食べムラの脅威

 「食べむら」というのは、多くの赤ちゃんが成長の中で通過儀礼的に差し掛かるフェーズなのかもしれないが、我々親にとってはハードなメンタルトレーニングでしかないということに最近気づいた。
 ひなちゃんも1歳になり、出てくるものは何でも気持ちよくぱくぱく食べてくれていた期間を卒業し、
「まさか食いしん坊のうちのひなちゃんがね…」
と予想すらしていなかった、あの「食べむら気」に突入してしまった。
 ひなちゃんの食べむらは突然やってきた。
 それまで、吸い込むように食べていたバナナを、
「え?何?またバナナ!なんか微妙!」
と言わんばかりに手で握りしめ、すりすりとテーブルに擦り付け、ネチャネチャとバナナを塗り広げながら遊び始めたのだ。
 ひなちゃんの機嫌を直し、お腹を確実に満たしてくれていた私たちの絶対的な味方であったはずのバナナがあまりにも突然に戦力外通告を受けてしまったのだ。
 他にも大量に鮭おにぎりを食べた日があり、次の日にもたくさんの小さな鮭おにぎりを作りひなちゃんに出すと、
「今日もこれ?」
と不満気味にヒョイヒョイ、お皿から一つずつ摘まみだしポトポトと床に落とし始めたのだ。
 私はもういつ何時何を食べさせればよいのかと、途方に暮れた。
 私たちにとって、床に落とされた食べ物を拾い上げることは容易ではない。落とされた音の方に素早く手を伸ばし床をなでるようにして探さなければならないのだ。
 特にご飯というのは拾い残したくない食材ランキングトップ3には入る代物だ。ご飯粒はのりの原料となりえるほどの粘着力を内包している。うっかり気づかずに踏めば足の裏に張り付き、床にもこびりつきガビガビになってしまう。
 仕方なくひなちゃんの落としたおにぎり拾いを優先させ床にしゃがみこんでいると、今度は
「ビチャビチャビチャ」
と頭に水が降ってきた。
 一瞬何が起きたのか分からなかった。
 立ち上がってひなちゃんを触ると空になったアンパンマンのコップを高々と掲げていた。
 どうやらテーブルの上に置いていたひなちゃんの飲み水が入ったコップを掴み、私の頭上で盛大にこぼしていたのだ。
「おにぎりの気分でもないし、コップを私が取れるところに置くのもよくないのよ。配慮してよ。」
と言われているような気すらした。
七転八倒?泣きっ面に蜂?中学の国語で学んだ四字熟語や諺はこんな状況を表すためにあったのだ。
 私の圧倒的敗北であり、食べむらの完全勝利だ。
 昔ドハマリした「太鼓の達人」で時折キャラクターから発せられた「フルコンボだドン」というセリフがなぜか頭の中で響いた。
 一先ず心を無にし、びしょびしょのままおにぎりを拾い集め、ひなちゃんが他に食べそうなヨーグルトや魚肉ソーセージをを探しに冷蔵庫へと向かった。
 こんなことがあり最近は
(たくさん食べてくれるだろうか?)
と半信半疑なまま毎食ひなちゃんのご飯を準備をしている。
 いち早い食べむらの収束を願ってやまない。

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