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小久保裕紀と阿部慎之助。「選ばれた男」の行方

野球に限らず、どうにも日本のスポーツを見ていると「生え抜き」をやたら信奉したがる。いろいろな書物を読んでもなぜ生え抜き信奉が強いのか判然としないが、おそらくは儒教思想を源流にしていると考えられる。
戦国時代までは実力主義で領民郎党を養わねばならない責務もあって生き残りが第一優先だったため、褒美の多いところに寝返ることは普通だった。よって元の領地を認める本領安堵の公認を与えることは大切だった。乱世が終わり江戸時代になると絶対に裏切らないことが是とされるようになり、一人の主に最後まで仕え続ける「忠義者」が誉れとされるようになった。つまり、生え抜き信奉は儒教思想に因るのではないかと思う。
過日の記事の通り日本で最も早く興行を確立したのは相撲である。21世紀以降は朝青龍、白鵬などモンゴル勢の天下と言えるが、「日本人横綱」をやたら待望し稀勢の里(現荒磯親方。『北斗の拳』のファンとしても著名)を祭り上げ、今尚二の矢を探している節はある。
野球とくに巨人では監督の座は「①生え抜き②エースか4番③引退後も巨人一筋」という鉄則を今も厳しく守っている。歴代監督のうち川上哲治以降は巨人一筋が原則化しているし、藤田元司は大洋(横浜)でコーチ経験はあるが当時の最高権力者たる務臺光雄の肝煎りもあって巨人監督の座に2度就いている。今のNPBだと最も保守的なのは広島で監督コーチといった指導者には広島選手としての経験がないとやらせてもらえず、ヤクルトも「ファミリー色が強い」ことで名高く裏を返せば排他的である。
現在ではトレードや人的保障で運をつかむ選手が急増しているためか、生え抜き信奉は懐疑的な見方をされているようになりつつある。2023シーズンでは「現役ドラフト」でスターダムにのし上がった阪神の大竹耕太郎と中日の細川成也が出先で目覚ましい活躍を見せたことも記憶に新しい。
それでもヤクルトなら古田敦也、オリックスならイチロー、巨人では松井秀喜、ロッテには福浦和也などに監督待望論があり、※後半2名はメジャー選手の経験があるため厳密には「生え抜き」条件からは外れる。鳥谷敬のロッテ移籍を残念がる声が挙がるなど生え抜きを信奉し「純血」に見栄えの良さを見出すファンはまだまだ少なくない。

そんな中、2024年シーズンから「満を持して監督に座に就いた男が二人いる。ソフトバンクの小久保裕紀と、巨人の阿部慎之助だ。


<監督の座に就くことを約束されている男・小久保裕紀>

小久保は1971年10月8日生まれ。一塁・三塁を守り、一時期を除きキャリアの大半をホークス、特に現役の過半数(19年中11年)を王貞治の元で過ごし主砲として君臨する。
出身は和歌山。青山学院大学時代にチームを史上初の優勝へと導いたことでプロ入り。2年目から王貞治に仕え、キャリアの大半は王と共にあった。途中脱税事件(97年)による不祥事、球団社長・高塚(こうづか)猛との対立から見せしめとして無償トレード(03年)で厄介払いされる奇禍に遭うが06年オフにFA権取得による出戻りを果たし福岡のファンに歓喜を齎している。

2012年に引退。2041安打、413本塁打と「王の一番弟子」に恥じない成績を残し、3年在籍した巨人でも長嶋、原、落合、清原も成せなかった、シーズン40本塁打を達成している。

「いつも最初に球場に来て、一番最後に帰宅する」練習の虫として知られるだけでなく、人望篤い人物としても知られ、先述の無償トレード事件では小久保を兄と慕う松中信彦に「このチームは勝ちたくないんでしょうか?」と憤りのコメントを号砲として選手による突き上げ・優勝旅行ボイコットが起こり、巨人でもキャプテンに就任、現役晩年にFA加入した内川聖一の供応に腐心、日本代表監督時代にも優勝に浴せなかった半面「この監督を勝たせたい」と筒香嘉智に言わしめる人物で「人の和」という点では尋常の人物ではない。

日本代表監督退任後の2020年にホークスに復帰し、翌2021年に工藤公康が監督の座を退いた。「王貞治の一番弟子」たる小久保で決まりと目されていたが小久保に監督の大命が下ることはなかったが、二軍監督を経て2024年より監督として立つ。

