「あ、あの……アキミチさんですか?」

恐る恐る僕に声をかけてきた彼女は、白のブラウスに淡い水色のロングスカートを履いていた。肩に少しかからない程度に伸びた髪は少し赤みの入った濃い茶色に染められていて、毛先は内向きにくるりと巻かれていた。左手に提げているレザーのバックは小さく、そこに入っているモノの簡素さを容易に想像させた。余計なものは持ち歩かない身軽さが、事前にやり取りを重ねる中で感じた印象そのままだなと思った。

"れい"と初め名乗った彼女の本当の名前は"海野 由佳"といった。知り合いに見つかるのが恥ずかしいからと、本名から遠い名前でアプリに登録していた。そういえば、顔もマスクで隠したものや、加工でぼやかした写真しか彼女は載せていなかった。

「ごめんなさい、待ち合わせに10分も遅れてしまって……。お化粧してたら時計みてなくって。走ってきたら、結局汗だくになっちゃうし。」

手のひらでパタパタと扇ぎ、ギンガムチェック柄のハンカチを取り出し額の汗をぬぐいながら彼女は続けた。

「なんかアキミチさんってちょっと写真の印象と違いますね。あ、もちろん良い意味ですよ!なんだかラフなイメージだったんですけど、ジャケットなんて着てるから。」

そうか、そういえば僕があのアプリに載せていた自分の写真はバンドをやっていた頃の写真だけだ。当時のバンドメンバーと喫煙所で缶コーヒーを飲んでる写真を最初に来るプロフィール画像に設定していた。あと載せていたのは、地元の汚いラーメン屋の写真と、ライブハウスで床に転がりながらギターを弾いてる写真。おおよそ、これで女性から好感を持たれるとは思えない。
当たり前に、僕のアプリでのマッチング数は相当少なかったと思う。他の人と比べたことが無いから感覚的な話にはなってしまうのだけど。

「私、ジャケット似合う男の人好きですよ!」

と、言いながら由佳はへへへと笑った。なんだか漫画みたいに笑うんだなと思った。
重めの前髪と、薄いピンクのマスクに挟まれた彼女の眼は化粧の力なのか、とても大きく見えた。

「じゃあ、行きましょうか。お店予約してるんで、すぐ入れると思います。」

ぎこちない距離を保ったまま、僕達は駅の北口改札を歩き出した。

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