夜空にも晴れと曇りがある。太陽に対して地球の向きが変わるだけなので、空模様自体が変わっている訳では無い。今日の空は曇りで、星は見えなかった。
申し訳なさそうに、切れかけの街灯がチカチカと僕達を照らしていた。

「ごめんなさい、3駅も先なのに着いてきてもらって。完全に平日ダイヤと勘違いしてました。土曜日だと終電って30分も早いんですね。」

由佳の発する"ごめんなさい"には嘘がないと思う。心の底から申し訳ないと思って彼女は僕にごめんなさいを言う。

「いいんです。沢山食べたから運動にもなりますし。それに、女性を夜道1人で歩いて帰らすのはさすがに気が引けます。…というか、タクシー代出すので、今からでも車呼びましょうか?」

「それこそ気が引けます!歩いて帰れる距離なのに、ましてそんなお金貰うなんて申し訳なさ過ぎて…。さっきのお店だって、私普通に割り勘で良かったんですよ?」

先程の店の会計を、僕は全額出した。由佳は申し訳ない、私も払いますと言ってきた。思ってもいない"男のプライド"などという下らない理由をつけて、半ば無理矢理支払いを済ませた。
本当のことを言うと、僕は由佳に対して凄く申し訳なくなっていた。僕は自分の事を殆ど話さず、由佳の話を聞き続けた。たまに彼女から来る質問には真摯に答えたつもりだが、どうしたって会話が続かない。彼女にとって、それはひどくつまらない時間だったと思う。貴重な時間を奪ってしまったような罪悪感に襲われ、せめてなにかせねばという気持ちから、僕はお金という手段を選択した。我ながら自分の浅ましさにうんざりする。

「アキミチさんって、本当に優しいですよね。」

由佳は本心から僕の事を優しい人間だと思っている。僕は優しい人間なんかじゃない。傷つくのが怖くて、傷付けられるのが怖くて、表面的な人間関係に逃げていた。それでいて独りで生きていく勇気も能力も僕にはない。そもそも僕は由佳と、所謂男女の関係になりたいのだろうか。それもわからない。下世話な話、セックスをしたいという欲求はあるが、それは愛情表現の延長にはなく、ただ自分が抱える寂しさを満たし誤魔化そうとする半ば自傷行為に近いものだ。この醜いエゴを由佳にぶつけるのは違うと思った。とはいえ、ここから段階を踏んで関係を深めていき、ゆくゆくはお互いの両親に挨拶をし、家族になって行くようなビジョンは到底自分の中で描く事は出来なかった。僕と付き合う、結婚をする、人生のパートナーとして生活を共にして行くことが、由佳にとっての幸せになるとは考えられない。
……いや、大前提として彼女がどう思ってるのか分からないではないか。むしろ、僕に対してそこまでの感情を抱いているはずもない。僕が勝手に妄想を膨らませて、勝手に思考に押し潰されているだけの事だ。どこまでも自分勝手で気持ち悪いなと思った。

僕と彼女はどちらからでもなく、気がつけば手をつないで歩いていた。恋人のそれとも、夫婦のそれとも違う。少しだけ暖かい、関係性のわからない何か。星のない夜に風が少しだけ吹いた。時間の流れが不規則に感じられる。このまま、街灯のあかりの中へと溶けてしまいたいと思った。

お別れのとき、僕はありがとうとサヨナラを上手く言えるだろうか。そんな事を考えた。

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