だが小久保に不安は少なくない。なぜか。それは復帰初年度の成績不振に因る。小久保がヘッドコーチとして就任した2021年は開幕4連勝と上々の滑り出しを見せたものの、小久保が主導する松田宣浩らベテラン重視かつ不動起用が裏目に出て調子の上がらないベテランと心中する格好で4位で終了。怪我人が相次いだ不運こそあったが大得意の交流戦で惨敗したこと、4度続いていた日本一の記録を途切れさせたことで小久保の指導者適性に疑問符が付いたことが大きかった。ソフトバンクはこの年から4軍を新設するして下部組織を拡張したばかりであったが、ベテラン重視に固執する小久保のやり方にフロントから「せっかく拡張した下部組織を使いこなせない指導者」として指導者適性に疑問符をつけられてしまったのであった。日本代表監督としても準備運動なしのハンデがあったとはいえチームを優勝に導くことができず(第4回WBCはベスト4)、本日時点で小久保には目に見える結果がないと言わざるを得ない。

それでも選手からの評価は高く、「この人のためならば頑張ろうと思える監督」(筒香嘉智)、「選手の気持ちがわかる監督」(小林誠司)と小久保の人柄を評価する向きは根強い。
以上のように小久保は人柄の評価は高い一方で指導者適性に疑問に持たれており、戦力、資金力の分厚いホークスで勝てなければ小久保もホークスも大打撃となる。2020年の日本一を最後に覇権から遠ざかっているソフトバンクだが今や「最もカネのかかっているチーム」である手前、これ以上優勝の座から遠ざかるわけにはいかない。加え西武から入団した山川穂高入団も反発の声が強く、一層結果が欲しい状況に拍車がかかっている。

<監督の座に就くことを約束されている男その2>

ホークスと似たような状況に置かれているチームがもう一つある。読売ジャイアンツだ。
巨人を指揮しているのは原辰徳は政権を組むこと3度、17年目を数えた。しかし優勝を義務付けられていることを看板に掲げる手前、2年連続Bクラスの結果を問題視され原は監督の座を降りている。それでも川上哲治-藤田元司-原と続く「川上閥」の嫡流たる阿部慎之助が巨人監督の座に就く。

阿部は1979年3月20日に生まれ。父が掛布雅之の同期で、阿部自身わざわざ左打ちに転向するなど阪神ファンだったという。中央大学からドラフト1位で巨人入り。当時ヘッドコーチだった原の強い推薦で新人にして開幕戦にスタメン出場を果たす(山倉和博以来23年ぶり)。デビュー戦で4打点を挙げたのを皮切りに失策と捕逸はやや多かったものの強肩強打の捕手として巨人を支え、2019年引退。406本塁打を含む2132安打を残し、卓越した打撃成績から「巨人史上最高のキャッチャー」としてV9当時の正捕手だが「守備の人」型であった森昌彦/祇晶より阿部を推す声も根強い。なお阿部に引退を勧告したのも原であった。よって阿部は小久保同様「いつ監督の座に就くか」というべき立場であり、阿部本人に辞退する権利はないと目される。

監督の座を約束されている阿部だが、小久保以上に下積み生活で苦戦している。現役時代より選手としては才能に恵まれすぎたことで指導者として後進を育てられず、また不甲斐ないプレーに厳しい言葉を浴びせることが多い鬼軍曹型のリーダーシップの厳格なスタンスではあったが、2012年の日本シリーズで澤村拓一が牽制のサインを見逃したことで、マウンド上で澤村を叩いたことが有名となった(ただし澤村は阿部にとって大学の後輩でもあるのでやりやすかった可能性はある)。2022年3月22日、巨人二軍が早稲田大学に敗北したことに激怒し、1時間にわたる罰走を命じたことが問題視されたほか、8月9日のヤクルト二軍戦で試合中に指の皮が剥けた投手に続投を強いたことも問題視された。以上の事績から阿部は一部から「パワハラ監督」と問題視する向きも少なくなく、とりわけ罰走の件はダルビッシュ有がSNSで強く批判し年末ファン感のトークショーで阿部がダルビッシュを当て擦る批判をするなど阿部とダルビッシュの確執は公然のモノとなっている。

また阿部の監督就任前はモチベーターとして明るい元木大介や宮本和知、理論に長ける桑田真澄も対抗馬とされる候補のほか、高橋由伸の再登板や年長者である川相昌弘やかねてから待望論のある松井秀喜も含め、阿部には懐疑論も燻ぶっていた。

かつて高橋由伸を準備運動なしで監督の座に据え、岡本和真こそ発掘したが捨て駒同然の扱いをしたことへの批判と、「阿部が高橋の二の舞を踏む事態は避けたい」という懸念から小久保同様、阿部の禅譲もまた慎重を重ねて行われた。

まとめていえば「小久保も阿部も『監督になるのは決まっているが、指導者適性の初手で躓いてしまった』状態」といえる。ベテラン好きな小久保、厳しさを是とする体育会気質の阿部は形は違えど『保守的』なタイプで、ソフトバンク・巨人球団が描く「時代を先取りし得る新しい指導者像」から小久保も阿部も「先進性」から遠いことが気がかりではある。

ともあれ賽は投げられた。小久保も阿部も一人の男の戦いのみならず球団の未来を、「生え抜きへのロマン」という花形選手の苦しみを背負って出陣する。

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