌てて涙を拭き取り顔を逸らした。

 その時劉備は、不思議に思っていた。この人は、なぜ他の組のことで泣けるのかと。言わば自分達はライバル同士だ。なのに劉備を助けたり手を貸してくれたり、泣いてくれたり。否、こんな話を聞けば心が傷むのは当然かもしれないが。しかし、この部屋で彼だけがある意味部外者で。それなのになぜ泣いてくれるのか。

 それが自分への好意からだと劉備はまだ気づけないでいた。

 ガラッ!

 話も一区切りついた時だった。扉が勢い良く開いて、男が二人入ってきたのだ。

「趙雲!馬超!?」

 声を上げた張飛をチラリと見たが、二人はそのまま劉備の方へとずかずか歩いていく。

 そして曹操から劉備を引き離した。

「劉協様がお待ちです」

「行きましょう!」

 短く言うと劉備の腕を二人はそれぞれ掴んだ。

「待て!」

 曹操が慌てて止めようとする。関羽と張飛も曹操のほうに加わった。

「関羽!張飛!」

 そこへ低く渋い声が響いた。名前を呼ばれてビクリと反応した二人は動きを止めた。

「邪魔をするんじゃないぞ」

 関羽たちが視線を向けたそこには声の主、黄忠が仁王立ちしていた。

「劉協様に逆らえば、お前たちにはそれなりの処分が下される。この劇団を退く覚悟があるのか?」

 そこまで言われると、関羽と張飛はそれ以上何もできなかった。しかし一人だけ違った。

「話は聞いた!劉備を劉協には渡さん!」

 曹操が吼えながら趙雲と馬超から劉備を引き剥がそうとしている。

「仕方ないな」

 黄忠が目配せすると白衣を来た医療施設の医者達が四人入ってきた。そして曹操に襲いかかる。そこへ劉備を趙雲一人に任せて馬超も加わった。いくら腕力のある曹操でも五人がかりでは歯が立たず、床へ押さえつけられてしまう。そして医者の一人が何か液体の入った注射器を取り出した。

「彼に何をするんだ!やめろ!!」

 趙雲に連れ去られながら劉備が叫ぶが曹操の首に何かの薬は打たれてしまった。

「ただの催眠薬だ。安心しろ劉備」

 黄忠が言うがそれでも暴れる劉備。すると。

「お前たち、劉備にもだ」

と静かに命令した。趙雲に羽交い締めにされている劉備に医者達が群がる。そして曹操と同じように注射器を打たれた。首から打たれた催眠薬は即効性がありすぐに意識が遠くなる。

「曹操、劉協様を呼び捨てにしたことは報告しなくてはな。劇団を追放されるかどうかは老人達次第だが」

 うつ伏せに倒れたままピクリともしない曹操に冷たく吐き捨てて、黄忠達は劉備を抱きかかえて部屋を出て行った。残された関羽と張飛は自分の無力さにワナワナと震えることしかできずに、姜維に至っては起き上がることさえできなかった痛みのある体を無言のまま呪うのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?