ママのおけが騒動

【ご注意】
 今回の記事には一部出血に関する記述がございます。苦手な方は恐れ入りますがご退出いただけますと幸いです。
まあまあいける方はまあまあ気をつけてこの先読み進めていただければと思います。
ぜんぜん平気な方は何も気にせず読み進めていただければと思います。


 一瞬の判断ミスが時に恐ろしい結果をもたらすというのは割と本当だ。
 ある水曜日の午前、その瞬間はやってきた。
 ひなちゃんがおとなしくおもちゃで遊び始めたタイミングで私は荷物の梱包にとりかかった。紙袋に荷物を詰め、じゃまな手提げの紐をハサミで素早く切ろうとした瞬間、
「パチン!」
という音とともに左手中指の先に鋭い痛みが走った。どうやら紐部分からどけるのを忘れていた指先にまで刃先が当たっていたのだ。
(ああ、やってしまった。)
と思うよりも先にじわじわと血が溢れだし、左手がべとべとになっていった。
 慌てて台所に行き、傷口を洗った。ただどの程度の傷を負ったのか見た目など私にはわからない。とりあえず近くにあったキッチンペーパーで傷口をおさえた。
(しばらく時間がかかりそうだなあ。)
と思っていると、おもちゃに飽きたひなちゃんがぐずり始めた。
 この日はパパが出張で家には私とひなちゃんしかいなかった。自分が「ピンチ」といわれる状況にあることを認識した。
 空いている右手でテレビのリモコンを操作し、撮りためていた「いないいないばあっ!」を再生した。これでしばらくひなちゃんはおとなしくテレビを見続けてくれる。いないいないばあには頭が上がらない。
 私は再びけがの対処に当たった。血が止まったように感じたところで絆創膏を何重にも巻きつけた。
 それから1時間後運よくこの日来ることになっていた義理の父(ひなちゃんのじーじ)が到着した。じーじには来て早々追加の絆創膏と洗い物をする時用にビニール手袋の購入を頼み、薬局まで走ってもらった。じーじには夕方の帰り時間いっぱいまでひなちゃんのお世話や家事をひとしきり手伝ってもらった。
 夜には、急遽心配した義理の母(ひなちゃんのばーば)が仕事帰りに来てくれた。今回の二人の助っ人はありがたかった。
 次の朝絆創膏を張替時、ばーばに傷を見てもらうと、
「これはあかんは。傷大きいし、化膿したら治りも悪くなるし病院行こうか。」
とあっさり言われた。
 スマホで診療科目に形成外科を掲げる近くのクリニックを見つけ、電話で問い合わせた。そこで、当日すぐに切り傷を見てもらえることを確認し、準備が済み次第出発となった。
 急いでひなちゃんのお水やおむつと私の保険証などをリュックに放り込んだ。
 お出かけに一人やたらワクワクしているひなちゃんをベビーカーに乗せばーばと3人でクリニックに向かった。
 あちこち迷いながらクリニックに到着したころにはひなちゃんはベビーカーの上でぐっすりお昼寝タイムに入っていた。上出来なタイミングで病院にいる間ひなちゃんは静かに寝ていてくれた。
 診察してくれたお医者さんはとても親切だった。傷を見るなりお医者さんに
「スライスですね。」
と一言言われた。
 私の脳裏にサラダの薄いキュウリやチーズハムが浮かんでは消えていった。まったく意味がわからないという顔をしてしまっていたのだろう。
「皮膚の表面がスライスされた状態で一部ありません。縫えないので、血を止めやすくするため、レーザーでちょっと焼いときましょう。」
と説明を付け加えてくれた。ごく自然にいつものことと言わんばかりの口調だった。私は丸焦げの指先を想像し、かなり焦った。
「え、焼くんですか?」
と肩をすくめつつ聞いていた。お医者さんは何でもないことというように
「ああ、大丈夫です。麻酔もしますからね。」
と優しく言ってくれたがいかんせん内容が怖すぎる。とはいうものの傷口からたびたび血が出ては困るし、治療してもらわないことには帰れない。
 あっという間に隣の処置室に移動し治療が始まった。指先に麻酔を打ち(結局これが最も痛かった。)、傷口にレーザーを数十秒程度当てられた。レーザー中は言われた通り微妙に焦げ臭い臭いがした。まるで近所の鉄工場が溶接作業をしている時のような臭いだった。記憶に鮮明に残るのは香りであると聞いたことがある。
(ああ、この先私は溶接現場に通りかかる度、この指のけがを思い出すんだろうなあ。)
と思うと臭いの記憶というけがの烙印を押されたような気がした。
 幸いにも治療後は、痛みもほとんどなく過ごせている。見てもらったところでは指先にこんがり焦げた痕跡もないようだ。ただしばらく消毒と包帯のまき直しで病院通いが続くこととなった。
 これまで包丁でけがをすることはおろか、何十回何百回と使ってきたこの百均の小さなハサミでけがをしたことなどなかった。愚かなことにこんなけがをするなどという想像すらもしていなかったのだ。これもひとえにハサミの殺傷能力に対する過信と、早く作業を終えようという焦りが招いた結果だ。
 改めてけがをすることによる損失の大きさに辟易とした。急遽購入したキズパワーパッドジャンボや洗い物用ビニール手袋、お風呂用ゴム手袋、初診から消毒に行く度にかかる病院代と予想外に出費はかさんだ。手袋着用での家事のやりにくさや、病院通いに費やす時間と地味に体力や気力もゴリゴリ削られる。
 ただただ急なけがにも対応してくれたじーじばーばやいつも以上に家事を引き受けてくれる夫に感謝するばかりだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?